第14話 利用(後編)
次の日。私はまた件の屋敷を訪れていた。
裏口に回ると、昨日と同じ騎士団の団員が立っている。彼は私の姿を見て怒鳴り声を上げ、
「お前っ!性懲りもなく、また来たのか!?本当に痛い目にあいたいようだ……って!?」
私の少し後ろを歩いていた人物を目にして、言葉を失った。
今日の私は、彼の上司――騎士団長であるレオン・クローヴィスと一緒である。
「痛い目?それはどういう意味だ?」
低い声でレオンは言い、目の前の団員を睨む。
団員の背は決して低くはないが、レオンは長身なので自然と見下ろす形になった。
上からの威圧感に耐えかねたのか、団員はうつむく。もはや、レオンの顔も見られない様子だった。
「君、もしかしてジャンヌに何か酷いことを……」
「そんなことより、魔物について話しましょう」
レオンが面倒くさいことを言い出す気配を感じて、私は彼の言葉を遮った。
今日、この場にレオンを呼んだのは、何も目の前の団員に報復したかったわけではない。
私の目的はただ一つ、この魔物騒動の早期解決だった。
*
団員の名前はドニと言った。三十代半ばくらいの男である。
この屋敷の捜査に当たっているのは、オルレア騎士団の第四班らしい。そして、今その捜査を命じられているのが、ドニだった。
「捜査と言っても、一人で蛇の魔物が出ないかどうか見張っているだけなんですけど」
そうドニは肩を落として、私とレオンに説明し始めた。
蛇の魔物の通報があってすぐ、第四班は屋敷とその敷地内をくまなく捜索した。しかし、どれほど探しても魔物の影も形もない。
何かの見間違えなんじゃ――第四班の騎士たちはそう考えたが、目撃者は複数いる。しかも屋敷の解体作業にあたっていた男の一人が実際に負傷していた。
この屋敷があるのはオルレアの街の一等地だ。もし、本当に屋敷に魔物がいて、敷地外に出てしまったら大変なことになる。そして、それを見逃した第四班の責任も当然重くなるだろう。
結果、しばらく第四班の団員たちがこの屋敷を見張ることになった――というわけだ。
「見張りは交代制なんだが、急に俺の次の者が来れられなくなって。ここ二日、家に帰れず……。苛々してアンタに八つ当たりしちまった。申し訳なかった」
素直に頭を下げるドニの謝罪を私は受け入れる。
「ジャンヌは優しいなぁ。昔から君は――」
「それで件の魔物についてなんですが」
どうでもいい(と思われる)レオンの言葉を無視して、私は話を進めた。
「本当に魔物だったんでしょうか?」
「え?」
ドニが目を瞬かせる。
「どういうことだい?」
レオンも不思議そうな顔をしていた。
「実は私、魔物に襲われたという男性の治療をしたんです。その傷が妙でして」
「妙とは?」
「あれはおそらく、刃物によるものです」
私の言葉に、ドニは目を丸くする。
「でも目撃者は複数あったんだ!皆、蛇の魔物だって」
「おそらく魔法で大蛇の幻を見ていたのではないかと」
数多ある魔法の中には、相手を惑わせる幻術なんてものもある。
「つまり、君が言いたいのは今回の件は誰かの偽装だと?」
レオンはすぐに私の意図を理解したようだ。
この男、普段は無邪気な大型犬のように振る舞っているが、実際はキレ者だ。学生の頃、座学の成績も良かった。
もっともそうでなくては、この若さで騎士団長なんて務まらないだろうが。
「ええ。誰かが幻と毒を塗った刃物を使って、魔物に偽装したのではないかと」
これなら、魔物がこんな街中に突然現れた理由も、屋敷内をどれだけ探しても魔物が見つからない理由も説明がつく。
ただし、まだ根拠が弱い。
「ということで、私も捜査に加わらせて下さい。ドニさん、いいですか?」
「も、もちろん!!」
ドニはレオンの顔を伺いながら、肯く。了解がとれたところで、私はとある魔法を発動させた。
ゆっくりと地面から、私の影が浮かび上がる。そしてソレは分裂して数を増やしていった。
「ひぃっ!?」
短く悲鳴を上げるドニに、「怖がらなくてもいい」とレオンが言う。
「これは『偵察』という魔法だぞ」
「す、すかうと?」
「簡単に言えば、魔力で作ったジャンヌの分身だ。感覚を彼女と共有していて、この影が見聞きしたものがそのまま伝わるんだ」
「そりゃ、またすごい……」
「ああ、すごいぞ。俺はこの魔法は苦手なんだ。すぐに頭が痛くなってしまって。ジャンヌは流石だぞ」
レオンの大げさな誉め言葉を聞いて、私は静かにため息を吐いた。
こういう小細工は得意だが、どこまでいっても私の魔法は器用貧乏止まりだ。何かを突き詰め、極める才覚は持ち合わせていない。
天才とは違う凡人だ。
――と、いかんいかん。レオンといると、どうしても思考が卑屈になってしまう。
「『偵察』の影を屋敷に忍ばせて、観察します。その間、ドニさんはわざと見張りをサボってください」
「えっ?それはどうしてだ?」
ドニが困惑した表情を浮かべる。一方でレオンは、
「騒動の犯人を誘い込むつもりか?」
そう聞いて来た。私は頷く。
「おそらくこの騒動の犯人は、この屋敷を取り壊したくないんです。だから魔物を装って工事を止めた。この屋敷には何かある。見張りがいなくなれば、その何かを求めて犯人が動くかもしれません」
*
夜も深まった頃――その侵入者はやって来た。見張りの騎士がいないことを確認すると、侵入者は慣れた様子で屋敷の中に入って行く。
真っ暗だった室内に、ぽうっと小さな灯りがついた。そのろうそくの火に照らされて、侵入者の顔が闇の中に浮かび上がる。
それは四十歳くらいの女性だった。
彼女の顔に、私は見覚えがある。前の屋敷の主人に仕えていたという使用人の女だ。
その使用人は一心不乱に、何かを探している様子だった。
「どこかに、どこかに絶対あるはずだわ。きっと、どこかに」
うわごとのように、そう呟いている。
使用人は机の引き出しの中を床にぶちまけ、そこに目的のものがないと知ると、今度は近くの本棚にあった本を抜き取っていった。
「どこ?ねぇ、どこなの?」
彼女の様子は鬼気迫っていて、誰の目から見ても尋常ではない。
「私の――『人魚の涙』」
その時、眩い光が辺りを照らした。
突然、周りが昼のようになってしまい、使用人はまぶしそうに目を細める。
「君。いったい、何をしているんだ?」
朗々としたレオンの声が室内に響いた。
*
捕まったのは、やはり前の屋敷の主人に仕えていた使用人だった。
あの夜、私は『偵察』の影により侵入者が現れたことを知ると、それをすぐに騎士団に知らせ、逮捕となったのである。
私の推測通り、蛇の魔物の騒ぎは使用人による偽装だった。
とある筋から、幻術用の魔法薬と毒を塗った短剣を手に入れた彼女は、屋敷を解体しに来た作業員を襲い、それをまるで大蛇がやったように見せかけたのである。
魔物が現れれば、解体作業も止まる。彼女はそう目論見、そして本当に屋敷の解体工事はストップしたのだった。
そうまでして、使用人が屋敷の取り壊しを止めたかった理由。それは前の屋敷の主人が遺したと言う隠し財産であった。
生前、その主は使用人に事あるごとに自慢していたらしい。
自分は『人魚の涙』という美しく青い宝石を持っていて、それにはとんでもない価値があると。
しかし、屋敷の主人の遺品整理ではそのような宝石は見つからなかった。
つまり、『人魚の涙』はこの屋敷のどこかに隠されている――使用人はそう思ったらしかった。
幸いにも、元主の親族たちは隠し財産に気付いていない。もし宝石を見つけたら、それを自分のものにすることができる。
「長年、安月給で仕えていたんだもの。私にはその権利があるわ!」
そうして、欲に目がくらんだ使用人は、魔物騒ぎを引き起こしたのだった。
さて、件の『人魚の涙』という宝石だが、その所在は意外なところから分かった。屋敷の今の持ち主、コルネイユ老人である。
「そんなもの、すでに売ってしまったよ」
彼はそう言っていた。
なんでも、前の屋敷の主人とコルネイユは、昔からの知り合いだったらしい。そして、コルネイユは屋敷の主が借金だらけであることを知っていた。『人魚の涙』も借金返済のため、早々に売られたという話だった。
「見栄っ張りな男だったからな。俺には金があると使用人に知らしめたかったんだろう」
コルネイユは深々とため息を吐いた。
「あの屋敷だって早々に手放すべきだったんだ。使用人を一人しか雇えないくらい家計は逼迫していた。なのに、あの男は馬鹿な見栄のために屋敷を売れなかったんだよ」
このコルネイユの話を聞いて、使用人の女性は呆然としたらしい。
自分は何のために、こんな騒動を起こしたのかと、泣いていたという。
しかし、彼女はあくまで加害者だ。本当の被害者は、エチカの父親たちだろう。
*
――という事の顛末を知らせに、レオンは私の店にやって来たのだった。
「わざわざ、教えて下さってありがとうございます」
「いや、こちらこそありがとう。君のおかげで事件が早急に解決できたんだぞ」
「……そうですね」
「どうしたんだい?何か、元気がないようだけれど」
レオンがじっとこちらを見てくる。
適当にごまかそうとも思ったが、彼の琥珀色の瞳は全てを見透かしているようにも思えた。
私は息をつき、諦める。
「今回、私はあなたを利用しました」
「利用?」
「ええ。あなたの気持ちを利用して、魔物騒動の捜査に介入したんです」
私が頼めば、レオンは断らないだろう。そういう打算の上で、レオンに話を持ちかけたのだ。
「そんなこと……」
笑い飛ばそうとするレオンの目を、私はしかと見つめた。
「これからも私はあなたを利用するかもしれませんよ?そして、あなたが私にどんなに良くしてくれても、その恩を私が返すことはできないでしょう。つまり、無意味で無駄です」
レオンが私に好意を持っていることを知っている。だが、私にはそれに応えるつもりはない。
私に関わると利用されるだけだから、もう諦めろ。
そんな気持ちを、私は暗にほのめかす。
すると、レオンは寂しそうに目を伏せた。
「……無駄かどうかは、まだ分からないじゃないか」
しかし一拍置いて、彼はまた溌剌とした笑顔をこちらに向けてくる。
「それに利用しているのは俺の方だぞ」
「え……?」
「俺は自分の立場を利用してここに居る。俺は貴族で君は平民。君が拒否できないことをいいことに、図々しく居座っているんだ」
「……」
「だからジャンヌが気にすることは全然ないんだぞ」
そう言って無邪気に笑うレオンに、私はどう声を掛けていいのか分からなかった。




