第106話 予期せぬ再会
馬車が目的地に着いて止まったとき、私はぐったりと疲れていた。
理由はもちろん、道中の馬車の中で色々とあったためである。
その原因を私は恨みがましく見る……と、どういうわけかレオンも疲弊していた。
まったく、これからマルグリットやクローヴィス侯爵家について調査しなければならないというのに……。
思わず溜息が出そうになる。
調査を始める前から疲労困憊だった私たち。
馬車から降りると、そんな私たちに追い打ちをかけるような光景が広がっていた。
目の前にあるのは、見渡す限りの緑の草原だ。
そして、草原しかなかった。
「……」
「……」
私もレオンもただただ、言葉を失う。
ここメロヴィング地方は、クローヴィス侯爵家のルーツとなっている場所である。千年ほど前の古代遺跡が残されているらしく、ちょっとした観光地にもなっている――と事前に聞き及んでいた。
しかし、実際に来てみたらこの通り。
遺跡どころか、それらしき瓦礫一つ見当たらないではないか。
あるのは長閑な草っぱらだけ。どうやら遊牧地になっているようで、所々で牛がのんびりと草を食んでいた。
「あの!目的地はここで合っていますか?私たちが行きたいのは、古代遺跡なんですが」
私は御者のおじさんに聞く。彼は困り顔で「地図の通りに来たのですが…」と弱々しく答えた。
「ジャンヌ!こっちに来てくれ」
馬車から少し離れたところに、いつの間にかレオンが移動していた。何かを見つけたのか、ブンブンとこちらに向けて手を振っている。
「何かありましたか?」
急いでレオンの方に向かうと、彼は何とも形容しがたい表情で、そこに立つ看板を指さした。
『お知らせ』と題して、その看板には何かが書かれてある。私は大急ぎでその内容を読み上げた。
「ここにあった古代遺跡は半年前に発生した竜巻で……破壊された!?はぁぁあっ!?」
衝撃の事実に私は声を上げ、そのまま頭を抱えた。
間が悪すぎる。いったい、何の冗談だと問いたい。
ショックを受ける私の耳に、モォ~と牛ののんきな鳴き声が聞こえてきた。
「で、でも、ジャンヌ!嵐を免れたモノはあったみたいだぞ。遺跡の無事だった部分は、ラグレーの町の資料館に保管されているってさ!」
「確かに……看板にそう書かれていますが……」
果たして、その残されたモノに私の望む手掛かりがあるのか――甚だ疑問だ。
もともと、メロヴィング地方に来ても何も分からず、無駄足になることは覚悟していた。覚悟はしていたが……それが現実のものになりそうだと分かると、やはり落ち込んでしまう。
意気消沈の私。ただ、せっかくここまで来たのだ――と思い直す。
資料館へ行くにしても、その前にこの場でできることをするべきだ。たとえ望みが薄くても、何か手掛かりがあるかもしれない。
そう考えて、私とレオンは、御者を馬車に残し周囲を調べ始めた。
ただ、やはりというか何というか。
見渡す限りの草原風景。結構な時間を費やしたものの、目ぼしいモノなど見つからなかった。
これ以上の探索は無意味か…そう私があきらめかけた時、レオンがぽつりと呟いた。
「花の香りがする」
「花ですか?」
辺りは青々とした草が生い茂っている。その中に白や黄色の小さな花は見受けられるが、レオンはそれらを指しているようではないみたいだ。
くんくんと私も匂いを嗅いでみるが、イマイチよく分からない。
一方、レオンは確信があるようで「こっちだ」と私の手を引っ張った。
しばらく草原を歩き、レオンに連れられて来たのは小さな丘だった。
そのなだらかな斜面を登っていると、私にも花の香りを感じ取れるようになった。
「レオン様って嗅覚が良いんですね」
まるで犬みたいだ――という言葉は飲み込んで、私がそう口にすると、レオンは照れ臭そうに微笑んだ。
「うん。昔から鼻は利く方だと思う。だから離れていても、君の匂いはバッチリ…」
「……は?」
「いやいや。何でもないぞ」
「それってどういう――」
「ほら、ジャンヌ!花びらだ!やっぱり花が咲いているんだ」
何か聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がして、私はソレを追求しようと思ったが、レオンに遮られる。
そして、そよぐ風の中に、ふわりと舞う薄青い花びらが私の視界にも入ってきた。
私たち二人は丘の上まで登り、それからハッと息をのむ。
青い絨毯――そこは花の海のようになっていた。
六つの花弁を持った青い花々が咲き誇り、花畑を作っている。
花たちはそよ風に揺れ、青い花びらが宙を舞っていた。
絵画のように美しい風景に、私は思わず目的も忘れ、その光景に見入る。
「これはすごいな」
「はい…」
私は誘われるように、そのまま花畑の方へ入っていこうとした。
けれども、「ジャンヌ」とレオンに鋭く呼び止められ、手を引かれて止められる。
いったい何事かと驚き、レオンの方を見ると、彼は警戒した表情で花畑を睨んでいた。
「誰かいる」
「えっ…」
そのとき、ぶわっと花びらが舞って、花畑の中から何かがヌッと出てきた。
すかさずレオンが前に出て、その背で私を庇うように立つ。
すわ魔物かと思った私だったが、花畑から出てきたのは人間の男だった。
どうやら花畑に寝転がって眠っていたが、私たちの存在に気付いて起き上がったようである。
男は道化師のような派手で妙な服を着こみ、控えめに言って奇天烈な格好をしていた。髪や服にたくさんの花びらを付けた彼を見て、私もレオンも「あっ」と声を上げる。
「師匠!?」
そこにはサミュエルがいた。
*
数か月前に別れたサミュエルこと師匠。
その彼と、まさかこんな所で再会するとは思わず、私もレオンも面食らっていた。それは師匠の方も同じようで、彼も非常に驚いた顔をしている。
「おぬしら、いったいこんな所で何をしているんじゃ?」
「えっと、私たちは少し調べ物があって此処に…。そういう師匠は?」
「わしか?わしは墓参りじゃ」
「墓参り?」
師匠の言葉を聞いて、私とレオンは辺りを見渡す。
墓標でもあるかと思ったが、花畑の他は延々と草原が続いているだけだった。
「墓なんてどこにあるんだ?」
「此処がそうじゃよ、此処が」
レオンの質問に、師匠は花畑を指して応えた。
「墓石はないが、此処に知人が埋まっておる。もうずいぶん昔に、わしらが埋葬したんじゃ。そして墓標代わりに、彼女が好きだった花を植えた。それがこの『星光草』の花畑だ」
「知人?」
「ああ。恩人じゃよ」
そう言って、師匠は目を細めた。
いつもひょうきんな態度の彼にしては珍しく、その表情は穏やかだが寂しそうだ。
「もしかして、その知人というのは……ジャンヌに雰囲気が似ているっていう?」
「おや?おぬしにそんな話をしたことがあったか?」
「ジャンヌから聞いた。知人に似ていたからジャンヌを放っておけなくて、冒険者時代にペアを組んだって」
「ふむ。なかなか勘が鋭いのぅ。その通りじゃよ」
師匠は小さく笑って、私を見る。
「だから、ジャンヌ。おぬしを見ていると、懐かしいような不思議な気持ちなる」
その言葉を聞いたとき、私はデジャブを覚えた。
以前にも、似たような言葉を誰かに言われたことがある。
『ジャンヌと一緒にいると、懐かしい気分になれる』
不意に頭の中によみがえってきたのは、他でもないマルグリットの声だった。
そうだ。
アカリ草と水晶茸が自生するあの幻想的な洞窟で、いつだったかマルグリットに言われた言葉である。
そして、私は気付いた。
改めて師匠を目の前にしてみると、彼は『竜の仮面の魔導士』姿のマルグリットによく似ているのだ。
赤銅色の長い髪。男にしては華奢で、女にしては背が高い――中性的な体型。そのせいで、師匠は騎士団の取り調べを受けたこともある。
もちろん、マルグリットと師匠は別人であることは明らかだ。声質は全く異なるし、師匠は男、マルグリットは女である。
しかし、他人の空似とも、今の私にはどうしても思えなかった。
私は師匠に切り出す。
「師匠は『竜の仮面の魔導士』――マルグリットという女性に心当たりはありませんか?」
私の質問を聞いて、レオンも「まさか」と目を見開く。
「……」
師匠は押し黙り、じっと伺うように私たち二人を見た。私には、その沈黙が如実に答えを物語っているように思える。
それから師匠は小さく息を吐くと、観念したように微笑んだ。
「ああ。その通りじゃよ」




