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第13話 利用(前編)

 うちのような小さな店の天敵、頭を悩ませるモノの一つ――そうソレは()()()だ。

 商品の中には高額な魔法薬もあるため、お金を払わず盗られてしまっては大打撃である。

 そのため、私は店に盗難対策用の魔法陣がひそかに仕込んでいた。お金を払わず、商品を持って店の外に出た途端、体が金縛りにかかる――ちょっとした黒魔法の応用だ。

 そして今日、その防犯用魔法陣に引っかかった者がいた。



 汚れた衣服を身に(まと)った少女――七歳から八歳くらいだろうか――は、今にも泣き出しそうになっていた。

 店の方は母に任せ、奥の部屋で私は万引き犯の少女と向かい合っている。彼女はエチカと名乗った。

 少年少女の犯罪というのは、別に珍しくはない。ただ、一つ()せないのは、彼女が盗ったもの――それは解毒薬だった。

 この店には美容系の魔法薬など、女の子の興味を引きそうな品が他にもある。にもかかわらず、その中から解毒薬を選ぶ理由が分からなかった。


「どうして、これを盗ろうと思ったの?」

「……お父っさんが」

 ボロボロとエチカの目から大粒の涙がこぼれ、彼女はその()()を話し始めた。



「ちょっと、ジャンヌ?どこへ行くんだい?」

 私がエチカ共に店を出ようとしたところ、店番をしていた母が慌てて止めてきた。

「ごめん、母さん!事情は帰ったら話す!急がないと――」

 悠長にしている時間はない。

 私たちは駆け足で、店を後にした。



 エチカの家は、下町の狭い路地に建てられた集合住宅だった。

 そう大きくない建物に、いくつもの世帯が入っている。誰かが怒鳴る声や騒がしい生活音がそこらでした。

 この街でも貧困層が住む場所だ。昔――父が蒸発したくらいの頃――私と母もこういう所で暮らしていた。


 エチカが階段を足早に上がる。私もそれに続いた。

 そして彼女は、二階の一室に飛び込んでいった。おそらく此処がエチカの家だ。


 エチカの自宅は一部屋しかなく、玄関を入るとすぐにベッドが見えた。そこに、中年男性が寝ている。見るからに苦しそうで、額には汗をびっしりかいていた。

 ベッドの上の男にエチカが声を掛ける。


「お父っさん!ただいま!!」

「うぅ……エチカか」

「治してくれる人、探してきたよ!」

「……なに?あ、アンタは?」

 そこでエチカの父親は、やっと私に気付いたようだ。

「ちょっと診せてもらえますか?」

 私が聞くと、父親はかぶりを振った。

「すまん。だめだ。金が、金がないんだ……」


 お金がないから、治療費を払えない。彼はそう言いたいのだろう。

 エチカがわざわざ(うち)から()を盗もうとしたのも、医者や白魔導士にかかるお金がなかったからだ。


 母親を早くに亡くし、エチカはこの父親と二人暮らしだ。父親は、この世でただ一人の肉親らしい。

 そんな父親が蛇の魔物に噛まれ、その毒が全身に回ってしまった。彼が死の危機に瀕しているのを目の当たりにしたエチカは、治療薬を求め、万引きなんてことをやってしまった――そう、私に白状したのである。


 エチカの言う通り、たしかに父親の具合は相当悪そうだ。

「……失礼します」

 私は父親の言葉を無視して、彼の右腕を布団から出した。二の腕あたりに傷があり、黒く変色している。


 これが蛇に噛まれた痕か――?


 とにかく今は、解毒が最優先だろう。私は液体が入った小瓶――広範囲の毒に効果がある解毒薬――をエチカの父親に渡した。


「これをゆっくり飲んでください」

「しかし……」

「娘さんを一人ぼっちにする気ですか?」

「す、すまない」

「かなり苦いですが、頑張って。吐き出さないよう飲んでください」


 エチカの父親は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、それでもきちんと解毒薬を飲みほした。


 小一時間もすると、エチカの父親の容体はかなり良くなった。熱が引き、呼吸が落ち着いている。

 あの解毒薬が効かなかった場合に備えて、他にもいくつか予備を準備してきたが、それらは必要なさそうだ。私はひとまずホッとした。


「すごいっ!お父っさん、治ったの?」

「ああ。体が嘘みたいに楽だ。腕の痛みもない」

「良かった!」


 エチカが父親の胸に飛び込み、抱きついた。そんな娘を父親は優しく抱擁する。


「まだ、完全に毒が抜け切れていない可能性もあります。明日の朝、もう一瓶飲んでおいてください」

 私がそう言って近くのテーブルに解毒薬を置くと、エチカの父親は困った顔をした。

「こんなにすごい薬、ずいぶんと高いのだろう?」

「……まぁ、安くはないですね」

「助けてもらっておいて、こんなことを言うのは心苦しいんだが……支払いは待ってもらえないだろうか?時間はかかっても必ず、必ず払うから」


 それを聞いて、私は感心した。

 貧乏を盾に、代金を踏み倒そうとする(やから)とエチカの父親は違うらしい。

 そんな父親に続いて、エチカも私に訴えてきた。


「お姉ちゃん、ごめんなさい。うちにお金がないのは私のせいなの。私が前に病気をしたから。そのせいでうちのお金を使っちゃったんだ」

「エチカ。お前のせいなんてこと、あるもんか。親が子供に金を使うのは当たり前だ」


 互いに互いを想いあっている――エチカたちは間違いなく良い父娘だった。



「お金は……余裕ができたときで良いですよ」

「恩にきる。本当は今の現場仕事で、ある程度の収入が見込めるはずだったんだが……」

「今の現場?」


 エチカの父親は普請仕事をしていると言った。

 現在、街の一等地にある大きな屋敷の解体作業に当たっている。解体作業が終われば、新しい建物――高級宿を建てるらしい――を建築するので、長期にわたる大きな仕事のようだった。


「けれども、屋敷の解体途中で魔物が現れて……」

「まさか腕の傷は……」

「ああ、その通りだ。三メートルはありそうな大蛇だった。同僚も一緒に目撃したから、見間違えではないよ」


 私は疑問に思った。

 街中にそんな大きな魔物が突然現れることなんて、あり得るだろうか。

 しかし、エチカの父親は実際に怪我をし、毒を受けている。ただ、その傷口にはちょっと()()()()ところがあった。


「今、その屋敷はどうなっているんですか?」

「騎士団の人が屋敷の敷地内を捜索中で、立ち入り禁止になっている」

 確かに。街中の魔物なんて、本当なら大騒ぎだ。騎士団が出張るのも当然のように思われた。

「魔物は見つかりました?」

 私の質問に、力なくエチカの父親は首を横に振った。

「いいや。だから、屋敷もずっと立ち入り禁止のまま。このままでは仕事にならない」

「仕事がなければ……お金にも困りますよね」

「ああ。特に今回は大きな仕事だったんだ。俺だけじゃなく、親方も同僚もほとほと困っているよ。この仕事をやる前提で、皆長期の予定を組んでいたから」

 はぁ、と彼は沈痛なため息を漏らす。そんな父親をエチカが心配そうに見ていた。


 それにしても、私はその()()とやらが気になる。

 私はエチカの父に尋ねた。


「魔物が出たお屋敷の場所を教えてもらえますか?」



 思った以上の一等地にその屋敷はあった。

 オルレアの街の中心地。

 高級ブティックやレストランが並ぶ商業地区だ。こんな所に個人の屋敷があるとは驚きである。


 屋敷は大きいが、かなり古かった。

 手入れもあまりされていないようで、周囲の景観から存在が浮いている。

 そして現在、その周りにはロープが張られていた。ご丁寧に、立ち入り禁止の看板まで建てられてある。


 私は門の入り口から、敷地内を伺った。騎士団が魔物を捜索中だと聞いたが、それらしき人の姿は見えない。

 そのとき、


「お嬢さん。見ての通り、ここは立ち入り禁止だよ」


 後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、身なりの良い初老の紳士がお供を連れて立っている。


「騎士団の関係者の方ですか?」

 私がそう尋ねると、老紳士はコロコロと笑った。

「ハハ、違う違う。わしはコルネイユ。この屋敷を買い取った者だよ」

 つまり、今のこの土地の持ち主。そして、エチカの父親の依頼主というわけだ。



 私は、自分がここで解体作業をしている男の知り合いで、騎士団の捜査がどのようになっているか伺いに来た(むね)を伝えた。

 すると、コルネイユは困り顔で腕を組む。


「それが長引きそうでねぇ。わしも心配でしょっちゅう、進捗状況を見に来ているんだが……」

 彼の口ぶりから、捜査の進行が思わしくないことが分かった。

「全く、この土地を手に入れたときは良い買い物だと思ったが…。まさか魔物が出るとはのぅ」

「確か、この屋敷を解体して高級宿(ホテル)を建てるんでしたっけ?」

「そのつもりだった――が、考え直さなければならんかもしれん。魔物が出るホテルなんて、誰も寄りつかないだろうからねぇ」

「確かに……」

「まったく。どこからトラブルを嗅ぎつけたのか、わしにこの土地を安く売れと言う連中まですでに現れておる。しかも、わしが買った時の半値。冗談じゃない。だが、魔物の件が長引くと、それも考えなくてはのぅ」

 

 持ち主が変われば、工事を請け負う業者も変わってしまうかもしれない。そうなると、エチカの父親たちには大打撃だ。

 私は何とか、早急にこの事件を解決したかった。


「あの実は……この件で少し引っ掛かることがありまして」

 そうコルネイユに持ちかけると、

「んん?」

 彼の眉がピクリとはねる。

「もしかしたら、捜査のお役に立てるかも。それで、騎士団の方と話したいんですが」

「ふぅむ。それは興味深い。しかし、難しいかもしれん。ちょいと、こちらへ――」



 コルネイユに連れられて、私は屋敷の裏までやってきた。そこには裏口があり、何やら(いさか)いの声が聞こえてくる。

 私たちはそのやり取りに、そっと耳を向けた。


 騎士団の軽鎧を身につけた男性と、中年女性が言い争っていた。

「だから!いくら来られてもダメだ!!入れることはできん!」

「で、でも!私なら何かのお役に立つと思うんです!このお屋敷で、長年勤めていましたから」

「とにかく!規則上、あなたを現場に入れることはできんっ!!魔物が野放しである以上、我々には市民を守る義務があるんだ!!」

「で、でも……」

「話はおしまいだ!ほら、とっとと帰ってくれ」


 結局、騎士団の団員はその中年女性を追い返してしまった。彼女は肩を落としながら、とぼとぼと帰って行く。

 その様子を見て、私はコルネイユにこそりと尋ねた。


「あの、さっきの女性は?」

「ああ。彼女は元々、この屋敷に長年勤めていた使用人だ。つまり、前の屋敷の所有者に仕えていたということになるのぅ。前の主は昨年亡くなってしまったが、晩年は他に使用人もおらず、主と彼女だけで住んでいたようだ」

「こんな大きなお屋敷に主人と使用人が一人だけですか?」


 それはさぞかし、使用人が大変だっただろう。

 掃除一つとってみても、この規模の屋敷をきれいにするのはかなりの重労働だ。


「その分、彼女にはこの屋敷に思い入れがあるようだ。魔物が現れたのが気になるのか、最近ああやって訪ねてきているらしい。だが、もちろん屋敷の中には入れてもらえんがのぅ」

 確かに、団員は断固として使用人だった女性の立ち入りを拒んでいた。

「あんな風だから、騎士団がお嬢さんの話を聞いてくれるとは思えん。もし、それがこの魔物騒ぎの解決につながるのなら、わしも大喜びじゃが……」

「確かに手ごわそうですが。でも、ものは試し。行ってきます」

「あ、え?お嬢ちゃん?」


 呼び止めるコルネイユの声を背中で聞きながら、私は裏口の団員に話しかけた。


「今度は一体何なんだ?」

 うんざりした顔で、団員は私を見た。

 私はこの屋敷の解体作業をしていた者の知り合いで、事件について気付いたことがある――その(むね)を説明しても、

「あ~、はいはい。こっちは忙しいんだから、アンタの相手をしている暇はないの」

 犬を追い払うように、団員はシッシッと手を振る仕草をした。


「少しでもいいから話を聞いてください。魔物に襲われたという男の怪我ですが、あれは――」

「うるせぇっ!どこかへ行けって言っているだろう?痛い目にあいたいのか!?」

 そう言って、団員は腕を振り上げる。

「お、お嬢ちゃん!!」

 コルネイユが慌てて飛び出し、私と団員の間に入って止めてくれた。おかげで私は、何とか殴られるのは免れる。

 そのまま、私たちは団員から離れた。



「まったく、無茶するよ」

 呆れ顔のコルネイユに、私は改めて礼を言った。彼のおかげで殴られずに済んだ。

 すると、コルネイユはしげしげと私の顔を眺めてくる。

「どうかされましたか?」

「いやぁ、肝の太い子だと思ってね。若い女性が男から暴力を振るわれそうになったら、普通はもっと怖がるだろうに」

「……」

 まるで私が普通でないような物言いは止めてもらいたい。


「それにしても、あの様子じゃ何を言っても聞く耳を持ってくれませんね。何か違う方法を考えないと……」

「――って、お嬢ちゃん!?まだ、諦めていなかったのかい?」


 驚くコルネイユをよそに、私は考えを巡らせる。


 できれば、使いたくはない手段だったが……背に腹は変えられないか。

 このまま魔物の騒ぎが収まらなければ、エチカ親子が路頭に迷うかもしれないのだ。


 私は腹を決めた。




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