017:にべもなく
スゥーっと自然に意識がセーブした場面の写真へと吸い込まれていき、セーブした3秒ほど前に戻った。3秒かけて周りの音声がフェードインして、彼は手を止めた。
意識はずっとはっきりしているし、死んだ時から途切れる事なく繋がっているので、死んだ気がしない。
洋介はちょうど玄関にいた。
今から出るぞ、と扉を開く前に念のためにセーブしたのだ。
「みんな、ストップだ。緊急事態」
マホガニーには言うなと口止めされていたが、これは話さないと危機回避できない。
「んだよ、怖気付いたか?」
悪態をつきながらもマクシムの視線は、洋介を気遣っていた。
「主様、顔色が優れないようですわァ」
「そうじゃない、けど城へは行けない。ロイの家に戻ろう。ここも危ないかもしれない」
洋介にとって、自分でもらしくない冷静さだった。
落ち着いて話さなければ、そう思う度に頭は冷えて冴えていく。
そして裏口から出る予定だったレオンとロイ、マホガニーを呼び戻し、オロオロする使用人たちをレオンがおさめてからロイの家へと飛んだ。
「自分でも不思議だったんだ。ヤマブキにココの隠蔽を頼んだ時、頼むのが当たり前みたいに思ったり、レオンとマクシムと出会って1週間くらいのはずなのに途中からそんな風に思わなかった」
ロイの家のリビングで、洋介は先ほど起きた事を洗いざらい話した。
マホガニーは鷹のままでもしかめっ面をしているとわかったが、この危機はきちんと話さないとまた同じ轍を踏む。
それだけはいけない。残るセーブが多い方が有利なのはまちがいないのだから。
「セーブとロードは複雑に絡み合ってる。今回は俺がロードしたから、湖での事を今の時点で友康は記憶にはないと思う。けど俺が城に行かなかったら気付くはずだ」
「確かに、ヨースケの理屈でいくとトモヤスはロードされた事に気付きますね。それがイコールヨースケを自分が殺害したという事に結びつくでしょう」
レオンは頭を抱えていた。
フル回転で考えても、天災レベルのゲート能力を使いこなすトモヤスとやらを避ける術が見つからない。
「ここは僕が隠蔽してますから、魔王様も安心してくださいね!」
ヤマブキはあいも変わらず隅で膝を抱え、そう言った。ジッとしていた方が、隠蔽スキルの精度が高まるらしい。
「こちらはその勇者にはバレていませぬ。御安心くだされ」
確信めいて頷いたウグイスに、皆がなぜかと首を傾げる。
「あらァ、ウグイス‥言ってしまっていいのかしらァ?」
「主様が1つ失われたのだぞ。御魂は全部で3つなのだ。御守りせねば」
「確かにィ、向こうには眷属もいないみたいだしィ?」
「2人の間で進めないで、説明してください」
レオンが迷宮姉妹を遮ると、彼女たちは口々に軽く謝罪してウグイスが姿勢を正した。
「迷宮の眷属は主様の身に起きた事を記憶しております。ですから約2年後に主様が打倒トラン王国を掲げ、レオン様やマクシム、ロイ様とギルドの助力を得て、城に赴き、悲劇的の物語のように元いた世界の方と出会い、向こうは主様に倒された事も我らは覚えております」
「鮮やかなお手並でしたわァ」
思い出したのか、うっとりと目を細めてアカネは体をくねらせた。
洋介には信じられなかった。国を起こそうとは思ったが、国を滅ぼそうとしていたなんて。
今から2年後の未来などとても想像できないと思っているのに、何故かその光景が浮かぶような気がしてくる。
「まあ。ミョーに納得したわ」
マクシムが頷いた。
彼はいつもこうだ。話が込み入ってくるとフェードアウトするように口数が減り、反応も減る。独り言のように呟くだけになる。
「そうであろう。既に2年の時を共にしていたのだ。マクシムたちに記憶が残っていなくとも、心はきちんと時の流れを感じておるのだ」
ウグイスはうんうん頷いて嬉しそうにしていた。
「それ、話したらだめなんじゃないか?」
マホガニーが2人をジッとみた。
「そうで‥ございます、我ら迷宮眷属にはたくさんの隠し事がございます」
「でもォ必要ならちょっとはいいのッ!色々制約はあるけどネ」
「ダメに決まってるじゃないか。お姉様たちはいつもいつも‥」
ヤマブキが丸まって頭を抱える。
迷宮たちには独自の決まり事があるらしい。
「じゃあウグイスとアカネにもしもロードされた時は教えてもらいたい。それはいいの?」
洋介がそう言うと、困った顔で2人は眉を下げた。
「だめですわァ、けれどロイ様のお家ならばきっと大丈夫ですわねェ」
「ここはとても魔力が濃いですし、隠蔽されていますからここならばお話することができまする」
「わかった、じゃあロードされて外にいる時は、ここに帰るよう言って」
「まて、懸念が一つある」
マホガニーのピリリと張り詰めた声に、皆が向き直る。
「その友康はたぶん、俺をやった勇者だと思う。だとするとそいつは10年以上はこっちにいる‥そいつの残るセーブが洋介がゲートをくぐるより前って可能性もある」
「本人がベラベラ喋ってた事だから本当かわからないけど、友康のセーブはあと一つで、昨日」
「それを鵜呑みにするのは‥いくらか憚られますけどね」
レオンの言葉には、洋介も同意だった。
お気楽でお馬鹿なやつ、だけれどそれは10年以上前のことになるのだ。少なくともあんな悪人じみた歪んだ顔をするようなやつではなかった。
「だけどどーすんだ?このままココに詰めてるわけにもいかねーだろ」
「どうしたもんか。友康とは絶対ぶつかるとおもう‥向こうがその気だし、どう考えてもあと2回は
戦わないといけないだろうな」
ああ、と洋介はうつむいた。
勝機があるとすれば友康が言っていた魔力で鍛えた妖刀、だろう。
「あのさ、自分の魔力で鍛える妖刀ってしってる?」
洋介の質問に目をむいたのはロイだった。
「おお!確かにヨースケなら妖刀を使えるかもしれん!」
ばっと立ち上がり、こちらに前のめりになってくる。
「妖刀を鍛えるためには持ち主の魔力がいります、めちゃくちゃたくさん。誰にでもできる事じゃないんですがヨースケなら、余裕でしょう」
「しっかし妖刀ってなもんはなかなかな〜」
ロイはがくりとうなだれた。忙しい事だ。
「俺、アテあるぞ。ちと難儀だけどよ」
「マクシム、君の弟は人様に紹介できるような奴じゃないでしょう!」
カァッと怒るレオンに、彼は小さく「でも妖刀も持ってるはずだ」と反論した。それはもう消え入りそうな声で。
「なんだってんだ。どんな奇人変人だろうが妖刀持ってるならそれなりに腕は立つんだろ?」
ロイは勿体ぶるな、とマクシムを小突いた。
イッテェ!と大袈裟によろけて見せるマクシムに、洋介は笑みが溢れた。
前にもこんな場面を見たような気がする。
「まあ、腕も立つし妖刀もあると思う。何せ凄まじい武器マニアでな。剣やら槍やら手に持って戦うものはなんでもコレクションしたがる」
「何点かのコレクションを売ったお金で住民権を買い、彼は今ローレイ公国で武器屋をやっています」
「俺らも一回だけ行った‥けどアイツは頭のネジが飛んでやがる。まあ色々あったからだと思うけど、武器への執着がすごくてな」
マクシムは肩を落とした。
紹介したいのか紹介したくないのかどちらなのだろう。
「いまから行ってみよう」
「あー今日、今日‥今日は‥ダメだ。もう昼すぎちまったし、店は午前中しかあいてねえ‥妖刀見せてもらうなら手土産になんか武器持っていかねえと」
アテはある、といいながらまごつくマクシムを、マホガニーがつついた。
「ごちゃごちゃうるせーな!弟だろ?!兄貴なんだからぱっと行って妖刀見せろって言えばいいじゃねーか!」
「そーゆー訳にいかねーんだよ!アイツがあんなんなったの俺のせいでもあんだっつの!とにかく明日午前中のうちに行くから!」
「お土産の用意どうしようか?」
洋介が話を先に進めようと、マクシムの言う土産の話を振った。
今度はマホガニーがアテがあると言い、待ってろ、と言い残して洋介の部屋へ入った。
そう言えばイカルゴに、部屋を繋げろと命令していた気がする。
勝手に‥と少し微笑ましい気持ちになった。
マホガニーとは、2年前も共に戦ったのだろうか?
親近感があるのは眷属にしたし、同郷である事はこの世界においてとても特別だと思う。
元の世界を知っている者同士であるだけで嬉しい。
だから友康の事も、1度殺しているけれどもできたら敵対したくないと複雑な気持ちがせめぎ合っている。
その日、マホガニーが戻ってきたのは夜遅くなってからだった。
イカルゴはこちらに来なくていいのかと聞いたが、マホガニーは首をふった。
「あんななりになっちまって、お前の眷属はどうと思わなくても、人間には馴染めないだろ。本人が容姿を自覚せずに居られるとこのがいい。他人と暮らせば嫌でも身なりを気にすることになる」
夜は俺があっちいくからいいんだよ、とマホガニーは寂しそうにいった。
そこには本当はここに連れてきてやりたい、という思いを感じるし、けれどそれが良いとは思えないという葛藤もあるだろう。
「これ、なんですか?」
レオンはマホガニーの持ってきた剣を遠巻きにし、嫌そうに顔を歪めていた。
「妖刀になりそうな刀だ。まだ数年かかるがな」
「なんでこんなもの‥」
レオンがこんなもの、と言うのも無理はない。
刀はムカデのような何かが塚から飛び出していて、柄の部分からはドクドクと波打つ内蔵チックな何かが飛び出している。
剣先には猪の頭からのようなものが刺さって、刀身に溶けかけているように見える。
「妖刀ってのは3つ以上の生き物が住み着いた刀のことだ。時間をかけて刀そのものになっていって、最終的にまた刀の形に戻ったとき妖刀、と呼ばれるようになる」
「つまり俺が譲ってもらう刀もちょっと前までこんな感じで進化したって事ですかね」
ハハと軽い息を吐き、洋介はたじろいだ。
「そーだ。だが妖刀になっちまえばなんともないんだよ。ふっしぎだよなぁ!!」
マホガニーがからかうように洋介の肩に乗った。
「いい加減にしろ!主様をからかうなどと!」
ウグイスはマホガニーを鷲掴みにし、ペイッとソファーに投げた。
「‥だが妖刀は折れないし、魔力をやってる限りは主人に逆らわん。自分の魔力を喰わせることで自分の技や魔法と親和性を持つんだよ」
「もしかしてマホガニーも持ってた?」
洋介がそう聞くと、マホガニーはフッと顔を暗くした。
「たぶんな‥持ってたはずだが、いつのタイミングで失ったかわかんねえわ」
あー、と洋介は頭を抱え込んで、ごめんマホガニー!と謝った。少し考えたらわかることだったのに。
「いらん心配だ」
にべもなくそう言った彼だが、どこかそこに影を落とした。




