13 新妻?
瞼に光を感じて目が覚めた。
なんだかシーツがいつも使っているくたくたのものではなく、パリッとした肌さわりに気がつくと一気に覚醒した。
ここは私の部屋ではない。
サンドストーン公爵家だった……。
ゆっくりと瞼を開けると目の前に居たのは。
「ひぃっ!」
視界に入るのは男性の上半身の裸だった。
視線を上にすると眠っていらっしゃるけれど見覚えのある顔だった。
リチャード様がどうして私の隣で?!
昨夜は確かに一人で寝たのに。
「ううむ……」
呻いているリチャード様の端正なお顔には隈があった。
立派な隈さんだわ。リチャード様はお疲れのようね。
それにここは私の寝た客間ですらなかった。
寝ている間に移動した? どうして?
「リリエラ……」
リチャード様は眼を閉じたまま手を伸ばされてぎゅっと抱き締められたのよ!
抱き枕ではありませんと叫びそうになったけど私は既に妻と言い聞かせてじっとしていた。
だけどリチャード様の腕の中は暖かくて思ったより居心地が良く。
私の瞼は再び落ちそうになってしまった。
「……柔らかくて良い匂いがする」
いつもより低いリチャード様の声に再び覚醒した。
「はっ、初めてです。そのようなことを男性から言われたのもこんなに密着するのも……」
恥ずかしくて消え入りそうになる声にリチャード様は一層力を込められたのよ。
ふふっ、寝ぼけて嬉しそうな声が耳元に聞こえて朝から胸が苦しくなるほどドキドキする羽目になるなんてちょっと待ってちょうだいな。
「リリエラ、柔らかい」
耳元で囁かれると再び心臓がバクバクしてしまった。
一気に目が覚めるほど威力がありすぎるリチャード様の声。
ふふふとか余裕をかましてリチャード様は私を離すと上半身を起こして私を見下ろしている。
だけど正視できません。
上半身は何もお召しになってないんだもの。目のやり場に困ります。
騎士をされていたとあって弟やお父様とは全く違う体つきでした。
筋肉がしっかりついているのは羨ましいほど。
「リリエラ。真っ赤になっているね。可愛いなあ。ああ、くそっ王宮になんて行きたくない。新婚なんだから一緒にいたい」
そう言うと私を再び抱き締めてきた。
リチャード様は寝ぼけているのかいつもの公爵然とした口調から少しやんちゃな砕けた感じになっていた。
「だ、ダメです。お勤めならば行かないといけません」
私もジタバタとあがいてしまった。
そうして見渡すと見覚えのない部屋でやはりここは私が泊まるはずの客間ではなさそうだった。
「この部屋は……」
「ああ、君の部屋が整うまでは寝るときは私の部屋を使って欲しい。せめて一緒に夜を過ごそう。こうして……。もう夫婦なのだからね」
そう言うリチャード様は今まで見たことが無いなんというか色気があった。
ぼんと音が出そうなほど私の顔が熱くなったの。
「り、リチャード様!」
「リチャードだ」
「リチャード! 離してくださいな」
「ふふっ。リリエラは本当に可愛いな」
私は焦って取り乱していたけれどリチャード様は余裕だった。
やっと離してもらえたので用意されていた部屋に戻ると色とりどりのドレスが用意されていたので、侍女に手伝ってもらって着替えるとリチャード様と一緒に朝食を取った。
王宮へ向かうリチャード様を見送ると私は女主人の部屋を確認した。
主がいない間も手入れがされていたのだろう埃もあまりなく綺麗な状態だった。
家具にかけていた布を除けると優美な家具の数々が現れた。
「流石、公爵家ね。家具も一級品で素晴らしいものだわ。これはこのまま使わせていただきましょう。カーテンと壁紙はそうね。業者に色見本や模様のカタログを持って来ていただいて決めたいわ。いいかしら?」
「畏まりました」
エバンスと使用人の数名が付いて来てくれて、私の言葉を受けてエバンスがいろいろと指示を出してくれた。これで部屋のほうは何とかできそうだった。
「……その、部屋のことだけでなくお屋敷のことも手を入れさせていただいてもいいかしら? その予算的なものもお聞きししたいの」
「奥様、もちろんです。リチャード坊ちゃまは、いえ旦那様ではそこまで手が回らず……。困っておりました」
「ふふ。私も伯爵家の切り盛りをしてきたからそれなりにできると思うの。でもリチャード様にお伺いしてからにするわね」
「奥様……」
エバンスは何故か言葉を詰まらせていた。涙ぐむほど。余程大変だったのね。伯爵家とは比べようもないけど。
庭を散策すると薬草園のような場所もあったが、随分荒れているようだった。
庭師と話せるようにエバンスにお願いした。
このくらいはいいわよね。私付きの使用人も雇ってくれるみたいだし。公爵家の使用人のことに口出しして良いのかリチャード様に伺っておかないとね。
それに使用人の給与なんてどうなっているのかしら?
公爵家の運営状態はどうなのかしら?
そんなことを来たばかりだけど次々と考えているとあっという間に過ぎていった。
私が公爵家のことで何処まで処理していいのかもリチャード様に伺わなければならないわね。
調理場にも顔を出してみると料理人や下女らしき人達が忙しそうにしていた。
公爵夫人ならこんなことはしないかもしれないけれど私はそうじゃないから。
「誰だ? へっ、奥様だって? これは失礼いたしました。それでこのような場所にどんな御用で?」
調理場に入って来た私を見て料理長は追い出そうとしたけれどエバンスが私をリチャード様の妻だと紹介してくれた。
「ええ、昨晩の食事と今朝のパンケーキとスープがとても美味しかったのでお礼に言いに来ましたの」
「はへ、お礼ですか? 公爵家の奥様が直々になんて……」
料理長は戸惑っている様子だった。
「ええ、これからもよろしくお願いするわね」
「は、はい!」
ぎくしゃくとした礼をしてくれたので微笑み返すと改めて調理場の様子も眺めた。
伯爵家では財政的に厳しかったので通いの料理人を雇っていた。
料理人がいない日はマーゴと一緒に慣れない手つきで家族分の料理を作っていたことを思い出した。
『姉さん。美味しいね!』
公爵家の調理場を眺めていると私がおやつに作ってあげたパンケーキを喜ぶサイモンの小さい姿が思い出された。
あの頃のサイモンは偏食だったから食べさせるのも大変だったけれど、少ない材料で工夫して作ってあげていた。美味しいと喜んでくれていたサイモン。お父様だって……。
あの頃は幸せだったのかもしれない。そんなことをふと思ってしまった。
自分のことは後回しで弟のサイモンの世話をしていたけれどそれが私の存在意義とも思っていたのに。
私はそっと周囲に気づかれないようにため息をつくと調理場を後にした。
私はここでやるべきことをしていこう。
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ここで章を追加して、第一章の部分として終わります。




