018:長いものには巻かれろ
ローレイ公国の武器防具屋街は、雑多な雰囲気はどこにもなく、さながらブランドショップ、整然と並ぶ店は上品でとても高そうだった。
路面にワゴンセールを並べるようなこともなく、ショーウィンドウには各々の工夫が凝らされ、目玉商品が並んでいたが、値段は書かれていない。
人通りは多いし活気があるのだが、店に出入りする人々はどことなく上品にみえる。
「ギルドにしても品のいいところですよ、この国は」
「あの店だ‥あいてるな‥」
マクシム曰く、よく閉まっているし、そもそも午前中しか空いていないそうだ。
アンセムの武器屋と書かれた看板がかかったその店は、他の店と同じく上品だったがひとつ違うことがあった。ショーウィンドウがない。
そして店の中もよく見えない。
縦長の細い窓がルーバーのようにいくつも並んで、いるが、本当にそれこそルーバーフェンスのようでよく見えないのだ。
マクシムがいくぞ、と洋介の背を叩いた。
ギィッと音を立てる扉を開ければ、薄暗い店内は埃っぽいにおいがした。
ちなみに今日は、マクシム、レオンと迷宮姉妹含めて5人で来た。マホガニーは人目を引くし、ロイも行きたがらなかった。
「アンセム、ちょっといいか?」
マクシムは奥まで聞こえるように声を張った。入り口扉を開けたときリーンリーンと鈴の音が鳴ったが、店の者が現れる気配がなかったのだ。
店内はどの武器も綺麗に並べられていたが、武器屋というには少なすぎて、すぐ数えられるほどしかないようにみえる。もちろんここにも安売りのワゴンセールなんてものもなく、気軽に手に取れる武器はない。全ての武器は壁にかけられていた。
「アンセム!いねーのか?!」
マクシムはさらに声を張った。
「なんなのかなもう‥って兄さん」
久しぶりだね、とにこやかに奥から現れたのは、腰に10本近く背中に3本の剣や刀を下げて、ブーメランと懐刀も数本。手にはナックルのようなものをつけている。
ぎょっとしたのは彼がパンツ一丁だった事だ。
「わぁ〜レオンも久しぶりだね〜」
独特のイントネーションだった。語尾が下がる。
マクシムと兄弟なのに、彼にだけ訛りを感じるのだ。
「久しぶりですね。元気そうでなにより」
レオンも笑顔で軽く手をあげた。
アンセムはマクシムと同じ色の赤い髪を、ぎゅっと引っ詰めて高い位置に結んでいる。
束ねた先の髪がふんわりと揺れるので、まさにポニーテールといった具合。
「お客さん連れてきてくれたのかな〜?」
アンセムはニコニコと微笑む。洋介が迷宮姉妹をチラリと盗み見れば、彼女たちはいつもよりなお無表情に佇んでいた。
なるほどアンセムに会うのは初めてではないらしい。もちろん友康にロードされる前の事だ。
「こいつはヨースケで、そこの2人はアカネとウグイス、俺の仲間だ」
洋介は、目があったアンセムにペコリと頭を下げた。
「あれあれ、またパーティ組んだの?懲りないねえ〜2人とも」
くすくす笑うアンセムに、マクシムは不愉快そうに眉をひそめていたが、レオンに背中をつつかれて話を進めた。
「ヨースケに妖刀を譲って欲しい。持ってるか?」
「もちろんお土産は持ってきました」
レオンにくいっと指で呼ばれて、気持ち悪いけど頑張って持ってきた、妖刀になりかけの刀をアイテムから取り出してカウンターに置いた。
その瞬間に、アンセムの顔が煌めき、その口元から「ふあっ」と小さな声が漏れた。
歓喜に手を震わせ、触ろうか、どうしようか、と手を引っ込めたり出したりひらひらさせながら、無意識かバタン、バタンと音を立てて床を踏んでいた。
「こっこれは!妖刀の卵だね〜?すごいや兄さん!兄さんは素晴らしい物を連れてきてくれたね!」
相変わらず所々上がるところが下がる不思議な話し方だが、興奮に息も絶え絶えと、頬をまるで恋でもしたかのように桃色に染めていた。
ああ〜と喘いだアンセムは、そおっと赤子を初めて抱くかのようになりかけ妖刀を持ち上げまず匂いを嗅いだ。
げぇ、とレオンが一歩下がると同時に、マクシムもうわぁ、とため息をついた。
迷宮姉妹は平然としていたが、洋介もさすがに苦笑いが隠せない。
「それはお前にやるから、ヨースケに妖刀を譲ってくれないか」
マクシムが言ったが、アンセムにその声は届かない。
「ああ〜すごいね。あと3年で完成ってとこかな?日和獅子に‥これは蜻蜓百足‥‥この内臓は!間違いない、メサリンビルビゾムの内臓だ〜!これは、すごくすごい妖刀が出来上がるに違いないよ!しかも元々の刀も業物だね〜!これは楽しみだよ〜にしてもこのか‥」
「「アンセム!!!」」
アンセムの独り言を遮った、マクシムとレオンの怒鳴り声がハモり、頭の上にクエスチョンマークでもつけたかのように、キョトンとしたアンセムがこちらを向いた。
「それやるから、ヨースケに妖刀を譲ってくれ」
「いいよ〜ヨースケ利き手を手を出して」
アンセムに言われ、洋介はスッと手を出した。すぐにがっしと両手で握り返され、体はびくりと固まったがアンセムの目は真剣そのもので、洋介は口を挟むことをやめた。
「うん、いいね。いい魔力の流れだね、待ってねいいのがあるよ」
そう言ったアンセムはなりかけ妖刀を持って嬉しそうにスキップし奥へ消えて、3分後くらいだろうか?沈黙したまま待つこちらの空気とは裏腹に、お待たせ〜と軽快に戻ってきた。
その手にはひとふりの刀。
アンセムは、それを愛おしそうにカウンターに置いて、先ほど変わらずにこにこと愛想よく洋介に微笑んだ。
「この子はようすけの魔力にすっごいなじむとおもうな。君はぽかぽかしてまるい魔力だからね、にいさんはちくちくしたトゲの魔力さ!レオンは静かにたくさん流れるみずなんだよ〜」
彼のこの笑顔は、裏も表もない笑顔というだろうか。空っぽとも言えるだろうか。
洋介は白と金色だけのその刀を手に取った。
その瞬間、ザーっとまるで溜めていた水を流したようにみるみる刀に魔力を吸い取られたのがわかる。
「いいねいいね!ようすけを気に入ったみたいだ〜今君の限界を試しているから妖刀の好きなだけ魔力をあげるといい」
一言でいってアンセムの笑顔は不気味だった。
張り付いた笑みというのは適切ではない、貼り付けてすらいないその笑顔、彼の表情は何とも形容しがたい。
突然、勝手にぐるりと体が回った。
洋介にとってそう思えただけで、実際には倒れたのだが、瞬時に迷宮姉妹が支えてくれた。まるでわかっていたように、いや、わかっていた。
洋介は理解できず手に持った妖刀を見つめる。
先ほどと変わらず魔力はもっていかれていたが、今度はこいつが笑っている気がした。
そうか、これも2度目なんだな‥と考えかけて洋介の意識は失われた。
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「アンドレア少将」
城内の絨毯を踏みしめながら早足に目的地を目指していた彼は、名を呼ばれバサリと大仰にマントを翻し振り返った。
声の主はわかっている。
「なにかなトゥモヤース少将」
アンドレア少将の振り返った先には友康が居た。
わざとらしく少将、とつけてから、「あ」とアンドレアは口元に手を添えた。
「失礼、もう軍はおやめになられたのでした、トゥモヤース近衛兵団長」
アンドレアは肩で揃えられた髪をさらりと煌めかせ、跪いた。優美な所作は軍人とは思えない。
「先日ギルドの敷地で大騒ぎしてくれた件だが、お前を少将の位から外すことが決定している‥もちろんギルドを黙らせるため、パフォーマンスの公示みたいなものだが」
友康の言葉に、アンドレアは不快そうに目をむいた。信じられない!と言わずとも語られている。
今すぐ怒鳴りたいであろうアンドレアだが、友康が近衛兵団長である以上、軍人アンドレアの立場は下になる。
「正式な通知はまだだが‥おまえほどの魔力をいち兵士とするには惜しい。近衛に来い」
にこりと友康は彼に微笑みかけた。そんな笑顔を見たこともないアンドレアはびくりと肩を震わせ、喉の奥がひくりと鳴った。
軍人時代からアンドレアは友康を目の敵にしていて、あからさまに悪意を向けていたため、仲の良かった事はない。平民である友康を蔑んで見るのはアンドレアとしては当然の事で、けど彼は自分と同じく少将の地位を用意されて軍に入ったものだから、彼が友康にむける敵意は絶好調だった。
そして友康は1年ほど前に近衛へ異動し、団長のポストで国王の側近となった。
嫉妬意外なにをすればいいのか、いつでも全て用意されてそれを持つだけのアンドレアにはわからない。
自分がなれないのは王族だけだと思っていたのに、平民に勝つ事もできないのだ。
「なにを迷う?貴様に通達が行く前に私が解決策を考えおいてやったというのに」
低い声でうめく友康は、アンドレアにとって今までヘラへラと話を流すトゥモヤースではなかった。
「お受け、いたします‥必ずやトゥモヤース閣下のお力になります」
屈辱に唇を噛んでも、アンドレアは友康に下るしかない。
少将位を剥奪されて軍でやっていけるわけがないのだから。
「ただのバカじゃなくて、話のわかるバカだったか。よかったよかった。今人手足らなくてさ」
そう言って連れてこられたのは、城の地下牢からさらに地下へ長い階段と、数個の侵入防止術式を抜けた先だった。
アンドレアは思わずよろめき、右手は口を押さえていた。見開かれたその瞳は、異様なその部屋をしかと映している。
「な、なんだこれは‥」
「前魔王の名前を捕まえたんだ。でも名前を術式で縛ってもすぐ体に戻ろうとするんだよなー!特に体の方にした封印が解かれてから」
あっけらかんと笑う友康を、信じられないとアンドレアの口角がひくり、つり上がった。
「こんなものを、陛下は認めておいでなのか‥こんなっ奇行を!」
「奇行なんてひでぇじゃん。お前ら軍人が弱いから、こっちでシコシコ準備してんだろ?むしろ陛下は応援してくれて、子供こんないっぱい用意してくれたのに」
2人の眼前には、50人はゆうに超える数の子供たちが、赤黒い丸い塊が入った正方形のガラスケースを囲むように縛り付けられていた。
ああーうーあーと声にならない小さな声で子供たちが何か話している。話しているというよりも、ただ声を出していると言ったほうがいい。
「なんのためにっ‥このような‥」
うう、と後ずさるアンドレアに、友康は楽しそうに笑っていた。
「戦争だけど?」
なにいってんの?あたりまえじゃん、と友康は冷たくアンドレアを見下ろした。
「さて知ったな、おまえ、どうする?」
にやーっと笑う友康に、アンドレアは足を絡めとられ、後ろからは羽交い締めにされたように感じた。
実際そんな事はありもしないのだが、この場を満たす彼の魔力はあまりにも強大すぎる。
能ある鷹は爪を隠す‥のだろうか。少なくとも軍人として共に少将を務めていた彼とは明らかにちがう。
「これはなんだ?なぜこんなことをしなければならない?戦争とは‥どの国を相手取るつもりだ」
アンドレアはともすれば正気が吹き飛び、友康の靴を舐めてお役に立ちますと媚び諂ってしまいそうなくらい、濃い友康の魔力の中で自分が押されていくのがわかった。
だがそんな事はアンドレアの矜持が許さない。
この美しい容姿と、豊富な魔力に剣の才。それを誇りに貴族であらんとする自分に、平民に魔力で押されるなんて許されないし許したくはない。たとえ軍人として終わった己だとしても、貴族であることに違いないのだから。
「この黒いのは魔王から盗んだ“名前”だ。これが元の体に戻らないようにするには魂が綺麗な器がいるんだが、なまじ強い魔力があるだけに厄介で、器も大量にいる」
「名前を盗むだと‥?!」
アンドレアは胃から込み上げるものを抑えきれず、俯いて床に手をついた。
ゲエゲエと体をよじる彼を、友康はそれこそゴミでも見るように見下ろしたままため息をついた。
「きたねぇなークソが」
そう吐き捨てた彼の態度は、あまり性格がいいとは言えないアンドレアでさえこの男は最悪だと思わせるのに十分だった。
「とにかく先輩の退路を断つためにも、この大陸の2つの国は潰さないとならないんスわ」
「誰だそいつは‥」
アンドレアは友康の魔力に押され、今にも倒れそうだがなんとか四つん這いに留まっている。
「あんたが追いかけてたやつだよ。ギルドにまで乗り込んでな」
「あれは国王陛下の命だった。秘密裏に、と‥」
「そりゃ俺と陛下は利害が一致してる。他国を侵略したい陛下と、魔王を排したい俺」
自分を指差して笑う友康に、アンドレアは全て理解した。この設備をみるに、長らく準備されてきたことであることも。
彼の解釈が全て事実かはわからないが、どちらにせよ、陛下が後押ししているのならば美しくない計画でも手伝わなければならない。トラン王国貴族として。




