020:おじいちゃん
「考えたんだけどよ?」
マクシムが唐突に言った。今はそれぞれがリビングで寛いでいる時間で、洋介はレオンから借りた勇者の本を読んでいたし、もちろんアンセムは当たり前のように暖炉の側で眠っていた。
新聞を読むロイが「何を」というとマクシムは頷く。
「迷宮都市に行こうぜ、隣の大陸にあんだろ?」
「……なんで?」
レオンは鋭い眼光で、彼を射抜いた。
「いや、迷宮都市の迷宮味方にしたら強そうじゃねぇか」
「なんて馬鹿丸出しの返答!」
はぁーっと大げさに首を垂れるレオンに、彼は不満そうに口を尖らせた。
「いいね、迷宮都市。行ってみたいかも」
洋介は乗った、と手をあげる。「やめとけ、ゴミ溜めだぞ」とロイが言うが、マホガニーは喜んでいた。
「行こうぜ! なんか面白いもんあるかもよ!」
ピューと鳴いて部屋をぐるぐる飛び回る。迷宮姉妹が、ひどく鬱陶しそうに顔を顰めているがそんな事はお構いなしだ。
「玩具屋じゃないんですから、あるわけないでしょう!」
「あ! 僕も行きたい!」
アンセムが手を挙げた。変わった武器があるらしい。
「どいつもこいつも……。大体ヨースケが行ったら恋人に即バレますよね。どうするんですか、眷属になるって言われたら」
「そうとも限りませぬ。御老齢の迷宮は、動きたがらない事が多いですし」
「とにかく不安すぎます。至極嫌な予感がします」
「レオンは慎重だな、気にせず行って来いさ」
ロイの言葉にふるふると首を振り、レオンは立ち上がった。
「いいですか、迷宮都市の中には浮浪者が何万人も住んでいると言われています。そんなのが世に放たれたらどうなるんですか」
「世に放たれたところで、よその国の住民権は買えないだろ」
「これだからマクシムは! 野山で盗賊まがいのことをするでしょうが」
「基本的に移動魔法だ。問題ない」
「マホガニーまで! 商人たちは移動魔法はつかえませんから! 街道沿いの旅小屋が危なくなるでしょう」
「わかった、わかったよ。味方にしない。ヨースケ、眷属にしねぇよな?」
「え! あ! うん! 眷属にしない!」
レオンが怒りにガタガタと震えだした。びくっと肩を上げた洋介は「やっぱりいかない!」と手を挙げてしまっていた。
「えーなんで?!」
アンセムは悲しそうに、なんで、なんでなんだよぉ、と呟いてどんどん俯いていく。
「……レオンの言い分は最もだが、迷宮姉妹もいけるて言ってんだし、まあ見てきたらどうだ」
ロイが出した船に乗ったのは、アンセム。
「そうだよねぇ〜! 大丈夫だよねぇ〜!」
ウキウキと小躍りしてさぁ行こうよ、と手を広げている。
「知りませんからね。何かあっても、関知しませんからね!」
レオンはカッカしながら、パンとテーブルをたたいてまた椅子に腰を下ろした。迷宮都市行きを勝ち取ったマクシムとアンセムは、パンッと勝利に手を打ち鳴らすのだった。
迷宮都市はいくつかあるが、今回はお隣の大陸にある海の近くの迷宮都市へと来た。
迷宮に入る前から、すでに随分賑やかだ。ビーチには水着で遊ぶ人々がいて、貸しパラソルに貸し浮き輪、水着、シャワーなどどこからどう見ても海水浴場だ。
「兄さん! 遊んで行こうよ!」
「アホか! なんでだ! 何しに来たんだお前は!」
アンセムとマクシムは結構仲が良さそうだ。アンセムが武器にこだわるのは自分のせいだと言っていたが、武器を眺めるアンセムはとても幸せそうだし、武器にのめり込んで人付き合いを避けたり、他を顧みない生活をしているというわけでもない。
ロイの家に来てからは特に、迷宮姉妹のご飯を食べて、少しふっくらと健康的になってきた。
「暑っ! 早く中へいきましょう」
うう、と汗を拭うレオンは、いつもローブを着ている。魔法使いの必須アイテムで、詠唱を邪魔されないための防御がついているらしい。高価なアイテムを色違いで数枚持っているのは「お坊ちゃんだから」とマクシムが言っていた。
「主様ァ、あとで妾たちと水着デートしてくだいませェ」
「ええ?! いいの? いいか? いいよね?」
普段は修道服のような、かっちりと首の詰まって足も出ていない服を着る彼女らが、水着を着るというのは禁断すぎて業が深い気がした。
迷宮都市の中はちょうどいい温度だった。そして案の定中には建物が立っている。
洞窟がそこだけ広く、天井も高くなっていて、住んでくださいと言わんばかりの作りだ。奥の通路へ進むと石畳みのダンジョンらしい。
「治安、悪そうですね」
「いかにも」
レオンに頷いたのは、マホガニーだった。
彼は迷宮姉妹の言いつけ通り、洋介の肩に乗っている。もちろん洋介も、迷宮姉妹の用意した衣装だ。
「基本的にどこの住民権も買えない奴がここにいるから、治安が悪いのは仕方ない。みんなギリギリなんだよ」
「とりあえず武器見に行こうよ!」
急に走り出す弟の肩を「待て!」とマクシムが掴んだ。
「あのなぁ、迷宮都市っつっても迷宮なんだからよ、別行動はやめろ」
「ごめんね〜兄さん。雰囲気そんなんじゃないから、ついうっかり」
「ねえ、あれ武器屋じゃない?見に行こうよ」
洋介が指さした先には、雑多に売られている武器が並んでいる。大体が迷宮の魔物から拾った物らしい。ワゴンに並べられて、値札がそれぞれについていた。奥の店主らしき人物は、洋介らが近づいても小さく「いらっしゃーい」と言っただけで、椅子に座って打とうとしている。
盗まれたらどうするんだと洋介が心配したが、アンセムが魔法で縛られているから持ち出せないと教えてくれた。
「あーこれなんかいいね!古いやつで、マニア向けかも!」
ワゴンセールの剣を漁るアンセムは、とても無邪気だ。
「あんなとこで商売しても、お客さんこないじゃん。マニアもこないんじゃないの?」
「え? ようすけが国作ったら、人もいっぱいでマニアもくるよぉ〜」
何言ってるの? と首を傾げる彼は、洋介の野望を信じて疑わないらしい。今から仕入れしとくんだ、とたくさん買い込んでいた。背中に大量の剣を背負い込むアンセムに、マクシムが大きくため息をつく程に沢山。
アンセムのステータスは、普段から冒険者として活動しているレオンたちとさほど差はない。スキル鑑定とついているので、これはわかりやすい。彼は自分にぴったりのスキルを持っているようだ。
迷宮都市は、少し路地にはいると明らかにまずそうな雰囲気だが、そこはスルーしていく事にした。ちょっと冒険してみようとマホガニーがいうので、少しだけ街を下に降りることにした。
「わ!下層にもまだ建物がある」
洋介は下層へ続く小道に、小さくはなったが建物があることにびっくりした。それは随分と奥まで続くようだ。
「なんで下に行くんですか。商店みて、外のビーチで遊んだら帰りましょうよ、冒険の必要ありますか?恋人に会ったらどうするんですか」
「向こうが出てこなきゃ会うわけねーだろ、レオンはどーしょーもねーなー」
マホガニーのバカにしたような口ぶりに「どうしようもないのはあんただよ!」とレオンは悪態をついた。
「主様、もし迷宮に会ったらどうなさるのですか」
「ウグイス? あのね、こんな規模の迷宮閉じたら、住んでる人が困るよね? だからどうもしないよ、ここから動かないように言わないと」
「もうあそこで待ってますわねェ」
アカネが指差す先には、辻占いの格好で路地に店を出す老人がいる。彼がこの迷宮なのだろうか?
「ダメですよ。話しかけないでくださいよ! ダメですからね本当に!」
レオンは、手でバツを作って辻占を見る洋介に立ち塞がる。
「あの、すみません、魔王様ですよね?」
洋介が目を離した瞬間、ワープしたかのような速さで迷宮の恋人が寄ってきた。ここは彼の体の中なのだから、当然といえば当然だ。
「向こうから来たらどうすんだ?」
マクシムの口元は、喜びと興奮を隠しきれずにヒクヒクと動いていた。それがレオンを益々不快にさせる。
「魔王様、老いぼれですが仲間に入れていただけますかな?」
にこり、微笑む迷宮の恋人に洋介は困ったな、と眉を下げた。
「おじいちゃんダメだよ、だってこんなに人が住んでるのに、みんな行くとこなくなっちゃうし」
洋介の言葉に、満足そうに頷いた彼は、ペコリと頭を下げた。
「ありがたき幸せ。魔王様の眷属に加えていただけた事は、迷宮生の誇りですわ」
え? と洋介がマホガニーをみた。彼はやれやれと、首を振る。洋介には全く理解できていないが、ステータスには
◯おじいちゃん
洋介の眷属
HP8050
MP23410
と表示されている。
「やってしまったっ!」
ああ!と項垂れるがもう遅い。想定外だが、おじいちゃんが名前として成立してしまった。スキル恐るべし。
「ヨースケ! どうするんですか! ここを閉じたら大変なことになるだろぉがぁ!」
途中からレオンの言葉遣いも荒くなるほどに、彼は怒っているようだが不可抗力だ。やはり迷宮に来たら、眷属にしてしまう宿命なのだ。
「閉じずに移動しなさァい!」
うふ、とアカネがおじいちゃんに言った。彼は「はい」と頷いて数秒沈黙した。
「できました、場所に不都合があればさらに移動します」
洋介が地図を開けば、迷宮は海を渡り、ロイの家のそば。山の中に移動していた。こちらの方がまずいのでは。
「これで主様の国の国民げっと、でする」
ニコニコと笑うウグイスの笑顔には悪意はない。レオンがワナワナ震えていて、マクシムはケラケラ笑っている。混沌としたこの状況の収め方が、洋介にはわからなかった。




