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未来AIの戦術が理解できない俺、室町で名将と呼ばれる  作者: 堀吉 蔵人


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三日目の朝

三日目。


 景は夜明け前に目が覚めた。眠れなかったのではない。体が勝手に起きた。暗い広間の天井を見上げながら、指を折った。今日で三日目。KM-07が言った期限の最終日。


 隣で紗那が息を立てずに眠っている。起こすべきか迷って、やめた。紗那が眠っている時間は貴重だ。起きている間はずっと考えている人間に、休む隙間を与えたかった。


 庭に出た。空はまだ藍色で、東の端だけが薄くなりかけている。空俵の列が暗がりの中に並んでいた。偽物の兵隊。数えると十三体。昨日より一つ増えている。誰かが夜のうちに足したらしい。


 胸元が震えた。


《早朝情報更新。渡河点における敵方の配置に変動を検出。昨日時点で三名だった監視人員が、推定五名に増加。増員の目的は二つ。第一、渡河封鎖の強化。第二、渡河を試みる者の捕捉。いずれの場合も、渡し場の利用は困難度が上昇》


 五人。昨日まで三人だったのが増えている。締まり始めている。道が減る速度が上がっている。


「景殿」


 振り返ると、紗那が縁側に立っていた。いつ起きたのか。


「渡しが固くなった」


 景が言うと、紗那は一つ頷いた。


「聞こえていた」


「胸元の声、聞こえるの?」


「声は聞こえぬ。ただ、景殿が朝一番に渡しの話をするということは、何かが変わったということだ」


 景はため息をついた。紗那はKM-07の声を聞いていないのに、景の反応から情報を読んでいる。三人の歯車は、そういう噛み合い方をしている。


 朝飯は粥だった。昨日と同じ量に見えたが、水が多い気がした。七俵の米が六日分。三日目の朝で、半分を過ぎた。


 飯を食い終わる頃に、北から人が来た。


 昨日の男ではなかった。十二、三の子供だった。裸足で、息を切らしていて、手に何も持っていなかった。


「村の長から」


 子供は景の前に座ると、それだけ言った。


「何と」


「山の向こうの道に、旗が見えたと」


 広間が凍った。


 山の向こうの道。北から来る道の、さらに向こう。そこに旗が見えたということは——


「どこの旗か分かるか」


 館の主が聞いた。


「分かりません。ただ、赤い布と言っていました」


 赤い布。景にはそれがどの勢力のものか分からなかった。紗那を見ると、紗那も眉を寄せていた。


「津田は白に黒。鹿島は藍。赤は——」


 紗那が考え込んだ。答えが出ない。景は初めて、紗那がこの地域の全てを知っているわけではないと気づいた。


《赤色の旗章。当該地域の勢力分布データに該当なし。ただし、寺院系武装集団および傭兵的集団が赤系の目印を使用する事例あり。情報不足のため確定不能》


 KM-07にも分からない。確率すら出なかった。データがないのだ。


「子供、見たのは村の誰だ」


 景が聞いた。


「山に入った猟師です。今朝早く、尾根から見えたと」


「尾根からということは、遠いのか」


「半日以上かかると思います」


 半日。今朝の情報なら、今日の夕方にはもう少し近くなっている。あるいは、動かずにいるかもしれない。赤い旗が何者なのか分からないまま、距離だけが縮まっていく可能性がある。


 紗那が口を開いた。


「敵とは限らぬ」


 景は紗那を見た。


「味方の可能性もある。あるいは、どちらでもない者が通っているだけかもしれぬ。尾根から見えた旗一つで判断はできぬ」


「でも、無視もできない」


「できぬ。だから確かめる」


「誰が」


「北の村に頼む」


 景は眉を上げた。昨日、紗那は「分からぬ」と言った。北の村の態度が読めないと。今日は頼むのか。


「昨日と違うこと言ってない?」


「違う。昨日は触れるなと言った。だが状況が変わった。赤い旗の情報を持ってきたのは、村の側だ。村が自分からこちらに情報を出した。つまり——」


「味方になるかどうかはまだ分からないけど、少なくとも敵じゃないと思ってる」


「そうだ」


 景の言葉に、紗那が頷いた。今度は景の断片を紗那が拾ったのではなく、景が自分で到達していた。


「子供」


「はい」


「村の長に伝えてくれ。赤い旗の者が何者か、もう少しだけ見てほしい。近づかなくていい。遠くから、人数と、どちらへ向かっているかだけ。それと——」


 景は少し迷った。


「飯は足りてるか、と聞いてくれ」


 子供は頷いて、来た道を走って戻った。裸足の足が土を蹴る音が、すぐに聞こえなくなった。


 広間で、館の主が景を見ていた。


「軍師殿」


「軍師じゃないです」


「村が報せを持ってきたぞ」


「はい」


「米を預けた翌日にだ」


 景は黙った。偶然かもしれない。村がもともと旗の情報を誰かに伝えるつもりだっただけかもしれない。だが館の主は、明らかに景の策として見ていた。米を預ける。返さなくていいと言う。すると村が情報を持ってくる。一連の流れが「計算」に見えている。


 計算ではない。景はただ不安だっただけだ。だがその不安が、紗那の言葉を通り、この時代の作法を通って、結果として動いた。


 結果的に。


 その言葉が、また重くなった。


 昼過ぎ、景は紗那と二人で庭の隅に座った。


「三日目だ」


「うん」


「やれたことを数える。北の村から情報が来た。山に米を隠した。川の別の渡り場を見つけた。西は塞がったが、それは分かった。偵察の一人が戻った。赤い旗の存在を知った」


「やれなかったこと」


「北の村がどちら側か、まだ分からない。渡しは固くなった。西の寺はまだ取られている。偵察のもう一人はまだ戻らない。赤い旗が何者か分からない」


 紗那が顎に手を当てた。


「KM-07は三日と言ったな。今日で終わりだ。足りたか」


「足りてない」


 景は正直に言った。


「でも、なくなってもいない」


 紗那は少し黙ってから、口元を緩めた。笑いではない。何かを認めたときの顔だ。


「それでいい。戦の支度に終わりはない。足りぬまま始まる。いつも」


《三日間の行動サマリー。達成項目、六。未達成項目、五。総合的な防衛態勢としては脆弱だが、情報ルートの多角化と備蓄分散により、単一障害点が減少。最大のリスク要因は渡河点封鎖の進行と、未識別勢力の接近》


 景は数字を聞き流した。六と五。それだけ残った。


「足りぬまま始まるんだったら、三日待った意味って何だったんだろう」


「待ったのではない。動いたのだ。動いた結果が今の形だ。動かずに三日過ごしていたら、今ごろ道は一本もなかった」


 景は空俵の列を見た。十三体。朝より一つ増えて十四体になっている。また誰かが足した。偽物の兵は少しずつ増えている。本物の味方が増えないから、偽物で埋めている。それが滑稽なのか切ないのか、景には分からなかった。


 夕方近く、子供が戻ってきた。


 走ってきた顔が赤い。言葉が途切れ途切れだった。


「赤い旗——十人くらい——西へ向かってる」


「西?」


 景と紗那が同時に声を出した。


 西。こちらに向かっているのではない。赤い旗の集団は、北の山の向こうから西へ動いている。西には、寺を「預かった」者たちがいる。


「敵の敵、か」


 紗那が呟いた。


「それとも、敵の仲間が合流しているだけか」


 どちらにも取れた。西へ向かう十人が、寺を塞いだ者の増援なのか、それとも寺を塞いだ者と別の思惑で動いているのか。情報が足りない。


《未識別勢力の移動方向が、西方封鎖地点と一致。二つの解釈が可能。合流、または衝突。現時点では判定不能。推奨、静観》


「静観って——」


 景は声を出しかけて、止めた。静観。何もしない。見ている。情報が足りないなら、足りるまで待つ。それはKM-07の言う「最適な行動」なのだろう。だが景の胸の中では、待つことと何もしないことの区別がつかなくなり始めていた。


「今日は何もしないの?」


「今日は見る日だ」


 紗那が言った。


「見る日」


「動く日と見る日がある。昨日は動いた。今日は見た。明日は——」


「明日は?」


 紗那は西の空を見た。赤い夕焼けの中に、旗のような雲が一筋流れていた。


「明日は、道の数で決まる」

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