019:居心地
「やめて俺の酒まで飲まないで!」
バッと叫びながら飛び起きた洋介を、迷宮姉妹が不思議そうに覗き込んだ。
「主様ァ? お加減はいかがァ〜?」
するり、膝の上に座るアカネの腰に思わず手を回してしまったのだが「アアッン!」とアカネが飛び跳ねたので洋介はビクッと肩を震わせ手を離した。
「ああ!主様! なぜですのォ! 妾の事はどうとしてもよろしいのですよォ?」
うふふ、としなをつくり笑いかけるアカネに、ウグイスは後ろから頭を叩いた。
「おやめ」
「いやん、痛いわァ」
「主様、目眩などございませぬか? 妖刀にごっそりとMPを吸われたのでございますよ」
「あ、ほんとだ1億あったのに半分になってる」
「2日ほど眠って回復していますので、妖刀は1億近いMPを吸ったと思われまする」
ふがふがと頭を下げたウグイス。
洋介は、え? と聞き返したくなったが、やめた。
2日も寝ていたから、こんなにも体がダルいし、まだスッキリしてないんだと理解した。
「もしかして誰かが運んでくれた‥‥んだよなぁ‥」
落ち着いて見渡してみれば、自分の部屋だった。
それと同時に申し訳なさが胸に満ちる。
「みんなは?」
「今は狩りに行っておりまする。ヤマブキでしたらリビングの隅におります」
「主様ァ、とにかく回復には食事と睡眠ですわァ! たくさん寝たから次はごはんですわねェ」
うふっといつにも増してあかねはくねくねしていた。何故か嬉しそうだ。ウグイスもどことなく弾んだ声だったので、結構心配してくれていたのかもしれない。
洋介は食事をとり、ヤマブキに「ナデナデしてくださぁい」と泣かれたのでなでなでしてあげた。
「もしかしてずっとそうしてるのか?」
「そうです魔王様。僕が動いたら隠蔽のスキルも綻ぶんです」
「うーんなんかごめんな。俺に出来ることある?」
「こうしてジッとしていると、みんなが僕を忘れて話もしてくれなくなるんです。だから魔王様、時々で良いので僕に話しかけてくれませんか?」
ヤマブキの顔をみていると、キューンとチワワ的な犬がこちらを見ている気がした。けれど彼の肩まわりは、相変わらずボディビルダーもびっくりの仕上がり具合で、到底小型犬には分類できない。
彼には逐一声をかけることにした。
「ところで俺の妖刀ってどこにあるの?」
「主様のものですから、収納場所はきまっておりますわァ」
「あ、そーゆーことか」
洋介はイザラクを使い取り出した。
手に取ったそれは日本刀だった。それ以外のなんでもなく、まごうことなき日本刀だ。倒れる前と違って手にしても妖刀に流れる魔力は僅かだ。
「お、起きたか。よー寝たな」
裏口から戻ってきたロイに、洋介は「ありがとうね!」と言った。自分を運んでくれたのはロイだと聞いた。
「今レオンとマクシムが狩った鳥を捌いてるからな、夕飯に使う。いっぱい食べて回復しねぇと」
「ありがとう」
「あ、あとな、アンセムがお前にビビっと来たらしくてな。うちの前で武器屋を開くそうだ。というかもう開いてる」
「全く意味がわからないんだけどどう言うこと?」
キョトンと首を傾げる洋介に、ロイは外を見ろと玄関を指さした。
疑わしげに顰めた眉のまま、玄関をあけ外を見てみれば、真ん前に掘立小屋を建て武器を並べているアンセムの姿があった。
アンセムの武器屋と看板もかかっている。
「あ!ヨウスケ! おはよう〜すっからかんまで魔力を吸われた心地はどうだった〜? 気に入られたんだね〜?」
相変わらずの気の抜けるイントネーションで、アンセムはこちらにおーいと手を振る。
「ねぇー妖刀どうなったのかみせてよ〜」
洋介は、にべもなくスゥっと玄関を閉めたが、アンセムは「おおーいヨウスケー!」と間抜けな声で呼びかけてくる。
「あれ、なに」
驚愕に冷や汗を垂らす洋介に、ロイは「こっちが聞きたい」と首を振った。
「いただきまーす!」
皆で食卓を囲めるように、ロイはいつの間にかダイニングテーブルを大きく作り直していた。仕事が早い。
その食卓についているのは、洋介とロイ、迷宮姉妹とヤマブキ。そしてレオンとマクシム。
「あーこれすごく美味しいね〜 鶏肉は新鮮さが大切だよね〜」
自分の取り皿に遠慮もなく山盛り積んで、1番大はしゃぎで食事をしているのはアンセムだ。
当たり前のように夕食どきに現れた彼は、当たり前のように座って当たり前のように手を合わせていただきまーすした。
「アンセムは‥タダ飯?!」
洋介が言うとアンセムは違うと反論した。
「農具の手入れや、ロイの剣のメンテナンス、狩りのための矢を作ったりと実はちゃんと働いています!洋介も他にも妖刀が欲しければ買いに来てくださいね〜」
「ヨースケ、すまん。なんかお前に付いてきた。コイツは頭がおかしいが、悪い奴じゃねぇ、悪い自覚がないだけで」
マクシムは、随分げっそりしていた。
弟の奇行に悩まされて、この2日だけですっかりくたびれてしまったようだ。
「どうやら本当に、ローレイ公国での権利を売り払って来たようです」
レオンはうんざりしていた。
アンセムはその日のうちに、店の権利もろとも住民権を格安で売ってしまい、彼は大量の武器を背負って、非常識にもレオンの実家に突撃。メイドにお茶を入れてもらい、客間でもてなされていたらしい。
「ここはどこの国でもないし、住民権も商人権も必要ないでしょ〜」
アンセムの言葉にそれは違う、とウグイスが物申した。
「ここはヨースケ大帝国でする」
「そうなの? お金いる? 公国の権利売ったから、結構持ってるよー!」
「お金はいいけど、ロイの許可はもらったの?」
洋介の言葉に、アンセムはハッとしてロイに向きなおった。
「お店を出させてください」
口の周りを汚したまま、机に手をついて頭を下げた。
「いいけど玄関前はやめてくれ‥」
ふるふると首を振り、小さく肩を竦めたロイ。
皆も呆れた顔でアンセムにため息をついた。
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「とりあえず城に乗り込まなかった事で、同じ轍を踏むのは回避できた、と思う」
食後のララ豆茶を飲みながら、洋介は言った。
「思う、ね‥」
マホガニーは相変わらず、お気に入りのオットマンの上で鳥らしからぬ格好でゴロゴロしている。
「で、妖刀も手に入れた訳だけど。これからどうしますか? ギルドの依頼を受けるなら、他国でしたほうがいいでしょう。 あまり身をひそめていては、勢力拡大はできませんし」
「うん、友康の事はちょっとどうしたらいいのかわからない、から、後回しにしようかな。 ローレイ公国かメルディブ聖国のギルドで仕事する」
( 確かマスターが、ローレイ公国に純級の冒険者が居るって言ってたな )
洋介は、ぼや〜っとマスターと話した事を思い返す。
「我らから、ここで提案がございまする」
「はいはぁーい! 提案しますゥ」
ぴっと両手を上げた迷宮姉妹は、納戸から黒をベースに赤で襟などにポイントがある、いかにも魔王様チックな裾の長い上着と、中はハイネックで、これまた黒×赤のトップス、仕上げは細身の黒のズボンという衣装を出してきた。
「主様にこれを捧げますわぁ」
「我らの渾身の針仕事でする」
キラキラした眼差しの迷宮姉妹とは対照的に、うわ〜と声が聞こえてきそうなくらい、部屋は静まり返った。
水面を打つように洋介が「ありがとう!」と言うまで。
「長時間、マホガニーが乗っても痛くないように、肩にはクッションが入っておりまする」
「この服を着て、マホガニーを肩に乗せたら、威厳もたっぷりですわァ」
洋介はどこかでみたような、ザ・魔王デザインを身につける自分を想像してみた。
恥ずかしくて、どうにかなりそうだった。
けれど嬉しそうに笑う、アカネとウグイス。彼女たちが作ってくれた事。最早その二点で、着用しないなんて選択肢は消え去っていた。
彼は黙って袖を通した。
レオンとマクシムのかわいそうなものを見る視線と、ロイの、微笑ましいなぁ、という保護者目線。
ヤマブキの、魔王様‥‥と恍惚の笑み。
仕上げにはアンセムが、笑顔の能面でこちらをみていた。
けれどマホガニーもノリノリで肩に乗ってきたし、衣装と日本刀が合わない気がするが、帯刀するわけでもないのでよしとしよう。
なによりも、迷宮姉妹がとても喜んでいた事が洋介は嬉しかった。
こんなにもはしゃぐ2人を見たのは、初めてのことだった。




