92騎士団存続にかかわる
夏井の派手にかっ飛ばした運転により、桐子は深夜の騎士団本部に到着した。夏井に先導されて会議室に入ると、待っていた顔ぶれが意外で、桐子は目を瞬かせた。席について待っていたのはたった二人、課長の永倉と、団長だけだったのだ。緊急事態というからには、よほど切羽詰まった状況で、騎士団の総力を挙げて対応するような事態を想定していた桐子は、肩透かしを食らった気分だ。
これから誰かが来るのかと思えば、夏井は会議室の扉に鍵をかけてしまったので、やはり招集されたメンバーは今ここにいるだけで全員ということになる。
団長、課長、係長と、「長」がつく面々に囲まれて、ただ一人下っ端構成員である桐子は、なんだか場違いなような気がして気後れする。途端に回れ右して帰りたくなってしまったが、それを予期したかのように永倉が席に着くように促してくるので、とりあえず末席に座った。
団長の岸優士は、五十代くらいに見えるが実際のところは不詳の男性だ。長身で細身、後ろ姿だけなら数々の異能者を束ねるリーダーというよりも営業マンと言われたほうがしっくりきそうだが、いざ正面から見ると、常に何かに怒っているかのような鬼の形相で下っ端たちを震え上がらせており、秘密結社の長に相応しい威厳を備えていた。
全員が席に着くと、団長は重々しく口を開いた。
「さて、こうして集まってもらったのは他でもない。騎士団存続にかかわる緊急の案件のためだ」
いきなり騎士団存続にかかわるなどと言われてしまって、桐子は一気に緊張する。同時に、ますます、やはり自分は場違いなのでは、という気がしてならなくなった。しかし、なぜか岸団長は、桐子の方を見て話をしているように見えた。
「そして同時に、騎士団の最重要機密にかかわる案件でもある。ゆえに、限られた人員で対処するため、ひとまず最小限のメンバーを招集した。心して聞いてくれ」
団長の言葉に全員が頷く。それを確認してから、団長は語る。
「まず、大前提の話をしておこう。この組織の最高責任者は団長である私ということになっている。だが、実際の組織の要は私ではない。騎士団の頂点にいる最も重要な人物は『女王』と呼ばれる存在だ」
突然始まった話は、脈絡がなく、寝耳に水の話だった。そんなシステムは、桐子は聞いたことがなかったし、それが緊急事態やら最重要機密やらにどうかかわってくるのかもまるで想像がつかない。こっそりと向かい側の夏井の顔を覗き見ると、彼女も初耳らしく、驚いたような、困惑したような表情を浮かべている。ただ、永倉の方はさほど驚いている様子はないので、課長クラス以上の人間には元々知らされていた事実のようだ。ならば尚更、幹部たちだけで話し合えばいいだろうに、なぜわざわざ桐子を呼んで、秘密を知る人間を増やすようなことをしたのか。疑問はぽこぽこと沸いてくる。
「我々は、この私でさえも、女王を守るための駒に過ぎない。言い方は悪いが、駒はいくらでも替えが利く。だが、女王だけは替えが利かない、最も重要な中枢の存在だ。しかしながら――女王はまもなく死ぬ」
「まさか、女王が!?」
永倉が悲鳴のような叫びをあげる。
「それは本当なんですか、団長」
「主治医の話では、もってあと半年らしい。それまでに、手を打たなければならない」
「……課長。女王というのは、どういう存在なのですか。私たち下級構成員には存在すら知らされていない女王とは、何者ですか」
夏井がたまりかねたように口を挟む。岸と永倉の間では状況に対する危機感が共有されているようだが、夏井や桐子にとってはさっぱりついていけない話になっていた。
「順を追って話そう。我々騎士団の目的は、知っての通り、散らばってしまった遺産を回収し、適正に管理することだ。特定の人間が恣意的に利用することがないよう、遺産は漏れなく回収し、厳重に保管する。そうだな?」
「はい」
「そのため、君たち構成員には遺産回収のために日夜尽力してもらっている。特に、上原桐子君――君はまだ若く、騎士団に入ってからの年数は浅いものの、他の構成員に引けを取らないほどに活躍してもらっている」
急に名前を出された桐子は、咄嗟には「はい」とも「いいえ」とも言えず、曖昧に頷くしかできなかった。
「さて、そこでだ。君は、回収した遺産が実際にどのように保管されているか考えたことがあるか」
「え? それは……鍵のかかった金庫室に入っているとか、そういうことじゃないんですか」
遺産の具体的な管理方法までは、桐子は改めて考えたことなどなかった。桐子はただ、遺産を回収し、それを上司に渡しておしまいだったのだから。言うなれば、桐子の役目は現場仕事であり、その先の難しいことは守備範囲外である。
ただ、遺産の目録はデータベース化した上で原本は厳重に保管されているという話だから、遺産も同じように管理されているのだろうと思っていた。大きな金庫室のような場所があって、その金庫には厳重に鍵がかけられていて、限られた人間しか出入りできない、などという運用を漠然と想像していた。
というか、それ以外に何かあるのか、というのが、藪から棒な質問をされた桐子の率直な感想だ。貴重品の保管方法に、そんなにいろいろと選択肢はない。ディンプルキーかカードキーか暗証番号方式かくらいなら選べるかもしれないが、大枠としては変わらない。だから桐子は今までわざわざ深く考えたことがない。
岸は桐子の答えが予想通りらしく、一つ頷いて話を続ける。
「遺産は元々、目録に封じられていた。遺産が本来在るべき場所は目録の中だ。目録は遺産の説明書であると同時に、遺産を封印しておく金庫というわけだ。騎士団が保持しているページに書かれた遺産については、元通りに目録に遺産を封じて、その目録はごく一部の人間しか触れられない場所にある。ここまではそれで問題ない。問題となるのは、我々が持っていないページに書かれた遺産だ」
つまり、本来の、モノがぴったり収まる金庫が手元にない状態で、モノだけ手に入れてしまった場合が問題となる。
「騎士団は多くのページを保有しているが、それと同じくらいのページを救済社が持っているし、他の組織が持っているページも少なくない。そもそも、既に破損して現存していないページがある可能性すらある。つまるところ、我々が保有していないページに書かれた遺産は一定数存在しており、それらについては手に入れたところで、封印する手立てがないのだ。では、封印できない遺産は単に金庫に入れておけば安心か? 否、そうとも言えない。知っての通り、遺産は人が触れずとも、自然物と融合して暴走することや、適合率の高い人間に引き寄せられて勝手にどこかへ行ってしまうことがある。通常の金庫に入れておくだけでは、安全とは言い難いのだ」
目録に封じることもできず、いくら厳重に鍵をかけた部屋に入れておいても、超常の力を持つ遺産にしてみれば、壁だの鍵だのはあってないようなもの。では、いったいどうすれば安全に保管できるのか。
「一つだけ確実な方法がある。人間と融合してしまえばいいのだ。遺産は人間に取り込まれ、異能者の一部となってしまえば、その人間が使おうとしない限り、能力は発揮されない。勝手に動き回らないし、他の人間がどうこうすることもできない。遺産を使うためではなく、遺産を管理するために、その身に遺産を取り込んだ金庫としての異能者――それが、女王だ」
「ま……待ってください。その話には、疑問があります」
桐子は思わず声を上擦らせる。突拍子もない、衝撃的な話だった。「へえ、そうなんですか」では到底流せない話だ。
「遺産の数は膨大です。私もそこそこの数の遺産を持ち帰っていますし、目録に載っていないものを手に入れたこともありました。それらを全部その方法で管理するとなれば、いったい何人の『女王』とやらが必要になるんですか」
「君の疑問はもっともだ。遺産には相性があって、一人の人間が高い適合率を以て操れる遺産は一つ……多少の例外があったとしても、せいぜい二つか三つが限度だ。たくさんの遺産を自由に操れる者は普通はいない。だが、あらゆる遺産と適合することができる、特殊な人間が存在するのだ。どんな遺産に対しても高い適合率を示し、すべてを受け入れる特異体質の人間が。ゆえに、女王は一人で事足りる。そういう人間こそが、女王たりえる」
何ごとにも例外やら特殊体質やらは存在するものであり、遺産に関してもその例に漏れず、金庫となれる資質を持った特異な人間というのが存在するらしい。ゆえにたった一人の「女王」による確実な遺産の保管というシステムが可能ということだ。
「……では、もう一つ。その『女王』は、あらゆる遺産の力を手中に収めることができるわけですよね。その『女王』が遺産を恣意的に使うことがないと誰が保証するんですか」
「それも当然の疑問だ。いくら本人が『遺産を使わない』と口先だけで言ったところで、誰も信用はできまい。約定など舌先三寸で反故にしてしまわないとも限らない、それができてしまうだけの力を手に入れてしまうのだから」
「では」
「だから、女王には眠り続けてもらう。意思さえなければ、遺産は発動しない」
岸は表情一つ変えず、淡々と言い切った。当たり前のことのように、何も不思議なことはないというように言い放った。
桐子は岸の話を咀嚼して、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
つまるところ、女王とは犠牲だ。最重要機密だの、組織の中枢だのと言っているが、そんなたいそうなものではない。「女王」として祀り上げたたった一人、特異体質の存在を犠牲にすることで、遺産を制御している、それが騎士団のいう「適正な管理」だ。
「大前提の話が済んだところで、本題に入ろう。現在、女王は夢咲希という女性が務めている。だが、彼女は持病の悪化により、主治医に余命半年と診断された。いかに適合率が高かろうと、死してなおその身に遺産を宿し続けることは不可能であろうというのが我々の見解だ。つまり、騎士団の金庫がまもなく壊れるということだ。何の対策もせず女王の死を迎えれば、彼女が取り込んでいた遺産が放出される。騎士団員たちが命がけで集めてきた遺産が再び散り散りになる可能性がある。早急に、次代の女王を擁立する必要があるのだ」
替えの利かない存在の代わりが必要だという、無理難題。
そして、岸は射貫くような目で桐子を見る。
「なぜ私がこの場に君を呼んだか、もう理解したな?」
どんなに鈍くても察しはつく。
思えば、最悪の遺産研究者・名張は桐子を見て「貴重な資質を持っている」などと言っていた。意味が解らず、また状況が緊迫していたので、その言葉の真意を問うことはせず流してしまったが、今になってあの言葉が利いてきた。あの男は気づいていた、岸が気づいているのと同じことに。
桐子はごくりと息を呑み、忌まわしいもののように言葉を吐き出した。
「……私が、女王とやらの資質を持っているんですね」
岸は首肯する。それから拒否など認めないというように重々しく告げる。
「君には女王の役目を受け入れる義務がある――救済社の構成員と繋がり組織を裏切っていながら、拒否できる立場だと思っているわけではあるまい」
なぜ、と思うより前に、桐子はただ、「最悪のタイミングでバレたものだ」と天を仰いだ。




