第103話 それぞれの準備(前編)
領主の話を聞いて、私の決意は固まった。
――メロヴィング地方に行ってみよう。
クローヴィス侯爵家のルーツがある土地を調べれば、竜人やマルグリットについての手がかりが何か見つかるかもしれない。
その考えをレオンに伝えると、彼は「分かった」と頷いた。
ただ、問題がその後で――
「俺も一緒に行くぞ」
なんてことを、レオンは言いだしたのだ。
「いや、レオン様はダメでしょう」
「なっ!?どうしてだ!?」
「だって、騎士団長のお仕事があるじゃないですか。メロヴィング地方の調査が一日、二日で終わるとは限りませんよ」
短くても一週間、長ければ一か月……いや、それ以上かかるかもしれない。そして、時間をかけたからといって、何か見つかるとは限らないのだ。
「そんなに長く騎士団の仕事を放っておくことはできないでしょう?」
「それを言うなら、君だって仕事があるじゃないか!」
「私の方は、事前に準備をしておけば何とかなります。幸い、今の店には母の他に、ニナさんもシモンさんもいますし」
メロヴィング地方へ行く前に必死で働いて、魔法薬の在庫を蓄えておけば、一月くらい店を空けても私の場合は問題ない。
一方で、レオンはオルレア騎士団と言う大所帯のトップだ。その責任や影響は、個人経営の店主とは比較にならないだろう。
「俺だって仕事の調整をすれば、何とかなる。現に、ピエトロ商会との裁判のときも、長らくオルレアを離れていたが問題なかった」
「しかし、あの時とは事情が違いますし…。メロヴィング地方に行っても無駄足になる可能性が高いです。だから、今回は私一人で――」
「ダメだぞ!君はあの『竜の仮面の魔導士』に狙われているんだ!攫われでもしたらどうするんだ!?」
「ならば、護衛を雇います」
「相手は古代魔法を操る凄腕の魔導士だぞ?そんじょそこらの護衛が君を守れるとは思えない」
「……」
そこまで言われて、私は返事に窮した。レオンの言うことに一理あったからだ。
正直なところ、マルグリットに敵う相手はそうそういないだろう。そして、彼女とまともに渡り合える可能性があるとしたら、レオンくらいかもしれない。
痛いところを突かれて押し黙っていると、レオンはこう言いつのった。
「とにかく、一か月!一か月の準備期間をくれたら問題ない!だから、俺を君と一緒に連れて行ってくれ」
結局、私はその言葉に押し切られてしまった。
*
私はレオンとメロヴィング地方へ調査に行くことを、店の皆に話した。
「皆さんにはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、誰からも反対意見は上がらない。私は内心ホッとしつつ、遠出の準備に取り掛かる。
まず、商品の在庫をチェックしようとしたところ、母がコソリと話しかけてきた。
「アンタも大人だから、私がとやかく言うことじゃないけれど」
「うん?」
「責任と節度のある行動をしなさいね」
「はぁ?」
母の言葉の意味を理解しかねて、私は首を傾げた。
「ごめん。言っている意味が分からない」
「だから、嫁入り前なんだから。子供だけは不用意に作らないようにね」
「……そんなことしないし、するつもりもない」
いったい、何を言い出すかと思えば……。私は深々とため息を吐く。
しかし、当の母本人は真剣そのものの表情で話を続けた。
「だって、レオン様と二人きりの旅なんでしょう?分かってないねぇ。想い合っている男女が二人きりで旅をして、何事も起こらないはずがないのに」
「……ちょっと待って」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、私は母の言葉を遮った。
母は今、『想い合っている』と口にした。だが、私がレオンをどう想っているか――母に話したことなんてない。なのに、どうして母がそのことを知っているのか?
「想い合って……って、そんなテキトーなことを……」
「えっ。レオン様を好きになったんだろう?良かったね。良い人と両想いになれて」
「いや、そんなこと誰から…?」
「誰って、アニーちゃんだけれど」
「……」
アニー、お前かっ!!
私は心の中で幼馴染を呪った。
そりゃ、恋人同士にでもなれば家族に紹介を……なんて話にもなるだろうが、現状――私とレオンは付き合ってすらないのだ。
それなのに、わざわざ親に暴露するなんて……。
「アニーちゃんとこのマルセル君を抱っこさせてもらったときにね。いいなぁって、私が言ったのよ。私の方は、孫は望めないかもねぇ、って。そしたら、アニーちゃんが『大丈夫ですよ』って言ってくれて」
「……」
「どういうことか聞いたら、アンタとレオン様が両想いになったって聞いてね。これで私も孫が抱けるかもと嬉しくなって」
「いや、孫って……。気が早すぎるでしょう」
そもそも、私たちはまだ恋人ですらないのだから。
私はそう訂正を試みるが、母はこちらの言うことなんて聞いちゃいなかった。
「でも、世の中には段階というものがあるからね。結婚前に子供ができるのは――」
母の話に私は頭痛を覚える。
私はあくまで調査のためにメロヴィング地方へ行くのだ。レオンとどうこうなるつもりなんて毛頭ない。あちらだって、それくらい分かっているだろう。
それにも関わらず、実の母親に避妊の大切さを説かれるなんて……。
――なんだ、この羞恥プレイは……。
私は今一度、幼馴染を呪った。
*
レオンがジャンヌと『竜の仮面の魔導士』の調査のため、メロヴィング地方へ行くという。それで、「しばらく騎士団を空けるから」と、レオンは猛然と仕事に取り組んでいた。
今ある仕事を片付けつつ、レオンの権限を代理のルネに付与する手続きを行う。
レオンがオルレアを離れることについて、直属の部下であるルネに異存はなかった。
ピエトロ商会との裁判でレオンが王都に滞在していた時も、同じようにやって上手くいっていたし、何とかなるだろうと考える。
「承知いたしました。セシリアさんの件もほぼ片付きましたし、問題ないでしょう」
そうルネは口にした。
『竜の仮面の魔導士』と手を組んだセシリアにより、このオルレア騎士団は大混乱に陥ったが、それも今は解決している。
魅了・洗脳された者たちはきちんと治療され、普段の業務に戻っていた。
例の魔導士によって連れ去られ、監禁されていたウィリアムも同様だ。すっかり回復して、日々の仕事に励んでいる。
そして最近、そんな彼の近くで白魔導士マリアをよく見かけるようになった。
今日の昼頃もそうだ。
二人が食堂で一緒に食事をとっているところを見かけたルネは「仲いいね」と軽い気持ちで声を掛けた。
すると、マリアは忽ち顔を赤くする。
「ウィルは放っておくと、すぐに無理をするから!医務室の人間として心配でっ!!」
「ちょっと、マリア。声が大きいよ」
食堂中に響くような声で一生懸命言い訳を口にするマリアと、それを止めるウィリアム。彼らの様子を見て、ルネだけではなく、食堂にいた他の団員も思わず生温かい目になった。
――あちらもこちらも、中々上手くいっているようで何よりだ。
ウィリアムたちのことを思い出しつつ、ルネは書類仕事に精を出すレオンの方を伺う。
ジャンヌと両想いになれた――そうレオンからルネが報告を受けたのは、つい先日のことだ。ただ、色々と厄介ごとがあって、未だ恋人同士というわけにはいかないらしい。
ともあれ、両想いの男女が日常から離れて、よその土地に旅するのだ。これはいわゆる……
「婚前旅行の一種なのでしょうか」
ルネの呟きに、ピタリとレオンが手を止めた。
「レオン様?」と呼びかけると、レオンはルネに対して早口でまくし立てる。
「断じて、そんなものじゃないぞ!これはあくまで『竜の仮面の魔導士』に関する調査だ。俺の目的は例の魔導士からジャンヌを守ることで、決してそれ以上でも以下でもない。まして、やましい気持ちなんて――」
「……」
おそらく、ジャンヌの護衛が五割、調査が三割、やましい気持ちとやらが二割くらいだろうか。
ルネは冷静に上司の考えを分析するのだった。




