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第104話 それぞれの準備(後編)

 森に囲まれた湖畔にその古城はあった。


 そのバルコニーに佇む人物が一人。

 男にしては華奢で女にしては背が高い。赤銅色の三つ編みが湖からの風に吹かれ揺れている――『竜の仮面の魔導士』こと、マルグリットだった。

 ちなみに、マルグリットというのは彼女の本名である。


 マルグリットは考えあぐねていた。

 セシリアの一件で、ジャンヌに『竜の仮面の魔導士』が自分だとバレてしまい、簡単に彼女に会いに行けなくなってしまった。


――あの子供の姿、便利だったのになぁ。


 マルグリットは変身薬で自身を子供の姿に変え、ジャンヌに接触していた。

 始まりはほんの気まぐれ。懐かしい人にジャンヌが似ていたから興味を持った。

それが、あれよあれよという間にのめり込んでいってしまった。


 ジャンヌは、街の外に出るマルグリットを本気で心配し、自らの危険を省みずセシリアらに誘拐されたマルグリットを助けに来てくれた。

 それがマルグリットには嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。


 マルグリットは、優しく己を撫でてくれたジャンヌの手を思い出す。

 結婚願望はないと公言しつつ、ジャンヌは子供好きなようで、いつでもマルグリットに優しかった。慈しんでくれた。


 子供の姿というのはとても便利だ。

 幼い子供の特権で、思う存分マルグリットはジャンヌに甘えることができた。

 しかし残念なことに、今はもうあの子供の姿を使えない。

 

「また、違う姿でジャンヌに接触する?でも、次は警戒されるだろうなぁ」


 ジャンヌは決して馬鹿ではない。(さと)い。

 故に、別の人間に姿を変えて、マルグリットがジャンヌに会っても、すぐに気付かれる可能性が高かった。


 さてはて、どうしたものか。

 マルグリットは考える。

 ジャンヌに会いたい。話したい。また、撫でてもらいたい。

 でも、会うにはリスクがある


 マルグリットは転移魔法を心得ているので、何があっても大抵はその場から逃れられる。

 ただ、懸念すべき点が一つあった。それはレオンのことだ。


 いくらレオンが()()()()だと言っても、たかだか二十年生きただけの()()()。魔導の知識や技術は比べるまでもなく、自分の方が上だとマルグリットは自負している。

 ただ、純粋な魔力量を比べた場合、レオンと己でどちらが高いかマルグリットにも計りかねた。


「万が一、あの(レオン)の魔力がボクより高い場合、『魔封じ』の魔法が厄介なんだよな……」


 『魔封じ』には、相手の魔力を自身が凌駕(りょうが)しなければならないという制限(リミット)があるが、その点をクリアすれば問答無用で魔導士を無力化できる。そうなると、マルグリットの転移魔法も封じられるわけだ。


「ジャンヌに会いに行くなら、その辺りのことをちゃんと計算しておかないと。はぁ、もういっそ、ずっと一緒なら楽なのに」


 そこまで考えて、マルグリットははたと気付く。


「そっか。一緒に住んじゃえば良いんだ。そうしたら、いつでも気兼ねなく会えるもの」


 どうして今までそんなことに気付かなかったのだと、マルグリットは自問し、それから自らの思い付きに笑みを浮かべた。

 じゃあ、どこで一緒に暮らそうかと、彼女は思案する。


 マルグリットの隠れ家は大陸中に点在し、かなりの数がある。その中からどこを選ぼうか考えたとき、この古城が最適ではないか――そういう結論に至った。


「でも、手入れは必要だね。古びていると、ジャンヌに嫌がられるかもしれない」


 マルグリット自身は住居にこだわりがなく、雨風がしのげれば何でも良いという考えの持ち主だが、他人にそれを押し付けるつもりはない。しかも今回は、自分が好意を抱いている相手だ。


「好きな子には気持ち良く過ごしてもらいたいよね」


 そう呟いて、マルグリットは古城のリノベーション計画を頭の中で巡らせた。同時に、こんな風にワクワクするのは久しぶりだと考える。どんな退屈しのぎより、退屈しない、と。


 マルグリットにとって『退屈』は敵だ。

 ソレが彼女にもたらすのは、安穏ではなく、苦痛だった。

 だから日々、どうやって退屈せずに過ごすか――それはマルグリットにとって重要な課題なのだ。


 けれども今は退屈を感じない。

 ジャンヌのことを考えるだけで、マルグリットは白黒の世界に色が差すような心地がした。それだけで、心躍るのだ。



 そのとき、いそいそと準備をするマルグリットのところへ何かが飛んできた。


 それは体長四十センチほどの小さな竜だった。緋色の鱗と金色の瞳を持っている。竜は背の翼でパタパタと飛びながら、マルグリットの肩に止まった。

 この小竜はマルグリットの使い魔で、名前をノアという。


 マルグリットはノアが一通の封筒をくわえていることに気付いた。


「この封蝋(ふうろう)印璽(いんじ)……サヴォイア家か」

 

 マルグリットは、この国の最上位に当たる貴族――公爵家の名を口にする。


 サヴォイア家は彼女の取引相手だった。彼らが提示した()()()()()依頼をいくつもマルグリットはこなしてきた。ちょうど良い退屈しのぎだと、そう思って。

 その中には、ピエトロ商会オルレア支店に関わるものもあった。


 無言のまま、マルグリットは手紙を開封し、その内容を見て眉をひそめる。


「アイツら、ボクがこんな依頼を受けると本気で考えているのか?」


 そう言って鼻を鳴らすと、すぐに断りの手紙を書いた。

 当分は多忙のため、どのような依頼も受けることができない――その旨を書き記す。それをノアに持たせて、サヴォイア家に届けるよう命令した。


 飛び立っていく使い魔の小さな背中を見送りながら、マルグリットは弾んだ声で言う。


「さて。これから、忙しくなるぞ」




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