第102話 クローヴィス侯爵家の起源
レオンと共に、領主であるバティスト・クローヴィス侯爵に私は会いに行った。
ただの平民である私が領主に謁見するなんて、本来ならば一生に一度あるかないかの事だろう――が、実のところ私はこれが初めての経験ではない。
プラジール病の件で何度かお目にかかったし、つい最近はセシリアの減刑について直接お願いに上がった次第だ。
セシリアの件については、私と領主の間で思いの外簡単に話がまとまった。
それは領主が寛大な心の持ち主だということもあるが、それだけではない。騎士団や領主側としても、セシリアによる洗脳事件を公にしたくないという思惑が大きかったのだ。
マルグリットの後押しがあったとは言え、騎士団が十代の小娘にいいようにされたのでは面目丸つぶれ。騎士団や領主の威信にも関わってくる。
だから、彼らは内密に事を処理したかった。
結局、セシリアの件は起訴もされず、内々で処理される運びになった。
彼女は監獄ではなく、修道院に送られた。
私と領主側双方の利害が一致した形で決着がついたわけである。
もっとも、セシリアが今後どのような人生を歩むかは彼女自身にかかっている。更生できれば、普通の平民として過ごすこともできるだろう。全ては彼女次第だ。
さて。
領主のバティスト・クローヴィス侯爵は平民に対しても礼儀を欠かない、謙虚で聡明な人物だった。
こういうところは、レオンにもそのまま受け継がれている。
領主はプラジール病の治療薬のことで、私に感謝してくれているらしく、いつも好意的に私を迎えてくれていた。
「やぁ、ジャンヌさん。先日ぶりだね」
「はい、領主さま。先日はセシリアへのご温情、たいへんありがとうございました。心より感謝いたします」
「なに。他でもないオルレアの救世主のお願いだからね。それに、例の『竜の仮面の魔導士』とやらの正体に気付いたのも君だ」
そのとき、「父上」とレオンが声を上げた。
「その魔導士について伺いたいことがあります。件の魔導士は我が家に恨みを抱いているようなんです。それで…」
「ああ。この前、お前が言っていたことだね。大丈夫だ。事前にいくらか調べておいた」
領主は鷹揚に頷いた。
どうやらレオンからの話を聞いて、前もってこの件について調べてくれていたらしい。仕事が早くて助かるとは、このことだ。
「まず、マルグリットという女魔導士と当家との間にトラブルがあったという記録はない。私が領主になってからはもちろん、先代と先々代まで遡ったが、それらしい記録はなかった」
「マルグリットというのは偽名かもしれません。父上、竜の仮面をかぶった魔導士とのトラブルはありませんでしたか?」
「もちろん。そちらも調べたが、こちらも何もない」
「……」
すると領主は、レオンに一枚の紙を渡す。
「とりあえず、他にできることとして、我が家に恨みを持つ可能性のある魔導士をリストアップしておいた」
ずらりと紙面に並べられた名前を見て、レオンが顔をしかめる。
「こんなにいるんですか?」
「領主なんてやっているとね。何かと揉め事に巻き込まれるものだよ。ただ……」
「ただ?」
「お前が言うような古代魔法を扱う者はその中にいない。少なくとも当家では把握できていない」
私とレオンは顔を見合わせた。
領主の言葉通りなら、このリストの人物を探っても、『竜の仮面の魔導士』についての手がかりを得られる可能性が低い。
「あの……」
差し出がましいかと思ったが、私は挙手する。それに「どうぞ」と領主は話を促してきた。
「例の魔導士はレオン様について、意味深なことを申しておりました」
「なに。レオンについてかい?」
「はい。レオン様が先祖返りだと。これの意味するところについて、領主さまは何かお心当たりがありますか?」
「先祖返り……?」
領主は困惑したように、私とレオンを交互に見つめた。
どうやら、すぐに見当はつかないみたいだ。
私は言いつのった。
「クローヴィス侯爵家の先祖は『竜人』だという言い伝えがありますが……」
「竜人って、あの竜人かい?」
「おそらく、その竜人かと」
「確かに、我が家の祖先は竜人という伝承はあるが……その竜人が今回の件と何の関係があるのかね?」
「もしかすると、例の魔導士はクローヴィス侯爵家の先祖である竜人に恨みを抱いていたのやも…」
私は自分の推測を口にする……と、やはり領主は戸惑った表情をしていた。
「竜人は我々よりも遥かに優れた能力を持っていたと聞いている。言われてみれば、レオンの少し……常軌を逸した力は竜人に似ているかもしれない。それを先祖返りと表現するのも分かる。だが、我々クローヴィス家にとっても、竜人はあくまで伝説上の存在という認識だ」
「……」
「仮に、我々の祖先が本当に竜人だったとして。それは数十年どころではない。数百年以上前の話になると思われる。さすがに、そんな大昔のことを未だに恨みに思っている輩がいるとは、とても……」
「……はい」
領主の指摘はもっともかもしれないと、私は肩を落とす。
『先祖返り』というキーワード。マルグリットがわざわざ竜の仮面をかぶっていたこと。
それらのピースが、『竜人』という伝説上の存在にピタリとハマったような気がしたのだが、少し考えを飛躍しすぎてしまっただろうか。
――と、レオンが会話に割って入ってきた。
「待ってください。竜人は伝説上の存在だと言いますが、例の魔導士が使う古代魔法も今は失われてしまった技術で、実用可能かどうか分からないものでした。ならば、竜人の存在も真っ向から否定するべきではないのでは?」
「ふむ」
「それにコレはジャンヌから聞いた話ですが、古代魔法を使用していたのは実は竜人だった――という仮説を唱える学者もいるとか。竜人と例の魔導士は関係がないと断じてしまうのは早計かと…」
「つまり、我々の祖先は本当に竜人で、数百年以上前の過去について、例の魔導士は遺恨を抱いている――レオンはそう思うのかい?」
「あくまで可能性の話です。けれども、例の魔導士が普通ではないことは明白。何らかの理由で、本当に数百年前の出来事にこだわっている、と考えられませんか?」
「ふむ…」
私の推測を「あり得ない」と断じるのではなく、レオンは「一考の価値あり」と考えてくれたようだ。その心遣いは嬉しい。
さて、実の息子の意見を聞いて、領主はしばらく考え込む。
それから口を開いた。
「メロヴィング地方だ」
領主が口にしたのは、クローヴィス侯爵領の南側にある地域の名前だった。
「メロヴィング地方?」
「そうだ。我々の家はそこから興ったとされている。今は小さな町と村、そして古代遺跡があるような場所だ。そこに行けば、竜人の手がかりが何かあるかもしれない。もちろん、保証はできないが……」
クローヴィス侯爵家のルーツがあるメロヴィング地方。
領主の言葉を聞いて、私の胸はざわりとした。




