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第108話 昔話(前編)

 竜人。

 それは神代に竜と人間が交わって誕生した半竜半人の種族だと言われている。


 一千年前、竜の魔力と人間の知性を併せ持つ彼らは、その優れた能力と技術で大陸を支配していた。もちろん人間も彼らの支配下にあった。



 そんな竜人の中でもクローヴィス家は別格だ。

 彼らはあらゆる権力闘争に勝ち続けてきた覇者であり、竜人たちの頂点に君臨する一族だった。


 クローヴィス家との争いに負けてしまった家門は多くあったが、そのうちの一つには、サミュエルとマルグリットの生家も含まれていた。

 闘争の中、サミュエルとマルグリットの両親は消息を絶ち、家は没落。一家離散となってしまった。


 このとき、双子の兄妹の年齢はまだ七、八歳かそこら。彼らだけで生きていくことは困難極まる。

 親と家を失くし、途方に暮れていたサミュエルとマルグリット。

 この双子の兄妹を引き取ったのが、よりにもよって彼らの家を取り潰した張本人のクローヴィス家であった。


 双子たちは、クローヴィス家の屋敷で、人間たちに交じり召使いとして働くことになった。



 当時、クローヴィス家の中で双子たちの扱いは、決して良いものではなかった。

 なにせ彼らは、元々クローヴィス家に敵対していた一族の生き残りである。屋敷の者たちが歓迎するはずがない。


 結果、サミュエルとマルグリットは、いじめに近い厳しい指導や嫌がらせを受けるはめになる。主であるクローヴィス家の者たちだけではなく、同僚である他の召使いたちも、彼らに辛く当たった。


 しかし、どんなに酷い扱いを受けようとも、彼らには他に行く当てがない。サミュエルとマルグリットは二人で励まし合いながら、辛い現実に耐えるしかなかった。



 その日も、さんざん働かされて、サミュエルとマルグリットは疲労困憊だった。

 ヘトヘトの体を引きずりながら、二人は使用人用の食堂へやってくる。そこで、夕食をとろうとした。


 しかし、食堂のどこを探しても、二人の分の食事がない。それで厨房まで探しに行ったが、コックに「全員分すでに用意して、食堂の方にやった。あとは知らん」と、言い切られてしまった。


「サミュエル…」

「困ったな」


 二人は顔を見合わせる。

 他人の仕事を押し付けられたせいで時間がなく、この日は昼食もろくに取れていなかった。もはや空腹も限界で、きりきりと胃が痛み、体がふらつく。


「え~?アンタら、まだ食べてないのぉ?」

「ハハッ!ちんたら、しているからだよ。間違って、ゴミ箱に捨てられたんじゃないか?」


 双子たちを嘲笑いながら、同僚の使用人たちが通り過ぎていく。

 まさかと思い、サミュエルが厨房のゴミ箱を調べると、生ゴミの上に、二人の食事らしき料理がぶちまけられていた。


「……ぐすっ」

「泣くな。マルグリット」


 サミュエルは妹を慰めながら、ゴミをあさろうとした。それがどんなに見っともなく屈辱的なことかは分かっているが、現実問題として食べないと体がもたない。

 彼は比較的、廃棄物と混じっていない食べ物を拾い上げようとした。


 そこに、後ろから声がかかる。


「ねぇ、二人とも」


 そこにいたのは銀髪に、青い目をした若い女性だった。

 ルイーズといって双子たちより十歳ほど年上の人間だ。彼女も、この屋敷で働く召使いである。



 ルイーズはこっそりと双子を呼び、それから普段使われていない物置小屋に二人を連れて行った。

 小屋に入ると、双子たちは「わあっ」と声を上げた。

 薄暗い部屋の古ぼけた机の上に、二人分の食事が並べられていたからだ。


「ルイーズ。これ、どうしたの?」

「もちろん、食堂からくすねてきたのよ」

「でも、そんなこと。バレたらルイーズが旦那様たちに…」


 不安そうなサミュエルとマルグリットの頭を、ルイーズは優しく撫でてやる。


「大丈夫。バレるようなヘマはしないわ。ほら、早くおあがりなさい」


 ルイーズが用意してくれた食事を、双子たちは一心不乱に食べた。

 その様子を見て、ルイーズが微笑む。


「ほら、マルグリット。顔が汚れてしまったわよ」


 そう言って、ルイーズがマルグリットの頬をハンカチで拭ってやると、マルグリットは嬉しそうにしていた。



 これまでに何度も、ルイーズはサミュエルとマルグリットを助けてくれていた。

 この屋敷の中で、彼女だけが双子たちの味方で、優しかった。


 同僚にいじめられ、彼らが怪我をしたとき。または、風邪をひいて高熱が出たとき。そんなとき、ルイーズは手ずから森へ薬草を取りに行き、傷薬や解熱薬を調合して、二人の手当てと看病をしてくれた。

 ルイーズは薬草に詳しかった。今はもう潰れてしまったが、亡くなった彼女の両親は薬師で、小さな薬屋を営んでいたらしい。


「お金を貯めて、いつか自分の店を出すのが私の夢なの」


 ルイーズはそう語っていた。



 そんなルイーズに双子はなついていた。

 彼らにとって、ルイーズはただの同僚ではない。年の離れた姉のような、ともすれば母親のような存在だった。

 ルイーズがいたから、サミュエルもマルグリットも、辛く厳しい屋敷での生活を何とか堪えられたのだ。

 



「ねぇ。ルイーズがこの屋敷を出ていくとき、ボクたちも一緒に連れて行ってくれない?」


 マルグリットがそう言い出したとき、「そんなことは無理だ」とサミュエルは思った。でも、否定の言葉を口に出せない。

 なぜなら、サミュエル自身も、ルイーズと共にいることを望んでいたからだ。ルイーズと離れるなんて、双子たちには考えられなかった。

 


「一緒に?」


 ルイーズが聞き返す。


「うん。今のボクたちは、魔力の制御が上手くできないけれど…。でも、あと数年したら、自分の魔力をきちんとコントロールできるようになる。そうしたら、ちゃんとルイーズの役に立てるよ!」

「そうね。あなたたちは竜人だもんね」

「うん!」


 そこで、やっと「無理だよ」とサミュエルが言った。


「クローヴィスの旦那様たちが、僕らを解放してくれるわけがない。僕らはここで一生、こき使われるしかないんだ」

「……」


 現実を突きつけられて、マルグリットは目を潤ませる。サミュエルとしても、妹を悲しませるのは心苦しかったが、無駄な期待を抱かせる方が余程残酷だと考えた。


 すると、ルイーズが言った。


「じゃあ、こっそりと一緒に出て行ってしまいましょう」


「えっ…」と驚く双子たちに、彼女は事も無げに言う。


「皆で逃げれば良いのよ」


 サミュエルは「無理だよ」と繰り返した。


「旦那様たちが追ってくるよ」

「じゃあ、追手が諦めるまで逃げ続ければいいわ。この大陸から出てしまっても良い。海の向こうには、別の大陸があるそうじゃない」

「でも、でも……」


 そんなことが本当に可能なのだろうか?

 サミュエルには分からなかった。単なる夢物語にも思える。けれども、諦めてしまうには甘美すぎる夢物語だった。


 ルイーズはサミュエルとマルグリットを抱きしめる。ふわりと薬草の香りがサミュエルの鼻をかすめた。


「私も、あなたたちとずっと一緒にいたいわ。ずっと一緒にいましょう」


 このとき、サミュエルもマルグリットも、確かな幸せを感じていた。

 日々の暮らしは辛いものの、ルイーズという幸せがそこには在った。


 その幸せが永遠に失われるなんて、このとき彼らは知る(よし)もなかった。




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