第111話 遺された双子
衝撃的な師匠とマルグリットの過去の話を聞いて、私もレオンも呆然としていた。
まさか、二人にそんな過去があったとは……。
私たちが何も言えずにいると、ぽつりぽつりと師匠は続きを語る。
「その後、わしらはラグレー湖に流れ着き、しばらく息を潜めるようにして森の中で暮らした。その間にも、『狂竜病』の感染は拡大していき、多くの竜人たちが死んでいった。また、治療薬の研究成果を狙う者、独り占めしようとする者が現れ始めて、疑心暗鬼になった竜人たちの間で内乱が起こった。そこからは、アッという間じゃったよ」
『狂竜病』が流行し始めてから、数十年で竜人の人口は激減し、それは特に純血種で顕著だった。そんな中、人間の血が流れる交雑種たちが生き残っていく。
竜人の血が濃ければ、濃いほど『狂竜病』への罹患率は高い。そのため交雑種たちは、率先してさらに人間の血を子孫に取り入れていった。
そして、現在に至るようだ。
「さて、わしらが世を忍んで過ごし二十年ほどが経った頃、あることに気付いた。二十歳を過ぎたあたりから、めっきり老化が止まったのだ」
「師匠……それって…」
「ああ、わしとマルグリットは『不老不死』になっていた」
その原因は、おそらく『狂竜病』治療薬開発のための人体実験によるものだろう、と師匠は言った。
「その機序は分からぬが、わしらは精神体として自己を保つことができるようになった。おそらく、コレが不老不死の直接的な原因だろう。少なくとも、わしはそう推測しておる」
「精神体というのはどういう意味だ?」
レオンが首をかしげた。
「精神体――平たく言えば、『魂』じゃな」
師匠が言うには、生き物の体は著しいダメージを被ると、通常は魂が肉体から離れ、二度とその魂は元の体に戻れなくなる。
いくら身体を白魔法で修復しても、魂はそこへ戻ることはなく、魂を失った生き物はもはや『生きている』とは言ない――つまり、『死』を迎えるわけだ。
「一方、わしやマルグリットは、致命的なダメージを負っても、魂が肉体から離れることがないようだ。致命傷を受けても魂は身体に結び付けられたまま。その間に、実験過程で無理やり与えられた能力――超人的な再生力で身体を修復してしまえば、元通り――というわけじゃな」
やれやれと師匠は肩をすくめた。
「困ったことに、この修復はわしらの意思に関係なく自動で起こる。だから、わしらは死ねないのだ」
師匠の口ぶりは、まるでその自動機能が迷惑だと言わんばかりだ。勝手に生き返るのは困る――というような……。
「おそらく、これは偶然の産物だろう。たまたまじゃ」
「他の竜人で不老不死になった方は?」
「おらん。わしもかなり調べたが、不老不死になった者は、わしやマルグリット以外に見つけられなかった。竜人の力と技術をもってしても、不老不死になる方法は不明だった。まぁ、そんな方法はない方が良いが……」
師匠が不老不死を良く思っていないのは明らかだった。
もしかして、彼は死を望んでいるのだろうか……。私は心配になる。
「……師匠は今、お辛いのですか?」
生きるのが辛いのか。ともすれば、死にたいのか――それを、ややぼやかして師匠に問うと、彼は困り顔をした。
「今はそうでもない。しかし、この境地に至るまでに葛藤はあったよ。皆に置いていかれるのはやはり辛い」
「皆に置いていかれる……それは回りの人々と歳の取り方が違うからですか?」
「ああ、その通りだ。わしにすれば、ほんのひと時――50年や100年……その間、簡単に人々は死んでいきよる。気付けば、友人知人は土の下だ」
私は師匠の言葉を想像してみた。
母や店の皆、幼馴染のアニー、常連客の人々、騎士団のマリア、ウィリアムにルネ。そして――レオン。
彼らが私を置いて死んでしまうところ想像し――胸が締め付けられる思いがした。これは辛い。
「あれから千年……果てしなく長い時間じゃ。最初の頃、わしらは己の身を守るためにも、魔法の研鑽と研究に明け暮れていた。だが、それも二百年ほどで飽きた。退屈は人を殺すとは、よく言ったものでのぅ。中々、退屈しのぎを見つけるのは大変なのだ」
「退屈しのぎ…」
マルグリットも同じようなことを言っていたのを私は思い出した。オルレアの街に悪さをするのは、ちょっとした意趣返し。退屈しのぎだと。
「師匠の退屈しのぎって、何なのですか?」
「ん?わしか?わしは、『狂竜病』の治療薬を作っている」
「えっ!?」
私はまじまじと師匠を見た。
「――と言っても、自らの臓器を使うとか…そんなグロテスクなことはしとらんぞ。そこまで被虐趣味ではないからのぅ。三百年ほどかけて、己の血液から『狂竜病』の治療薬を作ることに成功したのじゃ」
「それは凄いことですが…」
私は何といって良いか分からなかった。
いくら『狂竜病』の治療薬を作っても、師匠たち以外の竜人がいなくなってしまった現在、薬を使う相手がいない。それに何の意味があるのだろうか。
「わけがわからない……といった顔をしておるな。『狂竜病』にかかるのは、何も竜人だけではないぞ」
「あっ、竜か!」
そこまで言われて、私はやっと師匠の意図に気付く。
『狂竜病』はそもそも竜から竜人に広まった疫病だ。つまり、その治療薬は竜にも効果があるわけだった。
「『狂竜病』にかかった竜は手当たり次第に暴れ回るからのぅ。周りの環境への被害が大きい。それで、わしはソレを治療して回っているのじゃ」
「もしかして、師匠が各地を転々と旅をしている理由というのは…」
「どうじゃ?中々良い退屈しのぎじゃろう?」
「……師匠は立派ですね」
「おぬしにそう言われると、まるでルイーズに褒められているような心地になるのぅ」
師匠はまぶしそうに目を細めて私を見る。
「わしのことはさておき。マルグリットの話に戻るが、あやつのやっていることも……まぁ、何というか退屈しのぎの一種じゃ。その内容は悪趣味だが……」
マルグリットがやっていること――他人に犯行を唆すこと。悪意を抱いている者や欲深い者に必要な物を与え、そっと悪事の後押しをする。そして、ソレを見て楽しんでいる。
確かに悪趣味だ。
「悪意を向ける対象がクローヴィス侯爵家や彼らが治める街になっているわけだが、それが『八つ当たり』だとマルグリット自身も自覚はしておると思う」
その言葉に私も同意した。
マルグリットの引き起こした騒動は酷いものだが、基本的に彼女は直接手を下さない。そのやり方はいつも婉曲で、回りくどい。
クローヴィス侯爵家に本気で復讐しているというよりは、嫌いな相手への嫌がらせに見える。
それは、マルグリット自身が『八つ当たり』だと自覚しているからではないだろうか。
マルグリットにとって、大切な人の命を奪い、無理やり悠久の生を押し付けたクローヴィス家は憎い存在だろう。
しかし、それを行ったのはクローヴィス本家であり、今のクローヴィス侯爵家のルーツとなった分家ではない。
また、当時の関係者はことごとく死んでいる。
今のクローヴィス侯爵家に憎悪の感情を向けるのは筋違いだと、マルグリットも理性では分かっているのだ。けれども、感情としては割り切れないのではないか――そんな風に私は思った。
「もっとも、殊更おぬしを目の敵にするのは復讐以外の感情もあると思うが…」
ちらりと師匠はレオンに視線を向けた。
レオンは竜人の力を持つ先祖返りだ。一千年前のクローヴィス家の血が色濃く表れている彼を、マルグリットは目障りに思っているのだろう。
しかし、ソレ以外に理由があるのだろうか?
首を捻る私をよそに、意外にもレオンの方はすぐに検討がついたみたいだ。
彼は私の方をじっと見つめながら、こう口にした。
「嫉妬か……」




