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第109話 昔話(中編)

 始まりは、一匹の竜だった。


 その竜は、狂ったように暴れるという異常行動を示した。目的も見境もなく他を破壊し、蹂躙する。

 そして、それはいつの間にか他の竜にも広がっていた。


 当初、この竜の異常行動の原因は分かっていなかった。

 ただ、それでいくつかの村が潰れたため、竜人らの間で討伐隊が結成される運びとなる。


 おかしなことに、あれだけ暴れていた竜たちだが、あるポイントを境にぴたりと大人しくなると、そのまますぐに死亡した。

 この状況を討伐隊は怪しんだが、その時はそれ以上のことは何も分からなかった。


 竜人たちが事の重大性に気付くのは、討伐隊の者に竜と同じ症状が出始めてからである。




 極度の興奮と不安。

 錯乱状態に陥り、理性を失って獣のように暴れまわる。

 そんな異常行動の後、昏睡状態から呼吸が停止する。


 そのような症状が、討伐隊のメンバー、その家族、仕事仲間、友人へと広がっていった。

 明らかに、何か感染性の病気である。

 この疫病は『狂竜病』と名付けられた。

 不思議なことに、この『狂竜病』は竜と竜人のみが感染・発症し、人間には何の影響ももたらさなかった。


 竜人たちは恐怖におののいた。

 何とかして、『狂竜病』の治療薬を作ろうと、彼らはやっきになる。しかし、効果のある薬を中々開発できずにいた。


 治療薬がない以上、感染しないように予防するしかない。

 研究により、『狂竜病』は接触感染の他にも、飛沫感染や空気感染してしまうことが分かった。

 竜人たちは持ち前の魔法技術で、何とか感染源との接触を絶とうする。しかし、完全な予防というのは不可能であり、着実に疫病は広がっていった。




 病が流行する中、クローヴィス家のある分家筋は、竜人と人間の混血種(ハイブリッド)が、純血の竜人に比べて発症率が低いことを見出した。つまり、人間の血を入れることで、『狂竜病』への耐性を得ることができる、と。

 クローヴィスの分家は、積極的に人間の血を彼らの中に取り入れることを決断する。そうやって、子孫を絶やさないようにした。


 しかし、この選択は竜人の中では圧倒的少数派だった。もともと、竜人は純血であることを尊び、混雑種を蔑視する傾向がある。

 ゆえに、竜人の多くは血眼になって治療薬を探し続けた。

 サミュエルやマルグリットが仕えるクローヴィス本家の当主も、そんな輩の一人であった。




「どうして、あの双子は狂竜病を発症しないんだ?」


 あるとき、クローヴィス本家の当主は気付く。


 没落した家から引き取った双子の竜人――サミュエルとマルグリットが一向に『狂竜病』を発症しないのだ。

 彼ら二人は捨て駒扱いだったため、『狂竜病』患者に接触するような雑務もやらせていた。それなのに、今もピンピンしている。


「もしかして、この双子は竜人でありながら『狂竜病』に対する完全な耐性を有しているのではないか?」


 当主たちはそう考え――、


 その推測は大当たりだった。



 咬傷感染では、『狂竜病』を100パーセント発症することが知られていた。

 しかし、サミュエルとマルグリットは患者から採取した唾液を直接注射されても、病気が発症することはなかった。

 つまり、完全なる耐性が彼らにあることを意味している。



 こうして、サミュエルとマルグリットの地獄の日々が始まった。



 双子たちが『狂竜病』治療薬開発のための実験体(モルモット)になってから、どれくらいの月日が経過したか。

 もはや彼らに、日付の感覚はなかった。朝か夜かも分からない。


 窓もない、暗い地下の研究施設。

 そこに閉じ込められた双子は、毎日耐え難い責め苦に苛まれていた。



 得体のしれない薬を投与されれば、目から鼻から出血し、口からもごぼりと血があふれた。

 サンプルと評して、血液や臓器が奪われていく。

 絶え間ない痛みに身も心も摩耗していく。


 何度、死にたいと思ったかは分からない。

 いつしか双子たちは死を渇望していた。

 けれども、双子たちは死ぬことも許されなかったのである。


 彼らは貴重な実験体だ。

 どれだけ、血液や臓器を採取しても死なないよう、驚異的な再生能力を付与する魔法がかけられた。

 これにより、魔力さえあれば、いくらでも彼らの体は再生できるようになる。


 同時に、双子には精神強化の魔法もかけられた。

 彼らが精神異常をきたすことで、正確なデータが得られなくなると困るからだ。



 死なない。死ねない。

 狂わない。狂えない。



 永遠とも思える苦痛の地獄の中、サミュエルとマルグリットの支えは互いの存在。そして、()()と交わした約束だった。


――ずっと一緒にいましょう


 もはや、それが叶わない願いだと知りながら、双子たちは夢を見続けた。




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