第13話 利用(前編)
うちのような小さな店の天敵、頭を悩ませるモノの一つ――そうソレは万引きだ。
商品の中には高額な魔法薬もあるため、お金を払わず盗られてしまっては大打撃である。
そのため、私は店に盗難対策用の魔法陣がひそかに仕込んでいた。お金を払わず、商品を持って店の外に出た途端、体が金縛りにかかる――ちょっとした黒魔法の応用だ。
そして今日、その防犯用魔法陣に引っかかった者がいた。
汚れた衣服を身に纏った少女――七歳から八歳くらいだろうか――は、今にも泣き出しそうになっていた。
店の方は母に任せ、奥の部屋で私は万引き犯の少女と向かい合っている。彼女はエチカと名乗った。
少年少女の犯罪というのは、別に珍しくはない。ただ、一つ解せないのは、彼女が盗ったもの――それは解毒薬だった。
この店には美容系の魔法薬など、女の子の興味を引きそうな品が他にもある。にもかかわらず、その中から解毒薬を選ぶ理由が分からなかった。
「どうして、これを盗ろうと思ったの?」
「……お父っさんが」
ボロボロとエチカの目から大粒の涙がこぼれ、彼女はその事情を話し始めた。
*
「ちょっと、ジャンヌ?どこへ行くんだい?」
私がエチカ共に店を出ようとしたところ、店番をしていた母が慌てて止めてきた。
「ごめん、母さん!事情は帰ったら話す!急がないと――」
悠長にしている時間はない。
私たちは駆け足で、店を後にした。
エチカの家は、下町の狭い路地に建てられた集合住宅だった。
そう大きくない建物に、いくつもの世帯が入っている。誰かが怒鳴る声や騒がしい生活音がそこらでした。
この街でも貧困層が住む場所だ。昔――父が蒸発したくらいの頃――私と母もこういう所で暮らしていた。
エチカが階段を足早に上がる。私もそれに続いた。
そして彼女は、二階の一室に飛び込んでいった。おそらく此処がエチカの家だ。
エチカの自宅は一部屋しかなく、玄関を入るとすぐにベッドが見えた。そこに、中年男性が寝ている。見るからに苦しそうで、額には汗をびっしりかいていた。
ベッドの上の男にエチカが声を掛ける。
「お父っさん!ただいま!!」
「うぅ……エチカか」
「治してくれる人、探してきたよ!」
「……なに?あ、アンタは?」
そこでエチカの父親は、やっと私に気付いたようだ。
「ちょっと診せてもらえますか?」
私が聞くと、父親はかぶりを振った。
「すまん。だめだ。金が、金がないんだ……」
お金がないから、治療費を払えない。彼はそう言いたいのだろう。
エチカがわざわざ店から薬を盗もうとしたのも、医者や白魔導士にかかるお金がなかったからだ。
母親を早くに亡くし、エチカはこの父親と二人暮らしだ。父親は、この世でただ一人の肉親らしい。
そんな父親が蛇の魔物に噛まれ、その毒が全身に回ってしまった。彼が死の危機に瀕しているのを目の当たりにしたエチカは、治療薬を求め、万引きなんてことをやってしまった――そう、私に白状したのである。
エチカの言う通り、たしかに父親の具合は相当悪そうだ。
「……失礼します」
私は父親の言葉を無視して、彼の右腕を布団から出した。二の腕あたりに傷があり、黒く変色している。
これが蛇に噛まれた痕か――?
とにかく今は、解毒が最優先だろう。私は液体が入った小瓶――広範囲の毒に効果がある解毒薬――をエチカの父親に渡した。
「これをゆっくり飲んでください」
「しかし……」
「娘さんを一人ぼっちにする気ですか?」
「す、すまない」
「かなり苦いですが、頑張って。吐き出さないよう飲んでください」
エチカの父親は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、それでもきちんと解毒薬を飲みほした。
小一時間もすると、エチカの父親の容体はかなり良くなった。熱が引き、呼吸が落ち着いている。
あの解毒薬が効かなかった場合に備えて、他にもいくつか予備を準備してきたが、それらは必要なさそうだ。私はひとまずホッとした。
「すごいっ!お父っさん、治ったの?」
「ああ。体が嘘みたいに楽だ。腕の痛みもない」
「良かった!」
エチカが父親の胸に飛び込み、抱きついた。そんな娘を父親は優しく抱擁する。
「まだ、完全に毒が抜け切れていない可能性もあります。明日の朝、もう一瓶飲んでおいてください」
私がそう言って近くのテーブルに解毒薬を置くと、エチカの父親は困った顔をした。
「こんなにすごい薬、ずいぶんと高いのだろう?」
「……まぁ、安くはないですね」
「助けてもらっておいて、こんなことを言うのは心苦しいんだが……支払いは待ってもらえないだろうか?時間はかかっても必ず、必ず払うから」
それを聞いて、私は感心した。
貧乏を盾に、代金を踏み倒そうとする輩とエチカの父親は違うらしい。
そんな父親に続いて、エチカも私に訴えてきた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。うちにお金がないのは私のせいなの。私が前に病気をしたから。そのせいでうちのお金を使っちゃったんだ」
「エチカ。お前のせいなんてこと、あるもんか。親が子供に金を使うのは当たり前だ」
互いに互いを想いあっている――エチカたちは間違いなく良い父娘だった。
「お金は……余裕ができたときで良いですよ」
「恩にきる。本当は今の現場仕事で、ある程度の収入が見込めるはずだったんだが……」
「今の現場?」
エチカの父親は普請仕事をしていると言った。
現在、街の一等地にある大きな屋敷の解体作業に当たっている。解体作業が終われば、新しい建物――高級宿を建てるらしい――を建築するので、長期にわたる大きな仕事のようだった。
「けれども、屋敷の解体途中で魔物が現れて……」
「まさか腕の傷は……」
「ああ、その通りだ。三メートルはありそうな大蛇だった。同僚も一緒に目撃したから、見間違えではないよ」
私は疑問に思った。
街中にそんな大きな魔物が突然現れることなんて、あり得るだろうか。
しかし、エチカの父親は実際に怪我をし、毒を受けている。ただ、その傷口にはちょっとおかしいところがあった。
「今、その屋敷はどうなっているんですか?」
「騎士団の人が屋敷の敷地内を捜索中で、立ち入り禁止になっている」
確かに。街中の魔物なんて、本当なら大騒ぎだ。騎士団が出張るのも当然のように思われた。
「魔物は見つかりました?」
私の質問に、力なくエチカの父親は首を横に振った。
「いいや。だから、屋敷もずっと立ち入り禁止のまま。このままでは仕事にならない」
「仕事がなければ……お金にも困りますよね」
「ああ。特に今回は大きな仕事だったんだ。俺だけじゃなく、親方も同僚もほとほと困っているよ。この仕事をやる前提で、皆長期の予定を組んでいたから」
はぁ、と彼は沈痛なため息を漏らす。そんな父親をエチカが心配そうに見ていた。
それにしても、私はその魔物とやらが気になる。
私はエチカの父に尋ねた。
「魔物が出たお屋敷の場所を教えてもらえますか?」
*
思った以上の一等地にその屋敷はあった。
オルレアの街の中心地。
高級ブティックやレストランが並ぶ商業地区だ。こんな所に個人の屋敷があるとは驚きである。
屋敷は大きいが、かなり古かった。
手入れもあまりされていないようで、周囲の景観から存在が浮いている。
そして現在、その周りにはロープが張られていた。ご丁寧に、立ち入り禁止の看板まで建てられてある。
私は門の入り口から、敷地内を伺った。騎士団が魔物を捜索中だと聞いたが、それらしき人の姿は見えない。
そのとき、
「お嬢さん。見ての通り、ここは立ち入り禁止だよ」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、身なりの良い初老の紳士がお供を連れて立っている。
「騎士団の関係者の方ですか?」
私がそう尋ねると、老紳士はコロコロと笑った。
「ハハ、違う違う。わしはコルネイユ。この屋敷を買い取った者だよ」
つまり、今のこの土地の持ち主。そして、エチカの父親の依頼主というわけだ。
私は、自分がここで解体作業をしている男の知り合いで、騎士団の捜査がどのようになっているか伺いに来た旨を伝えた。
すると、コルネイユは困り顔で腕を組む。
「それが長引きそうでねぇ。わしも心配でしょっちゅう、進捗状況を見に来ているんだが……」
彼の口ぶりから、捜査の進行が思わしくないことが分かった。
「全く、この土地を手に入れたときは良い買い物だと思ったが…。まさか魔物が出るとはのぅ」
「確か、この屋敷を解体して高級宿を建てるんでしたっけ?」
「そのつもりだった――が、考え直さなければならんかもしれん。魔物が出るホテルなんて、誰も寄りつかないだろうからねぇ」
「確かに……」
「まったく。どこからトラブルを嗅ぎつけたのか、わしにこの土地を安く売れと言う連中まですでに現れておる。しかも、わしが買った時の半値。冗談じゃない。だが、魔物の件が長引くと、それも考えなくてはのぅ」
持ち主が変われば、工事を請け負う業者も変わってしまうかもしれない。そうなると、エチカの父親たちには大打撃だ。
私は何とか、早急にこの事件を解決したかった。
「あの実は……この件で少し引っ掛かることがありまして」
そうコルネイユに持ちかけると、
「んん?」
彼の眉がピクリとはねる。
「もしかしたら、捜査のお役に立てるかも。それで、騎士団の方と話したいんですが」
「ふぅむ。それは興味深い。しかし、難しいかもしれん。ちょいと、こちらへ――」
コルネイユに連れられて、私は屋敷の裏までやってきた。そこには裏口があり、何やら諍いの声が聞こえてくる。
私たちはそのやり取りに、そっと耳を向けた。
騎士団の軽鎧を身につけた男性と、中年女性が言い争っていた。
「だから!いくら来られてもダメだ!!入れることはできん!」
「で、でも!私なら何かのお役に立つと思うんです!このお屋敷で、長年勤めていましたから」
「とにかく!規則上、あなたを現場に入れることはできんっ!!魔物が野放しである以上、我々には市民を守る義務があるんだ!!」
「で、でも……」
「話はおしまいだ!ほら、とっとと帰ってくれ」
結局、騎士団の団員はその中年女性を追い返してしまった。彼女は肩を落としながら、とぼとぼと帰って行く。
その様子を見て、私はコルネイユにこそりと尋ねた。
「あの、さっきの女性は?」
「ああ。彼女は元々、この屋敷に長年勤めていた使用人だ。つまり、前の屋敷の所有者に仕えていたということになるのぅ。前の主は昨年亡くなってしまったが、晩年は他に使用人もおらず、主と彼女だけで住んでいたようだ」
「こんな大きなお屋敷に主人と使用人が一人だけですか?」
それはさぞかし、使用人が大変だっただろう。
掃除一つとってみても、この規模の屋敷をきれいにするのはかなりの重労働だ。
「その分、彼女にはこの屋敷に思い入れがあるようだ。魔物が現れたのが気になるのか、最近ああやって訪ねてきているらしい。だが、もちろん屋敷の中には入れてもらえんがのぅ」
確かに、団員は断固として使用人だった女性の立ち入りを拒んでいた。
「あんな風だから、騎士団がお嬢さんの話を聞いてくれるとは思えん。もし、それがこの魔物騒ぎの解決につながるのなら、わしも大喜びじゃが……」
「確かに手ごわそうですが。でも、ものは試し。行ってきます」
「あ、え?お嬢ちゃん?」
呼び止めるコルネイユの声を背中で聞きながら、私は裏口の団員に話しかけた。
「今度は一体何なんだ?」
うんざりした顔で、団員は私を見た。
私はこの屋敷の解体作業をしていた者の知り合いで、事件について気付いたことがある――その旨を説明しても、
「あ~、はいはい。こっちは忙しいんだから、アンタの相手をしている暇はないの」
犬を追い払うように、団員はシッシッと手を振る仕草をした。
「少しでもいいから話を聞いてください。魔物に襲われたという男の怪我ですが、あれは――」
「うるせぇっ!どこかへ行けって言っているだろう?痛い目にあいたいのか!?」
そう言って、団員は腕を振り上げる。
「お、お嬢ちゃん!!」
コルネイユが慌てて飛び出し、私と団員の間に入って止めてくれた。おかげで私は、何とか殴られるのは免れる。
そのまま、私たちは団員から離れた。
「まったく、無茶するよ」
呆れ顔のコルネイユに、私は改めて礼を言った。彼のおかげで殴られずに済んだ。
すると、コルネイユはしげしげと私の顔を眺めてくる。
「どうかされましたか?」
「いやぁ、肝の太い子だと思ってね。若い女性が男から暴力を振るわれそうになったら、普通はもっと怖がるだろうに」
「……」
まるで私が普通でないような物言いは止めてもらいたい。
「それにしても、あの様子じゃ何を言っても聞く耳を持ってくれませんね。何か違う方法を考えないと……」
「――って、お嬢ちゃん!?まだ、諦めていなかったのかい?」
驚くコルネイユをよそに、私は考えを巡らせる。
できれば、使いたくはない手段だったが……背に腹は変えられないか。
このまま魔物の騒ぎが収まらなければ、エチカ親子が路頭に迷うかもしれないのだ。
私は腹を決めた。




