第101話 恋とは何と恐ろしいものか
マルグリットがクローヴィス侯爵家やレオンを恨むのか――その原因を探るヒントは、どうやらクローヴィス家の過去にあるようだ。
マルグリットの口ぶりは、まるでクローヴィス家から「何かしらの被害に遭った」と言っているよう聞こえた。
また、レオンについての彼女の言及も気がかりだ。
――本当に目障りな奴。クローヴィス家の出身で、おまけに先祖返りなんて最悪最低。
先祖返りとはどういうことだ?
私は首をかしげつつ、そう言えばと思い出した。
クローヴィス家と言えば、彼らの祖先は『竜人』だという言い伝えがある。
『竜人』というのは、この国に昔から伝わる半竜半人の種族だ。大昔、彼らの国がこの地にあり、現代よりも遥かに高度な文明を築いていたという。
クローヴィス家が『竜人』の子孫かどうか、その真偽は分からない。
そもそも『竜人』自体、おとぎ話のような存在で、伝説上の一族だ。
一方で、神秘文字を使った失われた魔法――古代魔法――は、実は竜人が使用していたのでは……なんて唱える学者もいる。
まさか、本当にクローヴィス家が竜人の子孫だったりするのだろうか。
そうすると、先祖返りというのは、古代の竜人の形質が突然レオンに現れたということに……?
――なんて、私は妄想を働かせる。
もちろん、証拠は何一つない。
ただ分かるのは、あれこれ私一人で考えていても仕方ないということ。
結局、クローヴィス侯爵家の当主であり、レオンの父親でもある領主に話を聞くしかないのだ。
*
「ということで、領主さまにお会いしたいのですが」
「もしかして、結婚の挨拶かい?」
「……」
「すまない。冗談だぞ。冗談だから、そんな目で見ないでくれ」
私は冷ややかな目を向けると、レオンはすぐ謝ってきた。
まったく、人が真剣な話をしているのに、茶化すとは……。
店の営業終了後、やってきたレオンに相談したら、この始末である。
「マルグリットの件について、レオン様も協力してくれるとおっしゃったのに…」
私が恨み言を口にすると、レオンはさらに慌てた。
私がレオンのものになったら、レオンに何をするか分からない――そう脅してきたマルグリット。
それを受けて、私もレオンに宣言した。
マルグリットの件を解決しないことには、レオンと恋人になることはできない、と。
そのことに、レオンも理解を示してくれたはずだったが、おそらく彼は本心では納得していないのだろう。マルグリットの思惑通りになっている現状が不服そうであった。
マルグリットの言葉は単なる脅しでない。彼女は本気だ。そう、私は直感している。
だが、彼女の危うさをレオンはイマイチ理解していないのかもしれない。
というのも、彼はマルグリットの正体――『竜の仮面の魔導士』の姿の彼女に会ったことがないからだ。
レオンが並外れて強いことは十分承知だが、マルグリットもまた常軌を逸した存在だ。いくらレオンと言えど、マルグリットを相手して無事に済むか分からない。
しかも、マルグリットはこれまで散々、クローヴィス侯爵家やこのオルレアの街を目の敵にしてきた。レオンへの腹いせが、そちらへ向かわないとも限らないのだ。
この件について、私とレオンにはどうしようもない温度差があるらしいと、私はため息をついた。
どうにかして、レオンにもっと真剣になってもらえないだろうか。
私がそうを思っていると、おずおずとした様子で彼はこんなことを言い出した。
「ジャンヌ。その、済まなかった。君の意見を軽く捉えているわけじゃないんだ」
「はぁ」
「俺は……自分でも分かるくらい浮かれていて。未だに信じられないんだぞ。まさか、君と両想いだなんて」
「……」
しょんぼりと肩を落とすレオン。その姿を見て、私はこう思った。
――なんだ。この可愛い生き物は。
そんな考えが頭をよぎり、そしてハッとした。
レオンを可愛いと思うなんて、どうかしている。だって、彼は私よりもずっと体格の良い青年で、カッコイイと皆から誉めそやされるような容姿だ。
そんな男が可愛いとか、いったい何の冗談だろう。
そう思い直し、私はじっとレオンを見た。
「ごめん。怒ったかい?」
私を見つめ返しながら、眉を下げるレオン――イタズラをして飼い主に怒られる大型犬を彷彿とさせる――その姿に再び思う。
――なんだ。この可愛い生き物は。
私は頭を抱えた。
ああ、私の頭はどうにかなってしまったのかもしれない。
それを修正するべく、私は壁に自分の頭を打ち付けた。
ゴンと鈍い音がする。そして、うん。痛い。
「ちょっ!?ジャンヌ、いきなりどうしたんだ!?」
「何でもありません」
「何でないわけが――」
「ところで、レオン様には領主様へのアポイントメントをお願いしたいのですが」
「いや、それは良いけれど。そうじゃなくてっ!!」
私はいたって冷静なふりをして、レオンに領主への謁見をお願いする。
まるで不整脈のように、乱れる心臓の音を感じながら。
*
翌日の仕事の昼休憩時、私の頭がおかしくなったのか確かめるべく、先達に話を聞いてみた。
「相手が大の男なのに可愛く思う?そんなの普通よ。私だって、デニスを可愛いって思うもの」
「あ、そうなんだ」
アニーの言葉を聞いて、私は少し安心した。
どうやら私が変というわけではなく、世間一般的(?)によくあることらしい。
「それにしても、ジャンヌとこんな恋バナできるようになるとは思わなかったわ」
息子のマルセルを抱きながら、ニヤニヤするアニー。
アニーには、私がレオンのことを好きになったとは話してある。詳しくは言えないが、色々と事情があるため、すぐに付き合うわけにはいかないけれども…と。
「恋すると、その人のことで頭がいっぱいになるのよね。私もデニスと付き合いたての頃は、少しでも一緒に居たくて仕事が手につかなくなったりしたわ。あと、ちょっとしたことがすごく嬉しかったり、逆に少しのことで落ち込んだりして……」
「えっ…」
「いや、どうして嫌そうな顔をするのよ?」
アニーの言うように、四六時中レオンのことばかりを考えて仕事に身が入らず、情緒不安定な自分を私は想像してみる。
うん、何それ怖い。
しかし、アニーの言うことは当たる。
昔、彼女は言っていた。恋すると相手に対してドキドキしたり、時には心臓が止まりそうになったりする、と。
ソレ似た症状が最近、私にも出てしまっている。
こう考えると、恋とは何と恐ろしいものか。恋を不治の病に例える人間がいるが、今ならその気持ちも分からなくはない。
悶々と考える私の横で、アニーは話を続ける。
「相手の欠点も幻滅するどころか、逆に可愛いと思ったりね」
「欠点?」
「そう、例えばおならとか。おならされても、逆に愛情が増すというか」
「……」
何とも理解に苦しむことを言われ、私は押し黙る。
本当に恋とは恐ろしい。
しかし、その未知の領域に、どうやら私は一歩足を踏み入れたようだった。




