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第11話 騎士団の白魔導士

 魔物の討伐が終わり、ルネは騎士団の団員たちの被害状況を確認していた。


「ケガ人は医務室に!」

 そう指示をしていると、騎士団長であるレオンが彼の前にやってきた。

「ケガ人はいるか?」

「ええ、中軽傷を負った者が何人か。しかし、相手がワイバーンの群れだったのことを考えると、被害は最小限に抑えられたと言えるでしょう」

「そうか」

「これもレオン様の活躍のおかげです」


 ワイバーンは翼竜に似た魔物だ。彼らは空を自在に飛び回り、炎のブレスを吐く。ブレス自体は純粋なドラゴンに比べて威力は低いものの、圧倒的な高低差から攻撃されると、地上の人間は一方的に蹂躙(じゅうりん)される羽目になる。

 つまり、かなり厄介な強敵だった。


 対象がワイバーンだったため、今回の討伐にはレオンも参加した。さして、地上から雷魔法を放ち、ワイバーンを撃ち落としたのだ。

 本来、攻撃対象との距離が遠ければ遠いほど、魔法の威力は落ちてしまう。並みの魔導士なら、そもそも上空のワイバーンまで攻撃が届かない。

 しかし、レオンはその高低差を物ともせず、一撃でワイバーンを撃ち落としたのだ。彼の魔法の威力のすごさが分かる戦いだった。


「最近、医務室には優秀な白魔導士が入ったんです。マリアという子で、まだ少女なんですが」

「そうか。それならケガ人も安心だな」

「レオン様はおケガありませんか?」

「それがないんだ……」


 ケガがないことは何よりだ。ワイバーン相手に無傷なんてすばらしいことである。

 そのはずなのに、どういうわけかレオンの表情は暗い。


「……あのぅ、どうして残念そうなんですか?」

 がっくりと肩を落とす上司を、ルネは(いぶか)った。


「ケガしたら、ジャンヌに治療してもらえたかもしれないのに……」

 その言葉を聞いて、ルネは脱力する。

 目の前の上司が街外れの魔法薬店の女店主にご執心なのは、騎士団内で周知の事実だ。ルネ自身も女店主とは面識があり、二人の関係性も大体分かっていた。


「レオン様。お願いですから、わざとケガなんてしないで下さいよ?」

「……」

「レオン様?」

「分かってる、分かってる。そんなことはしないさ。しようと思ったことがあるだけだ」

「思ったことがあるんですか!?」


 ルネは思わず顔をしかめた。惚れた女に会う口実のために、自ら負傷しようと考えるなんて、ちょっと尋常ではない。

 ルネは一歩、レオンから距離をとる。

 しかし、そんなことはお構いなしに、レオンは話を続けた。


「でも止めた。もし、わざとケガをしたなんてバレたら、ジャンヌに軽蔑される」

「軽蔑…?」

「ああ。ジャンヌは自分の仕事に誇りを持っているから、いい加減な態度で仕事に臨む人間には容赦ないと思う」


 ああ、なるほど確かに――と、ルネは頷いた。

 それと同時に新たな疑問が浮かび、首をかしげる。


「ジャンヌさん、いつも容赦なくありませんか?」

 表面上、ジャンヌはレオンに対して礼儀正しく振舞っているが、その眼差しが冷たい――なんてことは、しばしばだ。


「アレは俺に呆れているのであって、軽蔑とは全然違うぞ!」

 レオンは力説する。

 ルネは「呆れられている自覚はあったんですね…」と声に出さず、思った。


「むしろ、ああいう感じで容赦ない眼を向けられるのは、アレはアレで良いんだ!」

「……良いんですか」

 ルネは「どうしよう。この上司はマゾかもしれない…」と思い、レオンからまた一歩距離をとった。


「でも、ジャンヌが本当に軽蔑したときの目と言ったら……もう一度あの冷たい眼で見られたら、俺は立ち直れないかもしれない」

 レオンの口ぶりは真剣そのものだ。

 この上司、彼女(ジャンヌ)にいったい何をしでかしたのだろうか――と、ルネは疑問に思ったが、そのことには触れず、そっとしておいた。



「あなたがここの店主ですか?」

 少し怒ったような顔の少女にそう言われ、私は戸惑った。

 なんだろう……デジャブを覚える。


 少女は十代後半、私よりも幾つか年下に見えた。金髪に青い目の、可愛らしい子だ。

 彼女は魔導士風の白いローブを身に着けていて、そこには竜のシンボルが描かれてあった。騎士団の団員たちの軽鎧に施されているのと、同じシンボルだ。

 つまり、少女は騎士団の関係者なのだろう。


 と言っても、私は彼女のこと全然知らなかった。おそらく初対面だと思う。

 それにも関わらず、少女からはっきりとした敵対心を感じられた。


「はい。私が店主ですが……」

「あの回復薬はあなたが作ったの?」

「ええ、まぁ」

「あの回復薬で、ちぎれた腕をくっつけることはできる?」

「……はぁ?」


 いきなり何を言い出すのだと私は目を丸くした。少女の意図が分からず、混乱する。

 しかし、少女の方はこちらのことなどお構いなしで迫ってきた。


「ねぇ、どうなの!?」

「腕をくっつけるのは、さすがに無理ですね」


 私がそう言うと、少女はフッとほくそ笑む。


「勝ったわ」

「へ?」

「私ならちぎれた腕もくっつけて、元通りにできるもの」

「それはすごいですね」


 私は素直に感心した。切断された腕の再生は、かなり高レベルの白魔法だからだ。


「すごいでしょう。なにせ、私はあのオルレア騎士団の白魔導士。白魔導士のマリアなのよ」


 突然、自信満々の表情で自己紹介する少女マリア。

 そして、私の頭の中でまた疑問が浮かぶ。


――だから、何?


 結局のところ、マリアの目的が分からなかった。

 いったい、彼女は(うち)に何の用で来たのか。

 仕方ないので、私は単刀直入に聞いてみた。


「それで、何か御用でしょうか?何か必要な魔法薬でも?」

「あなたの店で必要なものなんてないわ」

 その言葉を聞いて、私はムッとした。

「……客じゃないなら帰ってくれませんか?こっちも暇じゃないんです」


 営業妨害も良い所である。

 レオンと言い、目の前の少女マリアと言い、(うち)に何か恨みでもあるのか。

 そう思っていると、ビシっとマリアは私を指さした。


「うるさいわね!私は忠告をしに来たの!」

「忠告?」

()()はやめることね!正々堂々となさい!!」

「……」


 面と向かってそう言われ、私はしばしフリーズする。

 今さっき、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが――気のせいだろうか?


「……()()?それは当店の商品のことをおっしゃっているのでしょうか?」

「そうよ!あなたの回復薬よりも私の白魔法の方がすごいって……うぇっ!?」


 私の方を見て、マリアは顔を引きつらせる。


()()とは聞き捨てなりません。当店では金額に見合った効果を持つ魔法薬を販売している――そう自負しておりますが」

「え?えっ?か、顔。顔がこわぃ……」

「いったい、うちの魔法薬のどこが()()なのでしょうか?」

「ご、ごめんなさい!!」


 悲鳴のような声を上げて、マリアは謝った。

 先ほどまでの威勢はどこに行ったか。マリアは目に涙を浮かべ、小鹿のように震えていた。


「だって、だって。レオン様が私の所にいらっしゃらないから……」

「はぁ?レオン様?」


 どうしてここでレオンの名前が出て来るのか。

 事情をよく分かっていない私に、マリアはポツリポツリと説明し始める。

 それで彼女の話を要約すると、こういうことだった。


 マリアは騎士団の医務室で白魔導士として働いている。

 先ほど自分でも豪語していたように、白魔法にはかなりの自信を持っていて、団員の皆もそれを認めてくれていた。

 毎日、医務室には怪我をした団員たちがやって来る。

 しかし、レオンだけは、一度もマリアの下にやって来ない。


 そんなとき、ある噂をマリアは耳にした。

 騎士団長にはお気に入りの魔法薬店があり、そこに足繫(あししげ)く通っているらしいと。

 それで、マリアは考えた。

 レオンが自分の所に来ないのは、その魔法薬店で回復薬を買っているからだと。


「……」

 なんともしょうもない事の顛末(てんまつ)に、私は思わず半眼になった。

「ここの回復薬じゃ、ちぎれた腕はくっつけられないって、あなたも言っていたし。だったら、私の方が役立つはずだから……レオン様は私のところに来るべきで……でも、来ない」

「……」

「それで、その……あなたが()()しているんじゃないかって……思って……」

「……ちなみに、どういう()()をしていると思ったんですか?」

「い、色仕掛けとか……?」

「はぁ」

 つい、ため息が出てしまう。


 十中八九、この子はレオンのことが好きなのだろう。それでいつ医務室に来るのかと心待ちにしていたが、彼は一向にやって来ない。

 そんな折、(うち)の噂を聞いた。

 そして、嫉妬心が暴走した結果が、今のこの状況なのだ。


「そもそも、(うち)でもめったに回復薬は買いませんよ。レオン様は」

「え?そうなの?」

「あの方の強さは滅茶苦茶ですから。そもそも怪我をすることが、ほとんどないのでしょう」

「わぁ。さすがレオン様……」


 可愛らしく、マリアは頬を染める。


「だったら、レオン様は何をしにこの店へ?」


 ほとんどが無駄話をしに来ている。

 それが真実だったが、その事実を告げるとまたマリアは騒ぎそうである。

 私は適当にごまかすことにした。


「お客様のプライベートなことですから、どんな物をご購入されているかを詳しく言うのは……ちょっと……」

「あ、それもそうよね」

「まぁ、とにかく。あなたが真面目に白魔導士として勤務していれば、治療じゃなくてもレオン様と交流がありますよ。きっと」

「そうかな?」

「ええ」

「そうね!私、お仕事がんばるわ!」


 涙を拭き、元気を取り戻すマリア。意外に、素直な子だった。

 そのまま、彼女を見送ろうとして――私は顔がこわばる。

 

――いる……っ!!


 窓越しにちらりと見える赤い髪。アレはきっと……。

 私は天井を仰ぐ。同時に、


「ジャンヌー!!」


 勢いよく店の扉が開いて、レオンが飛び込んできたのだった。

 ああ、なんて間の悪い……。


「えぇっ!?レオン様!!」

 マリアは大きな声を上げた。それにレオンも気づく。

「おや?君は騎士団の――」

「し、白魔導士のマリアです!」

 マリアは顔を真っ赤にさせながら、自己紹介する。

 それを聞いて、「ああ」とレオンはポンと手のひらを打った。


「君のことは聞いているよ。優秀な白魔導士だってね」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。これからも頑張ってくれ」

「はい!もちろんです!!」


 マリアの瞳は感激でキラキラと輝いている。

 このまま、何事もなく二人で店を去ってくれ――と私は念を送った。

 まぁ、その願いは叶わないわけだが…。


「そう言えば、君もこの店で買い物をするのかい?」

「あ、えっと……その……」

「ここの店はお勧めだよ!なにせ、店主がすごいんだ!聡明で素晴らしい魔導士なんだぞ!」

「えっ…」

「ジャンヌは子供の頃からすごかったけれどね――ああ!最近、妙な病が西区で起こっただろう?咳が出てしまう病気」

「あっ。私も治療したけれど、原因が分からなかったやつ……。も、もしかして?」

「そうなんだ!アレの原因を突き止めたのはジャンヌなんだよ!!」

「……」


 頭痛を覚えながら、私はちらりと二人を見る。

 相変わらず、屈託ない笑みをこちらに向けるレオン。

 一方、マリアは……、


「私!ぜったい、絶対に負けませんからっ!!」


 涙をためた目で私をキッと見据えたかと思うと、そのまま店から飛び出してしまった。

 後には、私とレオンだけが残される。


「いったい、どうしたんだろう?」

 事情が分かっていないレオンに、私は一言。


「レオン様が悪いです」




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