66もう下手な誤魔化しは
あまり悠長に項垂れている場合でもない、ということに万里は気づく。異能力による結界が解かれたため、万里がいるのはもう、外界から隔離された空間ではなくなった。そしてここは老若男女でにぎわう夏休みの水嗚ドリームパーク。すぐにでも一般客が通りかかってもおかしくないのだ。
万里と桐子は、戦闘の後にふさわしく、ぼろ雑巾のようななりである。服はあちこち擦り切れていて、いくらイベントで走り回ったとしてもレジャー施設でこんなにぼろぼろになりようがない。明らかに遊園地らしからぬ行動をしていたことが丸解りではないか。
せめて着替えが欲しい。このあちこち切り刻まれてほとんど使い物にならなくなっている服をどうにかしたい。ちゃんとした身なりになれば、ぎりぎりごまかせる可能性も出てくると思うのだが。
そんな無茶なことを祈っていると。
「碓氷君、貸し十で着替えを譲ってあげようか?」
人の弱みに付け込むように悪徳な台詞を吐きながら近づいてくる者がいた。振り返ると、見知った男女二人組。生徒会長・帯刀深雪と、副会長・紙村叡だった。
「たいとー会長に、紙村副会長。なんでここに?」
「なんでって、夏休みなんだから、ドリームパークで遊んでいたっていいじゃないか」
諏訪美恋撃滅命令のメッセージが来た時点で、帯刀がドリームパークにいることは察しがついていたので、万里の疑問はそこではなく、「なぜ狙いすましたかのように戦闘直後の場所に現れたのか」という点にあるのだが。
「それよりも、はい」
帯刀は持っていた紙袋を差し出してきた。中には衣服らしいものが覗いている。
「普通の人間は無意識のうちにこの場所に近づかないようになっていたようだったけど、これでも私は異能者の端くれだから、正体不明の青い壁でこの場所が隔離されているのを把握してね。まあ、こんなことになっているんじゃないだろうかと思って、売店で買っておいたんだよ、着替え。ドリームパークのマスコットキャラがプリントされている可愛らしい服でよければ、譲ってあげるよ、貸し十で」
「ふだんは生徒を守るのが使命って豪語してるくせに、なんでそんな弱みに付け込むようなことするんですか」
万里が今まさにツッコみたいと思っていたことを、心を読んだかのようにそっくりそのまま口に出したのは、帯刀の隣に控えていた紙村だ。副会長の顔と名前は知っていた万里だが、彼がこんなに饒舌に喋るところは初めて見た。
「まあ、この際、貸し十でも何でもいいですよ。こんな格好じゃ、伊吹や芦屋に言い訳ができませんから」
苦渋の決断で万里は着替えを受け取った。中には帯刀が宣言した通りのキャラTシャツが二着用意されている。ということは、これは桐子の分も含まれていることになるわけだが、彼女の分の着替えを譲ってもらったのに、桐子は何の対価もなしでなぜ自分だけ貸し十なのか、と万里は若干釈然としないものを感じる。とはいえ、万里は桐子に対する借りも大量にあるので、着替えと一緒に貸しを横にスライドさせて相殺すればいい話だ。
万里が地道な返済計画を練っていると、「碓氷君じゃないですか!」と横合いから名前を呼ばれどきりとする。振り返ると、女子二人組が歩いてくる。そのうちの一人は演劇部部長の柳沢弓香で、隣にいるのは渋谷真里菜である。
この二人が知り合い同士であったことに軽い驚きを覚えるが、そんな小さな発見などどうでもよくなるくらい、問題のある状況だと気づき万里は顔を引きつらせる。
「上原ちゃんも! 二人もドリームパークに来てたんですね」
偶然の出会いを無邪気に喜ぶ弓香。一方、渋谷は状況が掴めず混乱しているようで、不思議そうに首を傾げている。
「弓香さんの言ってた『上原さん』と『碓氷君』って、二人のことだったのね……でも、あら、やっぱりおかしいわよね……」
かつて自分に接触してきた敵対組織のエージェントが、実は同じ高校で同じ部活に所属しているという異常な状況に気づいたらしく、渋谷が眉間にしわを寄せて考え込んでいる。何かの間違いじゃないかと思案しているようだが、恐ろしいことに、間違いなく事実なのである。
「それにしても、すごい偶然があるものですね。たいとー会長たちも来てるし……というか、今更なんですけど、二人とも、どんなエキサイトなことをしたらそんな格好になるんですか」
「やっぱり私が何か勘違いしているのかしら、おかしいわよね……二人とも、一緒の部活……あの、実はどっちか双子の兄弟がいるなんていうことは……」
弓香からは今一番ツッコまれたくないところに容赦なく触れられ、渋谷は混乱の境地に至っている。万里はどう答えたものかとしどろもどろで、桐子のほうは事態収拾の役目をぶん投げて自分からはなにも弁明の言葉を口にしようとしない。
自分一人じゃ収拾できない、勘弁してくれ、と万里が匙を投げかけた時、帯刀が助け舟を出してくれた。
否、助け舟というより、全員まとめて沈没させる爆弾だった。
「もう下手な誤魔化しはいいんじゃない? ここにいる全員、異能者だし」
「え??」
帯刀と紙村以外の四人全員が声をそろえて驚いた。
それぞれの能力をなぜか完全に把握しているのは帯刀と紙村の二人だけだった。弓香は部活の後輩と親しくしているOGとが異能者であることを知らなかったし、万里と桐子は部活の先輩が異能者であるとは夢にも思っていなかったし、渋谷は弓香や生徒会長・副会長まで異能者とは考えていなかったわけだ。
さらに言えば、弓香はいつも仲良くしているように見えていた後輩二人が実は宿敵同士だとは初耳だったわけだし、渋谷には敵同士だと明言していた二人が驚くべきことにクラスメイトにして同じ部活の仲間であるなど信じられない話であった。
かくして、それぞれが秘密にしていた諸々の事実は「ほんのちょっと」と言うには限界があるくらいの人数には知れ渡ってしまった。
緊張感が漂い始めたメンバーが、「とりあえずこのメンバー以外には口外しない」ということで一応の妥結に至るまでには、そう時間はかからなかった。
イベント受付に戻ると、半ば予想していた通り、雪音と伊吹はすでにラリーを終えて戻ってきていた。自慢げな顔で全問正解のカードを掲げ、伊吹はにやっと笑う。
「二人とも、遅かったなぁ。そんなに手こずったのか?」
「まあね。そっちは、結構早く終わったのか?」
「芦屋が快進撃を見せたぜ。俺が全っ然ひらめかないのに、すぱっと解いちゃってさ」
伊吹の称賛に、雪音は面映ゆそうに微笑んだ。
「待たせちゃってごめんね。万里が足を引っ張るから」
「いやあ、桐子が思いのほかぽんこつで」
さらりと責任転嫁しようとした桐子に後れを取るまいと、万里はにこにこ笑いながら桐子を扱き下ろす。実際には、クイズに手こずったわけではない。予定外の事件が色々と起きたせいで、かなりの時間を浪費してしまったのだ。戦いを終えた万里たちは、クイズラリーの途中だったことを思い出して、猛スピードでクイズをこなす羽目になった。イベントを楽しむ、という発想はもはや消え失せ、いかに「ちょっとクイズで手こずっちゃっただけ」とぎりぎり言い張れる時間内に全問題を消化するか、というところが最重要課題となっていた。疲労困憊の身にもかかわらず、園内を全力で駆けずり回った甲斐があり、伊吹たちが怪しんでいる様子はなかった。
「あ、っていうか、二人とも、ちゃっかりドリームパークのTシャツ買ってるね」
雪音が目ざとく指摘する。まあ、目ざとくも何も、マスコットキャラがでかでかとプリントされたTシャツを堂々と着ているので、もうばればれなのだが。
「お店の前を通りかかったら、つい欲しくなっちゃって」
「それで、二人でペアルック?」
「……」
適当に誤魔化そうとしていた桐子だったが、雪音の問いに凍り付いていた。着替えを用意してくれたのは帯刀だったが、そこまで気が回らなかったのか、単なる嫌がらせなのか――かなりの高確率で後者だと万里は思っているのだが――用意された服は同じ柄のものだった。なんだかものすごく仲のいい二人組みたいに見えてしまうが、決してそんなことはないんだと、万里は巨大な穴を掘ってその中に叫び込みたいような気分になった。
「そ、そういえば、記念品、二人はもうもらったのか?」
桐子が返答に窮したのを誤魔化すべく、万里は強引に話題を変える。
「うん。キーホルダーだって」
雪音が掲げて見せたのは、マスコットキャラ・ばっくんが金色の星を抱えているデザインのキーホルダーだった。
「かわいいよね。いくつか種類があって、配布はランダムらしいんだけど。桐子たちも早く行ってきなよ」
雪音に促され、万里と桐子も受付にカードを見せて、やっつけ仕事の割にはきちんと全問正解できたようで、記念品を受け取った。スタッフの女性は、偶然なのか、万里たちの格好を見て気を利かせたつもりなのか――困ったことに後者だと万里は思っているのだが――渡されたばっくんは真っ赤なハートを抱きしめているデザインだった。ドリームパークに不釣り合いな渋面になってしまうのも無理からぬことである。だから別に仲良しではないんだってばと、とにかく声を大にして言いたい気分だ。
ともあれ、こうしてやたらと長い一日は終わった。
夏休みもまもなく終わろうとしていた。




