第113話 優雅な軟禁生活(前編)
周囲を森で囲まれた大きな湖。
その湖畔に小さなお城が建っている。レンガと石で造られた古城だ。
建築されてからずいぶんと経っていそうな雰囲気だが、その中は思いのほか綺麗で手入れされていた。
壁に色鮮やかな歴史画が描かれた客間や、かなりの蔵書を誇る二階吹き抜けの図書館、中央に長い木のテーブルが置かれた食堂は大きな窓に面していて、湖の風景を一望できる。その他にも、豪華な寝室や娯楽室、花咲き誇る美しい庭園を有していた。
そんな居心地の良い城で、現在私は暮らしている。
私みたいな庶民には分不相応な住居だが、私自ら選んだわけではない。
私はここへ無理やり連れ去られたのだ。誘拐されたとも言う。
そして、私をここに連れてきた誘拐犯こと、『竜の仮面の魔導士』マルグリットは客間のソファに寝そべってくつろいでいた。
これまでずっと、竜の仮面を身に着けていたマルグリットだが、この古城ではその仮面を外している。
師匠の双子の妹なだけあって、マルグリットはサミュエルとよく似ていた。中性的で、派手ではないが整っている――あと少し子供っぽい――顔の造形。猫を彷彿とさせるヘーゼル色の大きな瞳。
――こんな顔をしていたんだなぁ…。
私は何だか、感慨深くなる。
「……マルグリット。お茶を淹れたけれど、飲む?」
「えっ!飲む、飲む」
私が声を掛けると、マルグリットはソファから飛び起きた。嬉しそうに、用意したお茶の席に着く。
可愛らしい花の絵が描かれたティーカップセットも、元からこの城に用意されていたものだ。それを使って薔薇と蜂蜜の紅茶を淹れ、カラフルなマカロンを並べた。
ちなみに、マカロンなんて私が作れるわけもなく、これはマルグリットがどこからか調達してきたものである。
こうやって優雅なティータイムを過ごしていると、とても誘拐された身とは思えない。だが、実際のところ、私は軟禁状態にあった。
ラグレーの町の酒場からこの古城に連れ去られて数日、何も私はぼうっと呆けていたわけではない。私はマルグリットの目をかいくぐって、何度も城から抜け出した。
城からの脱出自体は案外簡単で、マルグリットにしては爪が甘いと不思議に思っていたのだが……私こそが浅はかだったとすぐに思い知るはめになった。
まず、古城から続く細道を頼りに森を抜けようとしたところ、私はおかしなことに気付いた。城から離れるよう進んでいたはずなのに、いつの間にかまた城に戻ってきているのだ。
もしかして、この道は城の周りを環状に通っているのだろうか。そう思って、今度は太陽の位置を目印に森の中を突き進む――が、同じことだった。
私はまた、古城に戻ってきていた。
次は地上からではなく、飛行術で木々の上を飛んで脱出を図った。しかし、やはり私は古城に戻ってきてしまう。
それは湖の上を飛行しても同様だった。
しばらくして、私は一つの結論に辿り着く。
自力での脱出は不可能だ、と。
おそらく、この古城付近一帯に幻術系か時空間系の魔法がかかっているのだろう。どうやっても、私は古城に戻ってきてしまって離れられない。
私が逃げようとするなんてマルグリットは想定済み。そして、対策済みだったということだ。
結局、私は彼女の手の上で踊らされていたわけである。
自力での脱出が不可能な私に残された手段は、マルグリットを説得することだった。彼女に訴えて、この軟禁状態を解いてもらわなければならない。
――レオン様。きっと心配しているだろうなぁ……。
動揺するレオンの姿が目に浮かんできて、私は申し訳なくなった。
そんな私の心境を知ってか知らずか、マルグリットはこちらに無垢な笑顔を向けてくる。
「ジャンヌが淹れてくれたお茶、美味しいよ!」
私は溜息を一つ吐いて、カップから紅茶をすすった。
*
ジャンヌが優雅な軟禁生活を過ごしている一方、レオンの心境は穏やかではなかった。というか、大荒れだった。
突如消えてしまったジャンヌを追いかけようとするが、それを冷静なサミュエルに止められる。
「どこに行こうというのじゃ。あやつ等の行先も分からぬのに」
「けれども、このままではいられないだろう!?」
「待て、待て。ステイ。落ち着け」
サミュエルはやれやれと肩をすくめながら、犬に号令するように「待った」をかける。
「おそらく、マルグリットは自分の根城にジャンヌを連れ去ったのだろう。転移魔法の痕跡から、あやつ等がどこに行ったのか探ろう」
「そんなことができるのか!?」
「フフン。これは自慢だが、わしはこういう細かい作業が得意じゃ」
鼻高々にそう口にするサミュエルを、レオンは尊敬の目で見つめた。
見つめていたのだったが……。
レオンとサミュエルは場所を宿屋の一室に移した。
サミュエルの周囲には、現代魔法で使う呪文字とは異なる形態の文字――神秘文字が光を帯びて浮かび上がり、いくつも宙を舞っている。レオンにはよく分からないが、サミュエルはこれでマルグリットの魔法を解析しているらしかった。
神秘文字や古代魔法の知識がないレオンには、サミュエルを手伝えそうにもない。それで、レオンはサミュエルの周りを落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。
ふぅ、とサミュエルは息を吐く。
「おぬし休んでいて構わんぞ。まだ、時間はかかる」
「もう二時間は経過したぞ?あと、どれくらいかかるんだ?」
「そうじゃのぅ。二、三週間ほど…」
「はぁっ!?」
レオンが素っ頓狂な声を上げ、サミュエルはうるさそうに手で耳を塞いだ。
「なんじゃ、うるさいのぅ」
「どうして、そんなに時間がかかるんだ!?」
「これでも早い方だと思うぞ。それとも、マルグリットの拠点を一つ一つ確かめるか?わしが把握している場所にいるとも限らんが……」
「ぐっ…」
レオンは押し黙る。
彼もサミュエルの言葉が正論だと分かっていた。しかし、ジャンヌを連れ去られてしまっては、落ち着いていられるはずもない。
むしろ、レオンはどうしてサミュエルがこうも平然としていられるのか、不思議なくらいだった。
「ジャンヌの身に何かあったら……」
「マルグリットがジャンヌに好意を抱いているのなら、酷い扱われ方はしないだろう」
「好意を持っているからこそ、危ない場合もあるだろうっ!」
レオンにそう言われ、サミュエルは一瞬キョトンとし――
「んん?……あー、そういうことか」
何かを察したのか、頷いた。
「そちらの方も問題ないはずだ」
「何を根拠にっ!?まさか、あの魔導士が女だからそう言って――」
「なにせ、わしもマルグリットも性欲はまるでないからのぅ」
「……は?」
思いも寄らぬサミュエルの回答に、レオンは目を点にした。
「不老不死の影響か、わしらには性欲がない。因果関係は分からんが、未来永劫生きるため、種の保存への欲求が薄れてしまったからかもしれんな」
「そうなのか…?」
「ああ。わしの場合、近ごろは睡眠欲も薄れてきている。幸い、食欲はまだあるが……それもいつまで保てるか」
サミュエルもマルグリットも、眠らなくとも、飲まず食わずでも生きていられる。
休息や補給がないせいで身体が疲弊すると、身体が自動的に周囲の魔力を取り込み、糧に変えてしまうからだ。
「まぁ、ともかく。ジャンヌのことについては、そう心配はいらぬだろう。マルグリットの性格からして、多少のイタズラはあっても、ジャンヌが本気で嫌がることをするとも思えぬ」
「……む」
「魔法の解析の方も急ピッチで進める。なにせ、わしは不老不死だからのぅ。不眠不休でも問題ない」
そこまで言われては、レオンとしても引き下がるしかない。彼は大人しく、サミュエルの作業を待つことにした。
ふと、レオンは不老不死について、改めて考えてみる。
石を金に変えることに並んで、人間を不老不死にすることは、人類が追い求めるテーマの一つだ。しかし、サミュエルを見ていると、不老不死とはそれ程良いものではなさそうだった。
皆に置いて行かれるのはやはり辛い、退屈は人を殺す――そんなことをサミュエルは言っていた。それを聞いて、「確かに」とレオンも思った。
――さらに、生物的な欲求まで失っていくのか……。
レオンは何とも言えない気持ちで、サミュエルの背中を眺めた。




