96人の話はきっちり最後まで
在処は得意な顔で講釈する。
「保有している目録に記載のない遺産の、確実な保管方法がないことの問題は、私も勿論解っていたわ。同じくらいの目録ページを保持し、同じくらいの遺産を蒐集しているのだから、騎士団も救済社も、陥っている状況はだいたい同じということよ」
その状況を解消するために、騎士団は「女王計画」という、少々問題はあるが当面は安全な方法でアプローチしたわけだが、在処には別の解決策があったらしい。
「救済社はどうやって遺産を管理しているんですか」
遺産を便利に使って世の中を回していこうという基本方針を打ち出している救済社ではあるが、二十四時間三百六十五日遺産を使っているわけではなく、むしろ使わずに保管しておく方が多いという。その管理方法について、在処は優越感たっぷりに披露する。
「どんな物も一瞬で、誰も手出しの出来ない場所に保管することができ、なおかつ必要があれば自由に出し入れ可能――そういう便利な能力、あなたもよく知っているでしょう」
そう言われて、桐子ははっとする。言われてみれば、遺産の保管に適した能力は、ものすごく身近にある。まさに灯台下暗し。桐子はまさかという思いで、隣の万里を見遣る。万里はにやりと笑う。
「《奇術師の武器庫》……つまり俺の異能が鍵なわけ。俺は実は、結構すごい奴なんだぜ。見直した?」
「ええ、性格さえもっと良ければ文句なしね」
「さっきまで沈んでたのになんでそんな急に辛辣になるの?」
敵に囲まれている状況が異常すぎて、いつまでも沈んでいる場合ではないと思い直したためである。
「私たちは遺産を守るために、《奇術師の武器庫》の異能を利用しているの。まあ、万里がうちに来てからだからここ数年の話ではあるけれどね。無論、ただ万里が《武器庫》の中に遺産を持っているという単純な話ではないわ。それだと、万里に何かあった時に、折角集めた遺産が一網打尽にされてしまうもの。あと、万里が性格悪すぎて遺産管理の担当として信用ならないし」
在処がさりげなく部下を扱き下ろすので万里は渋い顔をする。
「遺産が人ではなく、稀に物体と融合する現象があることは知っているわね」
「はい」
「つまり、意思のないモノであっても、異能力を持ちうるわけ。そこで、万里の持っている《武器庫》の異能を、別の物体に付与できないかと考えたの」
「そんなことができるんですか」
「遺産は相性が良ければ適合率が高くなり、能力を十全に発揮し使いこなすことができる。その『使いこなす』の上限ってのは、自分が使うだけじゃないってことさ」
万里がここぞとばかりに胸を張る。
「たとえば、勉強できる奴って、自分ができるだけじゃなくて人に教えるのも上手いもんだろ。それと一緒でさ、遺産も適合率が上がるほど、自分で使うだけじゃなくて他者にまで影響するようになってくるらしいんだよ。任意の物体に能力を付与して、遺産の複製みたいなものを作るってのはその一例。ほら、御子柴が同じことをやってたろ」
「誰だっけそれ」
桐子が思い出す努力もせずに秒で訊き返すと、万里は苦笑いしながら教えてくれる。
「帆引学園襲撃者で、《破滅の音叉》の異能者」
「……ああ、いたいた、そんなの」
御子柴が仲間に指輪を渡して、二人が同じ異能を行使していた。不思議なような気はしていたが、基本的に負かした相手のことは忘れる便利な思考回路をしている桐子は、深く考えていなかった。
「そうか、彼が仲間に指輪を渡していたのは、自分の異能の複製を分けていたってことね」
「そうそう。で、あの程度のポンコツ異能者にできることが俺にできないわけがない」
急に論理が雑になった。
「まあ本当は、俺は要らん異能を何かに押し付けられればと思って始めたことなんだ。結局俺は異能を手放せなかったけど、代わりに便利な保管庫が副産物として偶発的に生まれたわけ。で、何が言いたいかっていうと、ただ自分が速く走れるだけの君より俺の方が優秀って話で」
「最低のタイミングでマウント取ってくるのやめなさいよ」
まったく面白くないので桐子は堂々と舌打ちした。
「女王計画などよりよほど効率のいい管理システム、『武器庫能力応用型恒久的遺産保管庫』と呼ばれて」
「長すぎて誰も呼んでない」
在処がここぞとばかりに格好つけようとしたが、あえなく万里に邪魔され、聞こえよがしに舌打ちしていた。
在処は咳払いをし、気を取り直して続ける。
「現在、システムは独立して稼働していて、うっかり万里に何かあっても問題なく機能するようになっている」
在処自身も結局長すぎて正式名称を言わない。
「これが結構苦労したのよ。そこらの異能者は異能を分けられたとしても回数限定のレプリカを作るくらいが関の山でしょうけれど。私の偉大なる研究の結果、異能の核に当たる部分を一部移植することによって、完全独立型の二号機を作成、遺産が勝手に融合するパターンと違って本来の異能者が能動的に移植を行うことで暴走の危険性もなく、さらに」
「在処、そのへんは長くなるから割愛して」
「……つまり、岸の野郎が無駄に苦労して始めた女王システムより、うちの方が優秀ってこと。発明というのはいつだって、運と偶然とその場のテンションで出来上がるものなのよ。このシステムがあれば、時代錯誤な生贄を捧げずに遺産を守っていけるわけ。私がスマートに問題を解決済みとも知らず、何年も前に思いついたプリミティブな策にいつまでも固執しているなんて、岸の奴は本当に間抜けだわ」
在処は岸が相当嫌いなのか、敵のボスを扱き下ろすにあたっては遠慮なく高笑いをしている。そんな大人げない社長を横目に万里が補足する。
「まあ、在処はだいぶ盛ってて、うちだって完全無欠ってわけじゃなくて色々穴はあるだろうけど。それでも、二つの組織が持っているページを合わせれば、そもそも封じられない遺産の数は激減するし、残る少数の封じられない遺産も、女王とやらに頼らず安全に保管できる方法はあるって話。そうなれば、桐子がねちねち付け狙われることもないだろ」
「お互い喧嘩してページを中途半端にしか持っていないせいで問題がややこしくなっているから、救済社と騎士団が手を結べば話が早いわけね」
「そゆこと。一番めんどくさい相手と休戦協定を締結すれば、今後の遺産の回収はものすごく楽になる。俺の仕事がとても減る」
万里はさっきからそればっかりである。
「ま、基本的に私と岸はとても仲が悪いし、そもそも遺産に対するアプローチの基本方針も折り合わないから別組織を立ち上げるに至ったわけだから、簡単な話ではないけれど、話し合いをしてあげてもいいわ」
などと、「岸が下手に出ればの話だが」と付け加えたそうな不遜な調子で在処は言った。
鍵は休戦協定、と万里が言っていたのは、そういう意味だったようだ。桐子にもようやく、彼の目論見の全容が見えてきた。
もしも休戦協定が成立すれば。二大トップの組織が手を取り合い、余計な揉め事をせずに協力をすれば遺産回収の効率は上がる。お互いに監視すれば遺産の悪用を防ぐことができる。遺産の保管のために犠牲を出さずに済む。桐子と万里が高校でクラスメイトであっても問題がなくなる。一つの石を投げて何羽の鳥を討ち取れるのか数えるのも面倒なくらいのウルトラCである。
もしかして、万事上手くいくのかもしれない。桐子はこの場に来て初めて希望が見えた気がした。
★★★
もしかして、万事上手くいくのかもしれない、と思ったのは一瞬だけで、やはりそう簡単にはいかないものだな、と万里は目の前でメンチを切り合う二人を見て肩を落とす。
否、絶望するのはまだ早いぞ、と万里は自分に言い聞かせる。救済社の社長と騎士団の団長、敵対組織のトップの会談を成立させただけでも大きな前進だ。たとえこの二人が、会談のために押さえた会議室の使用料をどちらが支払うかというみみっちいことで揉めているとしても。
どちらの組織のホームでもない中立公正な場所であり、荒っぽいやり方ができないような抑止力の働きそうなところで、他人に話を聞かれることのないようプライバシーが保たれており、会談前日という急なスケジュールでも押さえられる場所、という合理的な理由で会合の場所に選ばれたのは、舟織市民プラザの会議室である。合理的配慮により選定したのは解るのだが、秘密結社の人間が、こう庶民的というか、思いっきり行政の管轄施設で会談というのはどうなんだろう、というツッコミは、誰もが飲み込んだ。
市民プラザは舟織市民が自由に使用できる交流スペースだ。一階には地域産品直売所、子育て支援センター、喫茶スペースがあり、二階はイベント用テラスと会議室になっている。会議室は一時間単位でレンタル可能で、時間あたりの利用料は千円。社長と団長は千円で揉めている。
定員四十名という会議室はスペースが余りまくっていて、そのせいなのか、はたまた緊張感が漂っているせいなのか、九月だというのに暑さは感じなかった。手持無沙汰のためか、桐子がお茶を用意し始める。
冗談みたいな会議には、騎士団側からは、桐子をカウントしなければ三人が出席している。団長の岸優士だけが席についていて、残る二人、護衛についてきた永倉晴朝と夏井和希はその後ろに立って控えている。桐子がおずおずと岸の前に湯呑を置くと、岸が、まあ当然の流れでものすごい形相で睨んだ。
「組織の機密を知った途端に敵組織に寝返るとは、大した忠誠心だ」
皮肉全開のコメントに、桐子が怯んでいると、対面に座る在処が即座に失笑を返した。
「淑女に人聞きの悪いことを言うものではないわ。上司からのパワハラで意気消沈していた彼女を万里が拉致しただけよ。あなた、人望がないところは学生時代から進歩がないわね」
「人の組織の構成員にまで手を出し、千円如きが払えない、学生時代から貧乏性が変わらないお前にだけは言われたくないな」
「おほほほ」
「はははは」
乾いた笑いの応酬を繰り広げる二人。争いの中身は小学生レベルだが。
救済社の側からも護衛役として、昨日から引き続き同行している白鷺と砂川は、しかし護衛する気があるのだかないのだか、社長たちとは別のテーブルで持ち込んだ煎餅をばりぼり食べている。その上砂川は「こっちにもお茶が欲しいっす」などと要求してくる。全員に対して共通して言いたい、いったい何をしに来たんだと。
茶を一口飲んで喉を湿らせ、苦々しい顔を浮かべてから岸はのたまう。
「それで、わざわざ私を呼び出したからには、私に千円払わせて嫌がらせをして終わりというわけではあるまいな」
昨日、桐子から事情を聞き出した在処が取った行動は、桐子から借りた通信端末で騎士団に連絡を入れ、前置きもなしに「おたくの計画のキーパーソンを拉致ってるんだけど、とりあえずボスにつないでくれる?」と告げるというものだった。連絡を受けた桐子の上司――現在同行している永倉は度肝を抜かれ、傍で会話を聞いていた桐子は卒倒しかけてた。
そんなふざけた招集にもかかわらず岸が出てきたということは、やはり騎士団にとって桐子が重要なのだろう。敵対組織と一緒にいるらしいとあっては、うかうかしていられないというわけだ。そして来てみれば、桐子は「拉致」というわりに拘束もされていないし何だか在処と親し気にしているわけだから、岸が睨みつけたくなるのもむべなるかなというわけだ。
ともかく、そのような強引な経緯で二大組織のトップ会談が成立してしまった。岸から水を向けられた在処は、よくぞ聞いたとばかりににやりと笑って、予定していた言葉を告げる。
「我々救済社は、騎士団との休戦を提案します」
その言葉を聞いた岸は、ゆっくりと一つ瞬きをしてから、溜息を一つついた。
「――どうやら時間を無駄にしたようだ。私は帰らせてもらう」
「人の話はきっちり最後まで聞きなさい馬鹿たれ!」
早速腰を浮かせかけた岸を在処が威厳の欠片もないチープな罵倒で制止し、トップ会談は早くも難航していた。
やはり物事はそう簡単にはいかないものだな、と万里は頭を抱えた。




