第107話 双子とクローヴィス侯爵家
「なっ――!?」
『竜の仮面の魔導士』こと、マルグリットに師匠は心当たりがある。
それを聞いて、レオンは気色ばんだ。
「知っていて今まで黙っていたのか?まさか!あの魔導士と共犯なんじゃ…」
「レオン様!とりあえず師匠の話を聞きましょう」
師匠は以前の騎士団の取り調べで、『竜の仮面の魔導士』について「知らぬ存ぜぬ」で通していた。その点がレオンには許せなかったのだろう。マルグリットがオルレアの街にやらかしたことを考えると、その怒りも無理はない。
「言い訳にしかならないが、疑いはあっても確信はなかった。今、ジャンヌの口から例の魔導士がマルグリットだと聞くまではな……」
「師匠とマルグリットはいったい、どんな関係なのですか?」
「アレはわしの妹じゃ。双子のな」
「――っ!」
私は驚く反面、その事実に納得してしまった。それならば、師匠とマルグリットの容姿が似ているのも頷ける。
「……アンタがあの魔導士の兄なら、どうして彼女がクローヴィス侯爵家や俺を目の敵にするのか、その理由も分かるか?」
「師匠、私たちはそれを明らかにしようと思って、この土地まで来たんです」
私たちの言葉に、師匠は小さく息を吐いた。
「……事情を詳しく話してくれるかのぅ」
それで私は、師匠に全てを話した。
ピエトロ商会とマルグリットのつながり。
マルグリットが裏で糸を引いていた『魅了の香』やセシリアの件。
それから、子供の姿に変身して、私に近づいたこと。
どうやら、私に好意を抱いていること――全てだ。
師匠はそれらを淡々とした表情で聞いていた。
「マルグリットはクローヴィス侯爵家に恨みを持っているようでした。そして、レオン様のことを『先祖返り』と言い、特に嫌悪していたようで……」
「なるほどのぅ。……それで、なぜこの土地に?」
「それはマルグリットの遺恨はクローヴィス侯爵家のルーツにあると考えたからです。これは飛躍かもしれませんが……彼女の言う先祖返りというのは『竜人』を指すのではないかと。そう思い、この地を調べることにしました」
「……」
師匠は腕を組み、しばらく考え込むようにしていた。それからふっと、天を仰ぐ。
「そうじゃのぅ。いったい、何から話せばいいのやら…」
困ったように、師匠は笑った。
「おぬしらが言うように、どうしてマルグリットがクローヴィス侯爵家を恨んでいるのか……その理由はわしにも分かる。なぜなら、わしもあやつと同様、侯爵家に良くない感情を抱いているからのぅ」
「師匠も…?」
「ああ。オルレアの街でわしに『竜の仮面の魔導士』の嫌疑がかかり、騎士団へ連行された時のことを覚えておるか?わしは、クローヴィス侯爵家の子息であるレオンに無礼な態度をとっておっただろう?」
その指摘に「あっ」と私もレオンも思い出した。
そうだ。基本的に人当たりの良い師匠が、レオンにだけはやけにつっかかっていたのだ。
「わしやマルグリットは、『とある出来事』をきっかけにクローヴィス侯爵家を恨むようになったのだ」
「それはどういう…?」
「まぁ、焦るな。それを説明するには、長い昔話をしなくてはならん」
師匠は一度どこか遠くを見て、それから私たちの方に向き直った。
「先ほど、ジャンヌが言ったことは当たりじゃ。マルグリットの言う『先祖返り』とは『竜人』のこと。言い伝え通り、クローヴィス侯爵家の祖先は竜人なのだ」
「竜人は伝説ではなく、実在していたのですね?」
「ああ、その通りだ。竜人は人間とは異なる種族。そして彼らはかつてこの大陸を支配していた。もっとも、それは一千年前のことだがのぅ」
「一千年……」
「古代魔法というものがあるだろう?アレは竜人が使っていた技術じゃ。竜人は人間よりも優れた能力と技術を有していた。その力で支配者として君臨していたのだ」
神秘文字を使った失われた魔法――古代魔法。それを使用していたのは『竜人』だと唱える学者がいたが、その仮説はどうやら合っていたらしい。
「そして、クローヴィス家は竜人の中でも頂点に君臨する家門だった」
「ということは、現在のクローヴィス侯爵家の皆も竜人ということに…?」
私の指摘に、師匠は首を横に振った。
「いや、今のクローヴィス侯爵家はほぼ『人』と変わらん。ワケあって、クローヴィス家は竜人としての力を手放さなければならなくなった。人と交わり子を生して、竜人の血を意図的に薄めていったのだ。しかし時折、竜人としての形質が色濃く表れる者がおる。そういった者は竜人本来の力、人としては規格外の力を有している。マルグリットはソレを『先祖返り』と言ったのだろう」
そう言って、師匠はレオンを見る。
「おぬし、十四、五歳まで魔力が安定せず、苦労したクチではないか?」
「――っ!?」
図星を指されて、ピクリとレオンが反応した。
「やはり、そうか。ソレは竜人の特徴じゃ」
レオンの常人離れした能力は、私も嫌というほど知っている。それが先祖にあたる竜人の力に起因していたということが、ここではっきりした。
「今の世の中に、どれくらい竜人はいるのですか?」
「いや。竜人という種族はほぼ滅びてしまった。現在もなお存在しているのは、たった二人だけだ」
「どうして、そのような圧倒的な力を持っていた竜人が滅んだのでしょう?」
「原因は疫病だ。人間には全くの無害だが、竜人と竜だけが罹患する致死性の病が流行したのじゃ。そう、一千年前に……」
「それじゃあ、かつてクローヴィス家が竜人の血を薄めたというのは…」
「疫病への耐性を得るためじゃな。実際、人間との交雑が進むことでクローヴィス家は病にかかりにくくなった。代償として、竜人としての力は失われていったがな……」
「クローヴィス家以外の竜人はどうなったのですか?」
師匠は静かに頭を振った。
「滅んだよ。元々、竜人というのは自らの種族に誇りをもっている者たちの集まりだった。純血が尊ばれた。クローヴィス家の大半もそうで、己らの血に誇りを持ち、混血化を良しとしなかったのだ。分家の一部の者だけが、人間と交わり、生き延びた。そして、あとの者は疫病で全滅してもうた」
「そんなことがあったなんて…」
「ただ、例外はあった。疫病に耐性のある竜人の双子がいたのだ。そして、彼らこそが現在もなお生き残っている唯一の竜人じゃ」
「えっ…」
私は思わず、言葉を失った。
今、師匠は何か大切なことを言った気がする。
一千年前、疫病で滅んでしまった竜人たち。
その中で、クローヴィス家の一部の者たちだけが人間との間に子供をもうけることで子孫を残していった。代わりに、竜人としての力は失われた。
そんな恐ろしい疫病に対して、耐性を持っていたという竜人の双子。
彼らが現存する唯一の竜人……。
――師匠とマルグリットは双子の兄妹だと言っていた。もしかして、耐性のある竜人の双子って……。でも、それは千年前のことで……?
師匠の言葉の不可解な点にレオンも気付いたようだ。彼は大きく目を見開いていた。
固唾を呑んで、私たち二人は師匠の話の続きを待つ。
「その様子じゃ、気付いたようじゃな」
師匠はひっそりと笑う。
「疫病に耐性のある竜人の双子、それはわしとマルグリットに他ならない。わしらはの年齢はゆうに千歳を越えているのだ」
そうして、師匠は千年前に何があったのか、クローヴィス家と自分たちの関係性について長い長い話を始めた。




