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91うちは給料安いからね

 元々、内通者疑惑の話をわざわざ幹部会議にまで持ち出したのは甘利だった。つまりそれは、自分から疑いの目を逸らすために一芝居打ったということだったのだ。

 甘利は自分が捜索・確保に向かう遺産の情報をたびたび敵組織に流していた。それはとりもなおさず、自分ばかりが任務を失敗することを意味する。そろそろ他の人間に不審がられてしまうのでは、と不安になった彼女は、内通者は自分ではない誰かであるとミスリードするために、自分から内通者の存在を仄めかした。そして、他の人間に内通者の罪を擦り付けようと、虎視眈々と機会を狙っていた。

 そんな時、敵異能者と通じていたことが発覚した万里の存在は渡りに船だった。砂川からの一斉連絡を受けた甘利はすぐさま、万里を裏切り者に仕立て上げるため、USBを仕込み、今まさに自分が見つけたかのように振舞った。スケープゴートを見つけたらいつでも実行できるようにUSBを用意していたのだろうが、彼女にとっては運悪くと言うべきか、怪しい動きをした万里は《奇術師の武器庫》の異能者であり、甘利の作戦は完全に裏目に出てしまったわけだ。

 在処が遊んで、もとい、尋問している間、別室では興梠と砂川が甘利への尋問を始めているということで、ようやく足がまともに動くようになった万里は、手錠を外してもらい、在処と白鷺に引き連れられて、そちらの尋問室に向かうことになった。

「余計なことしなきゃいいのに、甘利静祢が駄目押しのつもりで焦って勝手に自滅してくれたってことか。やっぱり日頃の行いがいいと敵のポカに救われるもんだな」

「え、今何か言った?」

「日頃の行いが」

「甘利が素直に喋ればいいけれど、どうかしらね、白鷺」

「無視しないで……」

 万里は悄然と溜息をつく。在処はそれをガン無視して白鷺と話を進める。

「砂川の異能の前でいつまでも強情は張らないでしょうが……」

「いよいよのときは、また《機密文書》を使ってもいいけれど、あまり気は進まないわね。あの遺産は引き出せる秘密の取捨選択ができないから、秘密なら何でもいいから握ってやる、っていうときには便利だけど、特定の秘密を拾い上げるには不向きだってことが、さっき万里に使ってよく解ったわ。なんかしょうもない秘密まで握っちゃったし」

 いったいどんなしょうもない秘密を握られてしまったのかとても気がかりだが、そこは問題を起こした者の罰として甘んじて受け入れるしかない。在処の気になる独り言を、万里はあえてスルーした。

 その時、丁度白鷺の端末に連絡が入った。在処に断って白鷺が通信に応じ、一言二言やり取りをすると、彼は俄かに表情を変えた。廊下で立ち止まり、在処は白鷺を振り返り問う。

「興梠からの報告?」

 白鷺が首肯する。

「甘利が口を割りました。彼女は騎士団に情報を流していたようです」

「……騎士団?」

 話を聞いた万里はすっと背筋が冷えるのを感じた。

 事態がとても、とても拙い方向に進んでいる気がする。





 さて、状況を整理しよう。

 他人に想定外のことに弱いと指摘した手前、自分は何事にも臨機応変に対応しなければならない万里の現在のモットーは、ヤバい時こそ笑え、である。どくどくと尋常でなく波打つ鼓動に気づかないふりを続け、万里は徐々に取り返しのつかない方向に進みつつある現実を直視する。

 救済社に潜む内通者は甘利静祢だった。彼女は騎士団に情報を流していた。遺産蒐集において最大規模の組織に遺産の情報が流されていたとしたら、それは大変に由々しき事態だが、話は更に厄介だ。今回の騒動で、万里が桐子と繋がっていたことが、救済社のメンバーたちの知るところとなった。この事実を、甘利がこの短時間の間に既に騎士団に知らせていたとしたら。

 騎士団は間違いなく、桐子を裏切者と判断するだろう。

 笑えないほどヤバくなってきた。

 これは拙い。とても拙い。万里が下手を打ったせいで、桐子の方の秘密も露見する羽目になる。救済社の方は在処の寛大な処置のおかげで、万里が打ち首にされることはなかったが、騎士団の方が同じく寛容とは限らない。別に万里は桐子から騎士団の情報を貰っていたわけではないが、情報を漏らしていないとしても敵組織の人間と同じクラスで慣れ合っていたというだけで騎士団が桐子を有罪扱いする可能性は高い。

 問題なのは、自身の窮地に桐子が気づいていないことだ。せめて、今が非常に拙い状況であることだけでも伝えたい。とはいえ、この状況で「ちょっと桐子に連絡したいんだけど」と言い出せるほど、万里は能天気ではない。そんなことを言ったら、折角「敵とクラスメイトになっていた問題」を大目に見てもらったのに、ちっとも反省していないと思われてものすごい勢いで絞られるに決まっている。比喩ではなく物理的に絞られて骨を何本か折られるかもしれない。

 どうしたものかと悩んでいる間に、やがて万里たちは尋問室に辿り着く。重い鉄扉を開けると、中は六畳ほどの狭苦しい部屋だ。窓はなく、天井も低く、中にいたら五秒で息が詰まりそうな場所である。床に固定された座り心地の悪そうな金属製の椅子に甘利が座らされていて、両手両足は椅子に括り付けられている。よほど手ひどく虐められたらしくぐったりと項垂れている。彼女を挟むように立つのは、砂川と興梠の二人だ。この三人だけでも窮屈なはずの部屋に、万里と在処と、図体のでかい白鷺まで入ったものだから、人口密度が酷いことになった。

「あっ、社長、お疲れ様っす。白鷺先輩、この人数で先輩までここに来られると暑苦しいっす」

 笑顔でストレートに酷いことを言う砂川に、白鷺は渋い顔をして、黙って部屋から出た。外で見張りとして立っているつもりなのだろう。一番年長者なのに扱いが雑だ。

「それで、甘利は何と言っているの」

 在処が問うと、興梠が小さく頷き首尾を報告する。

「彼女は半年ほど前に、騎士団に寝返り、こちらの情報を流していたのかと」

「ちょっと脅したらぺらっぺら喋り出したっすよ。口軽すぎてプライドなさすぎっすよ」

 砂川は本人の前でも遠慮なく嘲弄しながら補足した。

「あらあら、お金で買われちゃったのかしら。まあ確かにうちは給料安いからね」

 在処が冗談めかして言う。ただし、軽口を叩きながらも目は笑っておらず、更にヒールで甘利の足を踏みつけにかかっているので、静かにキレているらしい。

「どうやら、裏切った理由は金ではなく、騎士団の計画に協力するためだったのかと」

「計画?」

「任務の際に接触した構成員から、『女王計画』に関する情報を偶然引き出したことが切欠かと」

「『女王計画』……あまり聞きたくなかったワードね」

 その口ぶりが万里には引っかかった。

「在処、その計画のこと、知ってるのか」

「ええ。私と騎士団のトップは元々、遺産を使うか使わないかで意見がまとまらなかったけど、それにも増して『女王計画』が原因で大モメして、それで喧嘩別れして別々の組織を立ち上げる羽目になったのだけれど。どうせ頓挫するだろうと思っていたのに」

「何なんだ、『女王計画』って」

「その名の通り、女王様を造り出す計画のことよ」

 在処は意味深な笑みを浮かべた。


★★★


 とても長い一日がようやく終わろうとしていた。くたくたになった体をベッドに放り出し、桐子は深く溜息をついた。

 母校を訪問した時には、まさかこんな大事になろうとは夢にも思っていなかった。救済社の輝とばったり出会い、巻き添えでうっかり誘拐され、根深い陰謀にがっつり絡んでと、盛沢山すぎた。ともかく無事に家に帰ってくることができたのが奇跡と思えるくらいの事案だった。

 もっとも、今回のことを騎士団にそのまま説明するわけにはいかない。説明できない部分が多すぎる。まずばったり輝と出くわした時点で「何故、敵組織の構成員と遭遇しておきながら遺産を奪わないのか。呑気に世間話している場合じゃないだろう」という話になるし、そこからまた別の敵に拉致された話は失態なので恥ずかしくて言いたくないし、窮地を助けてくれたのは結局敵の万里であるというあたりがもう説明しようがない。結論として、桐子は騎士団に持ち帰るべき情報も戦利品もないわけだから、今回の話はもうまるっとなかったことにするのがよいのでは、という気分になっている。

 今日の出来事を丸々なかったことにするには、まずこんな疲労困憊の状態では騎士団のメンバーの前には出られない。とにかく一晩ゆっくり寝て、体力を回復させて、任務に支障をきたさないようにしなければ。

 そう決めて、さあ寝ようという段になって、桐子の端末に連絡が入った。

 寝入りばなを邪魔された桐子はがばりと跳ね起きて、うっかりすると下りそうになる瞼をごしごしこすった。

 ようやく終わろうとしていた一日が、終わらなかった。若干恨めしい気分になりながら、時刻を確認する。もうすぐ日付が変わる。こんな時間に連絡が来るということは、よほど緊急のことだろうか。とりあえず、嬉しい連絡ではなさそうだ。嫌な予感をひしひしと覚えながら電話に出る。相手は上司の永倉だった。

「はい、上原です」

『上原君、夜分にすまない。至急、本部まで来てほしい』

「今からですか? 何か事件ですか」

『ああ、緊急事態だ。既に、君の自宅に迎えの車を出してある』

「解りました。すぐに支度をします」

 こんな夜中に、わざわざ下っ端構成員まで呼び出すとは、よほどの緊急事態らしい。桐子は通話を終えると、素早く着替えを済ませて武器を準備した。

 家を出る。民家が疎らに立つ田舎の裏通りには、街灯が少なく、日付が変わりかけた道はひどく暗かった。そこに、眩しいヘッドライトの明かりが一筋、静かに近づいてきた。

 狙いすましたかのようなタイミングで家の前に停まった社用車は、いつぞやのように、夏井が運転していた。挨拶もそこそこに車に乗り込むと、夏井はアクセルを踏み込みながら厳しい表情で告げる。

「団長から直々にお呼びがかかったようよ」

「え、団長?」

 騎士団の団長といえば、当然騎士団のトップ、一番のお偉いさんである。下っ端構成員の桐子は、遠目に顔を見たことが数回ある程度で、直接話をしたことなどない。雲の上の人みたいな相手である。その団長が、こんな夜中に緊急事態だといってわざわざ桐子に声をかけてきたという。ますます嫌な予感しかない。桐子は頭痛を覚え始める。

「いったい何が起きているんでしょうか」

「私も、詳しいことは知らされていないわ。至急、あなたを迎えに行くようにと課長から指示されて、慌てて出てきたところだから」

「そうだったんですか」

「まったく、こんな時間に緊急事態だなんて、困った話ね。なんだか知らないけれど、手早く済ませましょう」

 そう言って、夏井は他に車通りがないのをいいことに、アクセルをガンガン踏み込んでスピードを上げていった。

 桐子の長い一日は、まだまだ終わる気配を見せず、車中でついに日付を跨いだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王計画。なんか気になるワードが出てきたけどそれより桐子がやばい。 万里は在処と親しかったし《機密文書》もあったし、ふわっと青春だねって感じで後回しにされたけど桐子やばい。 団長とは話し…
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