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67しばしばじゃないです

 二学期制を採用する舟織第一高校は、夏休みが明けた後の最初の登校日はあくまでも「休業明け集会」なのだが、生徒たちは勝手に始業式と呼ぶ。夏休み開始前の休業前集会と同じだ。誰だって口に出すときは、音が短いほうがいいに決まっている。

 ただ、校長のありがたい話が終わった後はすぐに放課となって生徒たちが浮かれはしゃぎ始めていた七月某日とは違い、休業明け集会は、終わった直後にそのまま実力考査に移行する。はしゃいでいる暇はない。長い休暇に遊び惚けていた者はもれなく地獄を見るシステムである。

 夏休みの宿題を計画的に進めていた桐子は、休業前までに授業で習ったことを忘れてはいなかった。いつも通りの実力を発揮し、実力考査ではそこそこの手ごたえを感じていた。二日間の日程で試験を終え、これまた教師陣が採点業務を頑張ったのか、試験の翌日の水曜日には掲示板に順位表が貼り出された。

 入学以来何度かの試験を経験したわけだが、桐子はもはや恒例行事になっているかのごとく、朝の掲示板に群がる生徒に交じって順位を眺め、自分の順位が二位であることを確かめ、その上に当たり前のように鎮座している万里の名前を見つけ、内心では地団太を踏みそうなくらいに悔しがりつつも表面上はクラスメイトの健闘を称えた。対する万里は、万年二位に甘んじている桐子の成績を、いや十分すごいじゃないかと称賛するが、それが大変空々しい言葉であることは桐子が一番よく解っているので、彼女はやはり歯ぎしりしそうな勢いで心の中では「この性悪男め」と叫んでいた。

 そして、試験が終わってしまえば、授業も部活も通常運転へ。夏休みボケした生徒たちは徐々に進学校の教師陣のスパルタな教鞭を思い出し、部活の先輩の恐るべきシゴキあるいはゆったりふんわりとしたマイペースな雰囲気を懐かしく感じながら、慣れた日常へと回帰する。

 そんな中、普通の日常のはずだった桐子の学校生活に、小さな波紋を呼ぶ出来事が迫っていた。




 金曜日、桐子がちょうど行き合った雪音、伊吹と一緒に部活に顔を出すと、部長の弓香が挨拶もそこそこに「みなさんに重大発表です」と声を張った。大仰な前置きに、三人は顔を見合わせる。弓香の明るい表情からすると、良いニュースであるようだが。

「実は劇の依頼が来ているんです」

「依頼ですか」

「そうです。うちって、人数も予算も少ない弱小演劇部で、コンクールとかって軒並み出られないでしょう。だから、外部に向けてやるってなると、どこかからの依頼を待つか、人脈を駆使してどこかに売り込むかってところなんですけど。対外実績がないと顧問からどやされるので、度々頭を悩ます問題なんですが、このたびめでたく依頼が来ました」

「どうしてうちに依頼が?」

 弱小すぎて対外実績は殆どなく、廃部の危機をなんとか乗り越えたところで部員は八割が初心者、そもそも舟織一高に演劇部が存在するという事実すら外部の人間は知らないのではないかと思われる状況だ。にもかかわらず、いきなり依頼が来るというのはいったいどういう奇跡なのだろう、と桐子は不思議に思う。

「たまに来るんですよ、依頼。何代か前の先輩が小学校に呼ばれて演劇をしたことがあるらしいんですけど、それがそこそこ評判で、口コミでじわじわと広まっているようなんです。あとは、まあ、他の演劇部はコンクールの練習とかで忙しくてやってる暇がないからうちにお鉢が回ってきたっていうのもあるでしょうけれど」

 そこまで赤裸々かつ自虐的なことを言わなくてもよいのでは、と桐子は苦笑する。

 雪音と伊吹は、実に文化祭公演依頼、久々すぎる出番の予感ににわかに興奮した様子である。

「依頼って、どんなのですか」

 伊吹が問うと、弓香はテーブルの上に置いてあったプリントに目を通しながら言う。

「ざっくり言うと交通安全教室のスタッフですね。主に小学生から中学生までを対象にした教室の一環で、劇をやってほしいとのことです」

「そういえば、私たちが小学生の時も学校でやっていたよね」

 雪音が言うので、桐子も小学校の時の記憶を引っ張り出してみる。確かにあったような気がする。手を挙げて横断歩道を渡るところから始まり、赤信号で道路を渡ろうとした生徒役の人が走ってきた車に轢かれるところまで、子供向けでありつつもかなり気合の入った演技をやっていたような気がする。

「じゃあ、今回の依頼元は学校ですか」

「いえ、帆引学園っていう児童養護施設です」

 つい最近聞いたばかりの名前に、桐子は内心でどきりとする。すぐさま桐子の中では、破壊庁の異能者・初瀬御世の言葉が再生される。

『私は事故で両親を亡くして、他に身寄りもなくて、十五歳から「帆引学園」という施設で育った』

『里親に引き取られたと思っていた子どもたちのうちの何人かは、実際には遺産を研究する組織に引き渡されていた』

 初瀬御世は帆引学園の出身で、施設から里親に引き取られていった子どもたちの「末路」を偶然知り、遺産を破壊することを至上目的とするに至った。彼女から聞かされた施設の名前を桐子はしっかりと覚えていたわけだが、そこを訪れることになるとは、奇妙な偶然というか、因果なことというか。

 いや、それよりも問題は、子どもたちが連れ去られていたことに、施設側が関与していたのかどうかというところだ。施設は何も知らずに、里親のふりをした人間に子どもを引き渡していただけで何も知らなかったのか、それとも施設と遺産研究組織には繋がりがあったのか。

 もしも繋がりがあったとしたら――すなわち、組織と施設がグルになっていたのだとしたら、初瀬が施設を放置しておくとは思えない。遺産を壊して回る前に、まずは施設を壊滅させていそうなものだ。帆引学園は健在のようだから、施設側は白なのだろうか。しかし、共謀しているとしたらその事実は巧妙に隠蔽されるだろうから、初瀬が突き止め切れていないだけという可能性は否定できず、簡単には判断できないところだ。

 これを機に、施設に探りを入れるのがいいかもしれない。ほかの部員たちが真面目に劇の構想を練っている間、桐子はこっそりと仕事のことを考えていた。学校に仕事の話は持ち込まない協定ではあるのだが。

 そういえば、と桐子は不思議に思う。その協定を結んだ相手である万里は、なかなか部に顔を出さない。時刻は四時十五分をすぎていて、真面目に清掃をしていれば、いい加減終わっていていい頃のはずだ。

 よもや部活の存在を忘れているのではあるまいなと、桐子が気を利かせて連絡を入れてやるべきか悩み始めたころ、部長のスマホに万里からの連絡が入ったようだった。

 部長曰く、万里は急用で部活を休むということだった。


★★★


 部長への連絡を済ませた後、万里は「急用」の方を片付けるべく、速足で救済社に向かった。学業優先、部活優先と言い切った社長が、平日のまだ明るいうちに万里を呼びつけることは、今まで滅多になかった。それゆえに、「今すぐ会社に来て」という在処からの連絡は、そこそこの緊急事態であることが窺えた。万里は文句ひとつ言わずに会社へ駆けつけた。

 指示されたとおりに会議室へ入ると、長テーブルを囲んで数人の幹部メンバーが集結していた。いずれも実力のある異能者ばかりで、まさしく壮観といった図なのだが、万里は「なんだか面倒くさいことになってそうだな」と嫌な予感をひしひしと感じていた。

 どうやら招集されたメンバーは万里で最後だったらしく、席に着いた途端に、最奥の席に陣取る在処は早速口火を切った。

「皆に集まってもらったのは他でもないわ。実は、救済社の中に、他組織に情報を漏洩させている内通者がいるという疑惑が上がっている」

「内通者?」

 室内が緊張感のあるざわめきで満たされる。

「甘利(アマリ)が最近関わった案件なのだけれど、回収に行った遺産が尽く、直前に敵組織に奪われているということよ。誰かが情報を流して、うちより先に回収させるようにしているのではないか、と」

 在処の説明に、入り口に一番近い席、丁度万里の向かい側に座る甘利静祢(シズネ)に注目が集まった。甘利は神経質そうな顔で、眼鏡をくいっと指で持ち上げる。

「ここ最近、ワタシが駆けつけると、すんでのところで獲物を掻っ攫われるのです。何者かの思惑が働いているとしか思えないのです」

 目の前で標的を奪われるのは気分が悪いものだ。甘利が憤慨するのも解らなくはない。とはいえ、いつもそれを「やられている側」ではなく「やっている側」の万里は、下手なことは言わないでおこうと、とりあえず黙っておく。

 憤然とする甘利だが、隣に座る後輩女性・砂川時香(スナガワトキカ)はけたけたと笑いながら、甘利の訴えを一蹴する。

「そんな偶然にいちいち誰かの思惑だのなんだのって陰謀論を疑ってたらキリがないっすよ。そんなこと言ったら、いっつもいっつも騎士団の異能者とかち合って毎度毎度遺産取り逃してボコられてる碓氷はどうなっちゃうんすか」

「そこまで取り逃してないしボコられてもいません、砂川先輩」

 だいぶ話を盛られていたので、万里はたまらずツッコミを入れた。

 重要な会議にもかかわらずTシャツにジーンズという、彼女の中にはオフィスカジュアルの概念が存在していないのかもしれないと疑わせるような格好の砂川は、特に気分を害したふうもなく続ける。

「甘利先輩の被害妄想っすよ。自分の任務が上手くいかないのを、いもしない内通者なんかのせいにしてるだけと見たっす。先輩、業績悪いからって、そんなに必死になんなくても大丈夫っすよ」

「砂川はもう少し自分の業績に真面目に向き合ったほうがいいわよ」

 在処がちくりと釘を刺した。ここに集められた幹部メンバーの中で、一番遺産の回収実績が少ないのは砂川である。業績が悪いからといって給料が下がるわけではないが、それにしても砂川には危機感が足りなすぎると常々在処がぼやいているのを、万里は知っていた。

「だいたい、仮に内通者がいたとして、どうして甘利先輩ばっかり任務失敗するように仕向けるんすか。情報を漏らしてるなら、他のメンバーも平等に失敗するはずじゃないっすかね。まあ、確かに碓氷はしばしば失敗してるっすけど」

「しばしばじゃないです、ときたまです」

 「しばしば」と「ときたま」ではだいぶニュアンスが違うので、万里は自身の名誉のために訂正を入れる。砂川は気にせず話を続ける。

「たとえば白鷺(シラサギ)先輩とかは、現場に滅多に出ないから母数は違うものの失敗なしのパーフェクトっすよね。別に、甘利先輩が担当した遺産が特別貴重なものに偏っているってわけでもないでしょうし、内通者がいるから甘利先輩が遺産を取ってこれない、っていう説は無理があるっすよ」

「ワタシの成功を妬んでいる人間の仕業なのです。内通者の狙いは、情報の対価として報酬を得ることより、ワタシを貶めることにあるのです。ゆえにワタシばかりが失敗させられているのです」

「そりゃ被害妄想がすぎるっすよ、先輩」

「アナタの仕業ではないのですか、砂川さん」

「心配しなくても、甘利先輩のことを妬んでなんかいないっす。私は自分の業績を気にしてないんで、他人の業績も気にしないっす」

「いえ、だからあなたは少しは自分の業績を気にしなさいよ」

 在処が呆れかえっていた。

 大丈夫かこの会議、と万里は今更ながらに心配になってきた。

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