第100話 告白(その参)
コホン、とレオンは咳ばらいをした。その顔はまだ赤い。
「とにかく、俺たちは両想いになったわけだ」
「そうですね」
「つまり、今、この時から。俺たちは恋人同士に――」
「いや、それがダメなんです」
「どうしてだっ!?」
カッとレオンが目を見開く。
その様子が鬼気迫っていて、ちょっと怖い。
「実は問題がありまして。そのことも、今日お伝えしたいと思っていました」
「問題……あっ」
合点いったというように、レオンは手のひらを叩いた。
「すでに父上や他の家族には話を通してある」
「えっ?レオン様の御父上……って、領主さま?いったい、何の関係が……」
どうして、ここで領主が出てくるのだろうか。
そう疑問に思っていると、レオンがとんでもないことを言いだした。
「だって、結婚となれば当人だけの問題じゃないし……」
「ええっ!?」
今度は私が驚く番である。両想いから結婚とは、性急すぎる話だ。
しかし、「結婚なんて考えていたんですか」と驚いている私に、レオンは真剣そのもの表情でこう言った。
「そりゃ考えるぞ。だって、俺たちも良い年だし」
この国で二十代前半と言えば、男性なら結婚適齢期だ。ちなみに、女性の方は十代後半。私は行き遅れの部類に入る。
「でも……つい忘れてしまいそうになりますが、あなたは貴族で私は平民ですよ?そんな結婚なんて…。愛妾くらいが適当かと」
「俺が君を愛妾なんてするわけないだろう!」
「うっ、すみません」
「それに貴族と言っても、クローヴィス家を継ぐのは兄上だ。俺はいずれあの家を出て行く身だぞ」
レオンはそう言うが、彼が侯爵家の血統であるという立場は変わらない。
普通なら自立しても、実家の爵位に恥じないような生活をするよう求められる。レオンが家の跡を継がなくても、まったくの平民、一般市民として暮らすわけにはいかないのだ。
そして、縁起でもない話だが、もしレオンの兄に何か不幸があった場合、跡継ぎはレオンとなる。
そういった点を考慮しても、レオンが私と結婚するのは難しいと思うのだが……。
「なに、心配することはない。父上も君との結婚を許可してくれている。もちろん、君に気持ちがあれば――という前提条件付きだけれど」
「よく許可してくださいましたね」
「許してくれなければ、家を飛び出すだけと言ったからね。そうしたら、冒険者でも何でもやって生きていくだけだ」
「……」
レオンの恐ろしいところは、口だけでなく、それを実行できるだけの実力があることだ。実家の後ろ盾などなくても、平然と生きていけるだろう。
「君は前に結婚願望がないと言っていたけれど、俺は結婚前提で付き合うべきだと思うんだ。もし、子供ができたりしたら大変だし」
「それはつまり……子供ができるようなことをされるおつもりなんですか?」
「えっ、いや……」
レオンの顔がみるみる赤くなる。一方、私はまだ驚きを隠せずにいた。
結婚とは盲点だったし、レオンがまさかそこまで根回ししているとは思いも寄らなかった。
ただ、きちんと私との未来を考えてくれたのは嬉しく思う。
だが……。
「私が問題にしているのは結婚じゃないんです。そもそも、恋人にすら今の状態ではなれません」
「どうしてだい!?」
悲鳴のような声を上げるレオン。
それで、私はやっと肝心のことを切り出した。
「実は『竜の仮面の魔導士』こと、マルグリットのことで――」
「まさか、ジャンヌ。もしかして、アイツのことも好きなんじゃ……」
「……はぁ?」
待て待て。どうして、そういう話になるんだ。
私の戸惑いをよそに、レオンはどんどん妄想を斜め上に膨らませていく。
「俺とアイツのどちらも好きで選べない?だから、恋人になれないと…」
そう口にするレオンの目はずいぶん剣呑だ。
奥底が真っ暗で、不穏な雰囲気を醸し出している。
妄想ストップ、と私は慌てて止めに入った。
「変な妄想は止めてください。私が好きなのはあなただけです」
「……そうか」
途端に顔が緩むレオン。
口には出さないものの彼はとても嬉しそうにしていた。ぶんぶん振られている大型犬の尻尾が、幻覚で見えてきそうである。
って、いかん、いかん。話が逸れてしまっている。
私は単刀直入に、レオンに説明した。
「マルグリットが言ったんです。私がレオン様のものになったら、自分はあなたに何をしでかすか分からない――って」
「それは脅しかい?俺が恋敵だから?」
「というよりも……。どうやら、彼女はクローヴィス侯爵家に、そしてその中でもレオン様に恨みを抱いているようでした」
「ちょっと待ってくれ!君のことを別にすれば、俺は恨まれる覚えはないぞ?むしろ、俺の方が魔導士を恨みたい!!」
「そうなんですよね。マルグリットがクローヴィス侯爵家やレオン様を恨む理由が分からないんです」
ただ、マルグリットのあの口ぶりから察するに、それは相当根深そうなものだった。
彼女は言っていた。クローヴィス家がボク等にやったことに比べれば――と。
いったい、過去に何があったのだろうか。
私がそう頭を悩ませていると……、
「もしかして、君はそれで俺と付き合えないって言っているのかい?アイツの一言で?」
「マルグリットは『竜の仮面の魔導士』ですよ?彼女がやって来たことを振り返ってください。無視するわけにはいかないでしょう?」
「俺は平気だぞ!むしろ、受けて立ってやる!」
「マルグリットが直接あなただけを狙うとは限りません。あなたを苦しめるように、クローヴィス侯爵家やオルレアの街に攻撃を仕掛けてくるかも」
「そんなことは――」
「ないと言い切れますか?」
うっ、とレオンは言葉を詰まらせた。
『竜の仮面の魔導士』が今まで行ってきたことを考えれば、騎士団長としてその危険性は無視できないはずだ。
レオンは実に複雑そうな顔をしている。
私の方としては、この状態でレオンと恋人になる気はさらさらなかった。
彼が王国最強の魔法剣士と知っているし、彼と競ったとき大抵の人間は勝負にすらならないだろう。
しかし、今回の相手は『竜の仮面の魔導士』――マルグリットだ。
その力は未知数。いくらレオンとは言え、簡単に勝てる相手とは思えない。それに、もし、レオンに何かあったらと思うと私は……。
――絶対に嫌だ!
私の決意は固かった。
「十年来の片想いが、やっと実ったと思ったのに……」
レオンはがっくりと項垂れるが、こればかりは私も譲れない。
レオンや他人を巻き込むようなことは御免だ。
同時に、だから……と思う。
「だから、レオン様。私はマルグリットのことを調べようと思うんです。彼女がどうしてクローヴィス侯爵家やあなたを恨むのか。それを突き止め、彼女を説得して解決したいと考えています」
「……君の気持は分かった」
しぶしぶといった様子でレオンはそう口にする。
……と、レオンが私の肩に両手を置いた。
レオンはじっとこちらを見つめてくる。その琥珀色の眼は真剣そのもので、私は思わず魅入ってしまった。
「もちろん、俺も協力する」
「あ…ありがとうございます」
金縛りにあったように、レオンから目をそらせない。私たちはしばらく見つめ合う形となった。
そして、私はハッと気づく。
どんどんレオンの顔がこちらに近づいてきているのだ。
その唇が私のものに触れそうになって――
「むぐっ」
「だから、ダメですって」
私は両手でレオンの顔を押しのけた。




