第112話 酒場にて
師匠の話を聞いて、私は頭を抱えたい思いだった。
マルグリットがどうしてクローヴィス侯爵家やレオンを恨むのか。それを突き止め、解決しよう――そう考えていたのだが、今では己の思い上がりと浅はかさを恥じている。
まさか、マルグリット……そして師匠に、これほど壮絶な過去とクローヴィス家との大きな確執があるとは思いもしなかった。
私は途方に暮れていた。
マルグリットの現クローヴィス侯爵家への恨みを『八つ当たり』と断じることはできる。
しかし、ソレはおそらくマルグリット自身も分かっていること。理性で分かっていながら、心情として彼女はクローヴィス侯爵家を許せないのだ。
実験体としての地獄のような日々、愛しい人を殺された過去、そして図らずしも永遠の生を押し付けられた――師匠とマルグリットの苦しみを考えれば、誰かに八つ当たりたくなる気持ちも理解できた。
長年苦しんできた彼女に、はたして私の言葉や説得なんて届くのか。
暗澹たる気持ちで私はため息を吐いた。隣を見れば、レオンも困惑した表情をしている。
そんな私たちの様子を見て、師匠が言った。
「お主らは、マルグリットの悪事を止めたいということだったな。正直なところ、それは難しいかもしれん。だが、わしもできることはしよう」
「……というと?」
「わしもマルグリットの説得をしてみよう」
「本当ですか?」
まさかの師匠からの申し出に、私とレオンは驚く。
苦楽を共にしてきた実の兄が一緒なら、マルグリットの心にも響くかもしれない。暗闇の中に一筋の光明が見えたような気持ちだった。
「といっても、わしも最近はあやつと会っておらんからな。はたして素直に説得に応じてくれるかどうか……うむ!作戦会議が必要じゃな」
「作戦会議?」
にやりと笑う師匠を見て、レオンは首をかしげた。
「ということで、飲みに行くぞ!むろん、お主の奢りで頼む」
「結局、それか!?」
今まで真面目な雰囲気から一転、いつもの調子に戻った師匠。
「まったく…」と呆れつつ、私は少しホッとしていた。
*
私たちはラグレーの町に行った。
町の規模はオルレアに比べてずっと小さく、こじんまりとしたものだったが、牧歌的な雰囲気の良い町だった。こんな状況でなければ、のんびりと休暇を楽しめただろう。
町の数少ない宿屋に部屋をとり、そこの一階にある酒場で私たちは食事することにした。師匠がいることもあり、テーブルの上には当然のようにお酒が出てくる。
その席で、どうやってマルグリットの居場所を突き止めるか――という話になった。
説得をするにしても何にしても、彼女の居所が分からないとどうしようもない。
いつも神出鬼没の彼女だが、師匠の話では拠点にしている場所があるとのことだった。
「ただ、あやつの拠点は大陸中にちらばっていて、かなり多いのだ。それをしらみつぶしに探すのは骨が折れるのぅ」
「移動だけでも一苦労ですね」
「ああ、その点は大丈夫じゃ。座標が分かっている場所であれば、転移魔法で一飛びじゃよ」
「えっ!?師匠も転移魔法が使えるんですか?ということは、古代魔法なんかも…?」
「うむ。現在、そう言われておる類の魔法は一通り使えるのぅ」
「知りませんでした!」
私は驚いて、師匠を見た。
ちょっと興奮しているのが、自分でも分かる。
しかし、よくよく考えれば、師匠が古代魔法の使い手だとしても不思議でも何でもない。
彼の正体は竜人で、マルグリットの双子の兄だ。彼らの間で、その知識や技術が共有されているのは容易に想像できた。
「でも、私。師匠が古代魔法を使っているところ、見たことがありません」
師匠とは冒険者時代にペアを組んでいたが、彼が使っていたのは一般的な現代魔法ばかりだったと記憶している。
「他の魔法で事足りるのに、不用意に目立つ必要もないじゃろう?そうでなくとも、年を取らぬこの体は目を付けられやすいのに」
「確かに」と頷きつつ、私はあることが気になった。
「師匠、転移魔法って私でも使えるようになれますか?」
私の質問に、師匠は「う~ん」と唸る。
「あの魔法は消費魔力量がどうしても多くなってしまうからのう。時空間魔法の適正があっても、人間の魔力量ではちと厳しいじゃろう」
「つまり、レオン様なら可能性があると?」
「こやつの魔力量は竜人並みだから、適正があれば可能じゃ。ただし、相当な修練が必要だが…」
「レオン様。せっかくだから、師匠に習ってみてはどうですか?転移魔法が使えれば、とても便利だと思いますよ」
私の提案を聞いて「げっ」とレオンが嫌そうな顔をした。
「まぁ……機会があれば」
この言い方は、絶対に習いにいかないやつだ。師匠に教わるのが、そんなに嫌なのだろうか。
私と違って、レオンには才能があるのにもったいない。
すると、この話題を続けるのが嫌だったのか、レオンは「それはそうと、気になっていたことがあるんだが…」と急な話題転換をし始めた。
「アンタの話に出てきたルイーズという女性。彼女はそんなにジャンヌに似ているのか?」
「ふむ…。髪や瞳の色が同じだな。だが、容姿そのものよりも、雰囲気や性格の方が似ているかのぅ」
「へぇ。例えば、どういう所が?」
すると、師匠は少し考えてから、こんなことを言い出した。
「一見、ドライそうに見えて情け深いところ。何だかんだ言いつつ、世話焼きでお人好しなところ。普段冷静なくせに、いざとなると向こう見ずなところ」
誰のことだソレは……。
思わず口を挟みたくなったが、師匠の言葉に、うんうんレオンが頷いている。
そして、最後に師匠は付け加えた。
「自分の身を犠牲にしてまで、他人のために動いてしまうところ」
「いや、私は違いますよ」
堪らず、私は否定した。
自らの命を賭して師匠とマルグリットを守ったルイーズと、私なんかを一緒にしてはダメだろう。そう思っていると…、
「正体不明の病気を患っていた舞台女優とか、魔物の偽装騒動のせいで父親が負傷して途方に暮れていた少女とか。あと、魅了の香で友人が洗脳されて困っていた女性とか」
つらつらとレオンが話し始める。
「損得抜きに、彼女たちのために尽力したのは誰だっけ?」
「えっと…?」
「挙句の果てに、ピエトロ商会に訴えられるのが分かっていたのにも関わらず、街の人のために薬を作ったり。あと、マルグリットが誘拐されたとき、単身で敵の本拠地へ突っ込んだり……」
言いながら、どんどんレオンはヒートアップしていった。
そこで私は気付く。彼の目が怪しい。
酔いが回り始めたのか、饒舌になり、「君は立派だぞ」と私をほめそやすレオン。
気恥ずかしいったらない。
私は師匠にレオンの暴走を止めてくれと念を送る。
だが、師匠はにやにや笑い、止めるどころか適度な相槌を入れて、レオンの話を盛り上げた。
そして、マルグリットの話から、とうとう私がレオンを好きになった下りまで聞き出そうとする。
「レオン様!ストップ!待て!!」
もはや、不敬も何もあったものではない。
私は駄犬を叱る飼い主のごとく、レオンに向かって叫んだ。
だが、酔って調子づいたレオンは笑顔で語り続ける。
「ジャンヌは言ってくれたんだ。誰かを好きになったのは俺が初めてだと――」
「~~っ!!」
ガタンと私は席を立ちあがった。
居たたまれなくて、これ以上は聞いてはいられない。
「……化粧室に行ってきます」
「あっ、逃げた!」
師匠の声が背中にかかるが、無視だ無視。
そりゃ、逃げたくもなるだろう。こんなの、羞恥プレイ以外の何物でもない。
私はそそくさと、酒場を抜け出した。
*
外に出ると、冷たい夜風が火照った顔と身体に心地よかった。
私はホッと息を吐く。
おそらく店内では、レオンと師匠がまだ仲良く呑んでいるだろう。
まんまと師匠の口車にのせられて、レオンは顔から火が出そうな恥ずかしい話を臆面もなく口にしているに違いない
――師匠は明らかに楽しんでいたよなぁ……。
悪趣味なことに、レオンが何か話すたびに慌てる私の反応を見て、師匠は笑っていた。まったく、良い性格をしている。私は完全にオモチャ扱いだ。
やれやれと私は肩をすくめる。
ただ、この飲み会。良いこともあった。
レオンは元々、師匠にあまり良い感情を抱いていなかったが、今日でその距離はグッと近づいたように思う。
何はともあれ。仲が良いのは結構なことだ。
「師匠のように、レオン様とマルグリットも仲良くなってくれればいいのだけれど……」
そうすれば、今抱えている問題は解決する。そんな絵空事を考えていると、
「それは無理じゃないかなぁ」
――と誰かの声がした。
*
異常な魔力反応があることに気付いたサミュエルは、レオンと共に慌てて店の外に出た。
「ジャンヌ、どこだ!?」
レオンがジャンヌを探していると、通りの方で人々の驚く声が聞こえてきた。
サミュエルとレオンもそちらに向かう。
騒ぎの方へ駆けつけると、道の真ん中で小さな竜巻が起こっているのが見えた。激しく風が渦巻き、地面の枯葉やごみを巻き上げて散らしていく。
人々は突然現れたソレを遠巻きにして見ていた。
その渦巻く風の中に、二人の人間の姿があった。
それを見て、レオンが叫ぶ。
「ジャンヌ!」
二人のうち一人はジャンヌ、そしてもう一人は竜の仮面を被った魔導士だった。
「マルグリット!」
妹の名を呼ぶサミュエルに対して、マルグリットは「べー」と舌を突き出す。
レオンはジャンヌに駆け寄ろうとするが、それは遅きに失した。すでにマルグリットの転移魔法は詠唱が完了していたのだ。
ごうっと一層強く風が吹き、人々が悲鳴を上げる。
そして、その風が止んだ時、ジャンヌとマルグリットの姿はどこにも見当たらなかった。




