68全員もれなく叩き潰せば
あの二人の女性たちには何か確執があるのだろうかと、砂川と甘利の応酬を、万里は他人事のように聞いていた。そのうち、いまいち噛み合わない上になかなか進展しない不毛な言い争いを見かねたらしく、在処に一番近い席で傍観していた年嵩の男・白鷺文月が進言した。
「甘利の考えすぎ、という可能性も大いにあるが、何の調査もせずに『お前の気のせいだ』と言うのでは甘利は納得すまい。我々の仕事柄、情報の管理は徹底する必要がある。ここは一度、内通者などいないと、各々潔白を証明するのがよかろう」
何事においても生真面目な白鷺が生産性のある提案をしたが、肝心の社長の在処は、早くも退屈そうに頬杖をついてぼんやりしている。甘利がしつこく頼むから一応緊急ということで招集してみたけれど、多分に甘利の勘違いっぽいし、砂川は混ぜっ返すしで、すでに辟易気味なのだろう。
「ええと……潔白を証明っていうのは、具体的に何をするつもりなのかしら、白鷺」
「支給している通信端末を回収して、怪しい連絡の履歴がないか調べるのがよいでしょう。情報を漏洩させているなら、何かしらの痕跡が残っていてしかるべき」
その提案に異議を申し立てたのは、白鷺の向かいに座る長髪の女性・興梠小梅である。
「白鷺さん、それはあまり意味のないことかと」
若干陰気くさく、ぼそぼそと聞こえにくい声で話す女性だが、いつも言っていることは割と正論なので、周りは興梠の発言に傾聴する。
「組織から支給された端末で組織の情報を漏らすのは、あまりに愚かかと。犯人が――仮に犯人がいたとしてですが――そんなに簡単に足がつくような方法を取るとは考えにくいかと」
「では、貴殿は何か他に考えがあるのか」
「方法はいくつか考えられるかと。支給端末以外の携帯電話やPCなどの調査、GPSによる行動監視、会話の録音……他にもいろいろあるかと。ただ、さほど根拠が強いわけでもない段階で実行に移すには、プライバシーの問題がありますので、どこまでするかは社長の判断を仰ぐべきところかと」
「ふむ、貴殿の意見は至極妥当だ。社長は如何様にお考えか」
社長のゴーサインが出れば、構成員たちに徹底捜査が入る、という流れ。ここにきて万里は、実は今、自分はとてもまずい状況なのでは、と思い当たる。
支給端末以外――プライベート用のスマホを、万が一見られたら。
無論、万里は誓って情報漏洩などしていないが、端末には上原桐子の連絡先が入っている。もうこれは、アドレス帳の名前を見られるだけでアウトだ。なぜプライベート端末に敵組織異能者の名前が入っているのかと問い詰められたら、言い訳ができない。実はクラスメイトで、そのことは黙っていましたという、恐ろしい爆弾的事実にまっしぐらである。こんなことがばれたら、やってもいない内通の罪まで着せられてしまう。何しろ弁明のしようがないし、連絡先が入っていると解った時点で「アドレスは交換していましたが情報は漏らしていません」などという説得力のない言い訳を信用してもらえるわけがない。クラスや部活動の事務連絡で散々メッセージを送りあっているから履歴もたっぷり残っている。今更削除しても、本気でサルベージされたら意味がない。
ここは断固として、こんなプライバシーの侵害みたいな方策は阻止しなければ。万里は緊張で心臓がばくばくいっているのを隠して平静を装い、必死なことがばれないようにさりげなく進言してみる。
「そこまでやるほどのことかな。ちょっと神経質すぎるんじゃないですか。だいたい、救済社に何人の構成員がいると思ってるんですか。全員を徹底的に調査するとなると、えらいコストがかかりますよ。あからさまに怪しそうな容疑者が絞れているならやりようもあるでしょうけど、そもそも内通者の存在すら確実でない段階で全員を調査ってなると、難しいような気がしませんかね」
「相変わらずの面倒くさがりだな、碓氷」
白鷺が苦笑する。いつも面倒くさがっている奴と思われていたことは若干心外だが、怪しまれた様子がないので、万里はひとまず安心する。
「私もそういうのはどうかと思うっすね。プライベート端末提出したら、私と彼氏のメールとか覗かれ放題なわけっすよね。それはちょっと遠慮したいっす」
更に砂川も反対に回って、万里にとってはいい流れに傾いてきた。
「誰もお前とお前の彼氏のメールに興味はないぞ、砂川」
「解ってないっすねえ、白鷺先輩。実際に覗いたか覗いていないか、覗いた人が興味津々だったか興味なかったかはこの際関係ないんすよ。職場の人間がプライベートにまで介入して覗き見できちゃうっていう状況がもうアウトって話っすよ。これ強制したらパワハラっすよ、パワハラ」
「最近の若い人は何でもすぐに『ハラスメント』扱いするから困ったものなのです」
「甘利先輩、『最近の若い人』の中に入れなかったからって拗ねないでほしいっす」
「砂川がガンガン煽っていくのはわざとなの? ただの天然なの?」
在処が今にも噴火しそうな甘利を気にして若干引き気味に呟いていた。
「ところで、砂川、お前はそもそも彼氏が存在したのか」
「うわっ、白鷺先輩それセクハラっすよ」
「またそうやってハラスメントを持ち出すのですよ」
「こう見えて私は三人の男の子と付き合ってるっすよ」
「過去形でなく現在進行形なのか? それは世にいう三股ではないのか」
「年齢イコール彼氏いない歴になるよりはマシっすよ」
「砂川さん、今すぐ表に出るのです」
甘利が淡々とキレた。白鷺が年長者らしく「どうどう」と宥めにかかる。砂川はなぜ怒られているか理解できないようできょとんとしていて、そんな部下たちを眺めて在処は溜息をついている。
「ここにいる全員、心当たりはないようだし、とりあえずこの話はいったん預からせてもらうわ」
生産性のない会議に食傷気味らしい在処が話を畳みにかかった。
「あなたたちは、そうね、とりあえず、部下の行動には目を光らせておきなさい。万が一怪しい動きをする者がいたら、私に報告を。以上、解散」
在処が宣言した瞬間、真っ先に砂川が「早くデート行かないとっすね」と楽しそうに言いながら退席し、それを恨めし気な目で睨みながら甘利が後を追うように出ていった。
万里もさっさとアパートに戻ろうとして席を立つと、プライベート用のスマホがメッセージを受信した。歩きながら確認すると、相手は伊吹だった。今日の部活のことで、連絡をくれたようだった。
『来週の土曜日に、帆引学園って施設に行くことが決まったぜ。次の部活には来れそうか?』
返事を打とうとしていると、後ろから在処に呼び止められた。
「万里、ちょっといいかしら。あなたに一つ、仕事を頼みたいのだけれど」
「何か遺産の情報があったのか」
「いえ、調べてほしい男がいるのよ」
在処が一枚の写真を寄越す。写っているのは喫茶店風の場所でコーヒーを飲んでいる男だが、アングルが明らかに隠し撮りである。
「名前は御子柴。鷺沼幹人のことを調べているうちに、どうも過去にこの男と接触があったらしいところまでは掴んだの」
当たり前のようにさらりと飛び出した名前に万里は首を傾げる。
「鷺沼幹人って誰だ」
在処が心底呆れ果てた顔をする。
「あなたが五月に遺産を分捕ってきた相手よ。二重保持者を名乗ってたっていう。あなたが報告したんでしょう」
「あー、いたいた、そんな奴」
本気で忘れていた。
「本人から情報を引き出せればこんなに苦労はなかったのに」
その本人は帯刀深雪の手によって廃人同然に変えられてしまった。今思えば、あの男も帯刀の逆鱗に触れてしまったわけだが、当時の万里はそんなことなど知る由もなかったので、「ばったり出くわした保持者から遺産を奪ったけど、目を離した隙に廃人になってました」といい加減な報告をしていた。遺産を回収したのだから在処は文句こそ言わなかったが、面倒くさそうな顔をしていたような気がする。
「で、鷺沼と接触していた男、御子柴が、何だって?」
「『斡旋者』ではないかと踏んでいるの。この男から斡旋者の組織まで辿り着ければ……」
「――了解」
万里は在処の言わんとするところを理解し、受け取った写真を《武器庫》の中へ消した。
「この男から、組織の人間を芋蔓式で引っ張り出して、全員もれなく叩き潰せばいいわけね」
★★★
一分の一スケールで車の模型を作って信号無視の高校生を撥ね飛ばすシーンを作ろうとまで言い出した弓香を「いやそれはちょっと」と苦笑交じりに宥めつつ劇の構想を練ったところで、この日の活動は終了した。
あまり準備時間がないので、緩い活動がモットーの演劇部にしては珍しく翌土曜日も集まることになった。弓香からもらった詳細のメールを、桐子は自宅の部屋で読み返していた。
すると、今日の活動に顔を見せなかった万里から一年生メンバーあてにメッセージが届いた。
『バイトが忙しくなって、しばらく部活に行けないと思う』
さらに、そういう事情なので来週の帆引学園での劇にも参加が難しい旨と、謝罪の言葉が続いていた。
それから追加で、桐子にだけ補足連絡が届いた。
『別に抜け駆けするわけではないから。演劇頑張って』
休戦協定を結んでいる義理で、部活そっちのけで遺産を集めに行くわけではない、と弁明する必要を感じたのだろう。律儀なことだと思いながら、桐子は「了解」と返事を出す。
遺産蒐集ではないとしたら、いったい何がそんなに忙しいのだろうと不思議に思うが、敵組織の事情などで深く考えるのはよそうと、桐子は意識を切り替える。万里のことも気になるが、目下、それ以上に桐子が気がかりなのは帆引学園のことである。
初瀬御世を遺産の破壊者に駆り立てた、帆引学園の子供たちを巡る事件。帆引学園は、白なのか黒なのか。桐子は演劇部の活動を口実に堂々と施設に乗り込み調べを進める算段を立てていた。




