第12話 夢見の薬
レオン・クローヴィスにはアクセルという兄がいる。
アクセルはクローヴィス侯爵家の跡取り息子で、現在は王都で官僚として国政に携わっていた。そのため、自領にはほとんど帰ってこない。
その彼がこの度、半年ぶりに帰郷してきたのだ。
兄と弟は、久しぶりにオルレアの街にあるクローヴィス家の屋敷で夕食を一緒にとった。
二人が並ぶと、彼らに血のつながりがあることは一目瞭然だった。どちらも燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳をしている。
ただ体格はさすがに違っていて、文官の兄よりも騎士団長をしている弟の方がしっかりとしていた。
そんなアクセルは、弟に土産として面白い物を持って帰ってきた。
「何だい?これは」
アクセルから渡されたもの――小瓶に入った液体――に、レオンは首をかしげる。
「それは今、王都で流行っている魔法薬だよ。何の薬だと思う?」
「ラベルに『夢見の薬』って書いてあるぞ」
「それは『自分の好きな夢が見られる』魔法薬だそうだ」
「ふぅん」
興味がなさそうなレオンを見て、アクセルは期待が外れたような顔をした。
「……って、アレ?反応が薄いな。もっと喜ぶかと思ったのに」
「それほど魔法薬には興味はないからね」
レオンが街外れのとある魔法薬店に足繁く通っているのは、魔法薬が目的ではなく、そこの店主に用があるからだ。
もっとも、そんなことを口にすれば、商品に誇りを持っている女店主に大ひんしゅくを買うだろうが……。
弟の様子を見て、アクセルはやれやれと肩をすくめる。
「女に振られ続けているお前に、わざわざ買ってきてやったのに」
「なっ……!?」
レオンの顔が赤く染まる。
彼が長年、平民の娘に片想いをしていることはクローヴィス家では周知の事実で、アクセルももちろん知っていた。
それで何度か家族でも話し合いの機会が設けられ、身分違いの恋をいさめられたが、レオンは全く折れない。
結局、その頑固さにクローヴィス侯爵夫妻も根を上げてしまって、今では縁談の話もレオンに持ち込まなくなった。
「大体、ソレとコレと何の関係があるんだ!?」
「『自分の好きな夢が見られる』魔法薬だぞ?夢の中なら、彼女とも上手くやれるのでは?」
「……」
アクセルの指摘に、レオンは微妙そうな顔をする。
それから、キッパリと首を横に振った。
「やっぱり要らないよ」
弟の反応を見て、アクセルはにこりと笑う。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「はぁ?自分が持って来ておいて、何を言ってるんだい?」
わけがわからない、という顔をするレオン。
アクセルは『夢見の薬』をじっと見つめる。その深刻そうな表情を目にして、レオンは「おや?」と思った。
「これはもうじき、我が領地でも売り出されるらしい。売り出すのは、あのピエトロ商会だ」
「う、うん。それが?」
「いや、何もないよ。ただ、何となく嫌な予感がしてさ。私の思い過ごしだと良いけれど……レオンはどう思う?」
兄に問われ、レオンは押し黙る。
そして、『夢見の薬』をじっと睨んだ。
*
「これなんだが……」
そう言って、レオンが店のカウンターに置いたのは何の変哲もない小瓶だった。中に何か液体が入っている。
瓶にはピンクの可愛らしいラベルが貼ってあって、そこに書かれてあるのは――
「『夢見の薬』?」
「ああ」
「聞いたことないですねぇ」
「ピエトロ商会の新商品らしい」
レオンが言うには、これは『自分の好きな夢が見られる』という触れ込みの魔法薬だそうだ。王都のピエトロ商会本店で最近販売し始めたらしく、今後はオルレアの街でも店頭に並ぶ予定とのこと。
正直、得体の知れない感じがして、私は眉をひそめた。
「実際に効果はあるらしい。王都では人気商品になっているそうだ。だが……」
レオンは言い辛そうにしている。
「つまり、レオン様はこの薬に不信感があるということでしょうか?」
そうでなければ、わざわざ私の所まで持って来て、意見を仰いだりしないだろう。
案の定、コクンと彼は頷いた。
「俺は魔法薬には疎いから、最初は何とも思わなかったんだが。身内に言われて気になってさ」
身内というのは、レオンのご両親か兄のことだろうか?確か、彼は四人家族のはずだ。
「意識してみれば、コレからは何となく不気味なものを感じる。ほら、魔物にも人間の夢を標的にする輩がいるだろう。夢魔とか……」
夢魔は人間に悪夢を見せる魔物だ。悪夢で苦しむ人間の精神を食し、衰弱させる。夢魔に魅入られた人間は、悪夢に囚われ目覚めることもなくなって、最悪死んでしまうこともある。
「この薬が見せるのは、本人が望む良い夢なんだろうが、どうにも夢魔と根本は同じのような気がするんだ」
「ちなみに、この薬の価格は?」
「小銀貨7枚と言っていたかな」
「高いですね」
しかし、ちょっと小金を持っている平民なら、買えてしまえそうな金額ではある。
私はレオンに自分の見解を述べることにした。
「通常、この手の人の精神に影響するような薬は、法律で厳しく取り締まられています。安全性試験をパスして、人体への危険がないものだけが販売されているはず……」
「というと、俺の杞憂だろうか」
「いいえ。私もこれには……得体の知れなさを感じます。それに、これを売っているのはピエトロ商会なのでしょう?あそこはバックにサヴォイア公爵家がついているから……」
なるほど、とレオンは呟いた。
サヴォイア公爵家は、王族の血縁でこの国の最上位に当たる貴族の家だ。その辺りの勢力背景は庶民の私より、レオンの方がはるかに詳しいだろう。
「サヴォイア家が裏で手を回している可能性はあるな。安全性試験が捏造されているかもしれない」
「まぁ、あくまで推測ですし、何とも言えませんが」
私は言葉を濁す。
「ジャンヌ。君はどういう風にこの薬を危ないと思うんだ?」
「……もし、この薬で自分の望んだ夢が本当に見られるのなら…人は夢から目覚めたくない――そう思うようになるかもしれません。麻薬の類に似た依存性が出てきてしまうかも」
「それは怖いな」
「そうですね。私たちは夢の中では生きていけませんから」
どれだけ現実が辛かろうと、一時的に現実逃避しようと、人は現実を受け入れ折り合いをつけて、生きていかなければならないのだ。
さて、レオンはこの『夢見の薬』についてどうするか、未だ悩んでいる様子だった。そこで私は一つの提案をする。
「もし、詳しい解析が必要だとおっしゃるのなら、試しに私が飲んでみましょうか?」
「え……えぇっ!?」
「そうすれば、この薬がどういうタイプのものか大体分かると思います。薬に込められている魔法が幻術系なのか、はたまた催眠系なのか――とか」
「ダメに決まっているだろう!」
ブンブンブン。レオンは勢いよく、かぶりを振った。
「さんざん薬の危険性を話していたのに!?どうして!?」
「その危険性は、あくまで憶測の話ですから」
私はひょいと『夢見の薬』を持ち上げる。
とても怪しい薬だが、少なくとも王都では公に販売されているのだ。飲んで直ちに害が出るということもないだろう。
また、魔法薬学を携わる者として、この『夢見の薬』がどういう仕組みなのか、少し興味もあった。
けれども、レオンは――
「ダメ!絶対にダメだぞ!!」
そう言って、私の手から『夢見の薬』を取り上げてしまった。
それから悩んだ末、レオンは結論を出した。
「とりあえず、クローヴィス侯爵領での『夢見の薬』の販売は許可しないように父と
兄に進言しておく。この薬の使用者に対して本当に害がないか、王都での動向を見てからでも遅くはないはずだ」
「そうですね。それが賢明かと思います」
私がそう言うと、レオンはホッとしたような顔をした。
「やっぱり君に相談してよかった!ありがとう、ジャンヌ」
先ほどまでの憂いた様子から一転、いつものように明るい笑顔をみせるレオン。
レオンは私を評価してくれているようだが、そもそもこの件については、彼の中で初めから結論が出ていたような気がする。私はその背中を押したに過ぎない。
ふと私がこの『夢見の薬』を飲んだら、どんな夢をみるのかと考えてみた。
やはり、王都で宮廷魔導士になれた自分の夢だろうか。それを見て、私は幸せに思うのだろうか。
この現実に戻って来たくない――そう思えるほどに?
少し考えて、私は首を横に振った。
「やっぱり、夢は現実で叶えたいですね」
その独り言に応えるように、レオンがそっと笑う。
「俺も、やはり本物の方が良い」




