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48それはやけ食いの一種かい

 これから急遽、傷心の久世を慰める会を開催するということになったが、万里は妹のおつかいに行かなければならないからと辞退し、伊吹たちとはゲームセンターの前で別れた。

 店の硝子戸は全開にされている。停電の影響で空調が止まってしまい、この真夏の中、締め切ったままで作業はできないのだろう。中から店員の慌ただしい声が漏れ聞こえてきて、万里はつい足を止めて耳を澄ます。

「おーい、誰か、懐中電灯取って来てくれー!」

「ブレーカーは? 原因は解ったのか?」

「漏電じゃなさそうだが……どうなってるんだ?」

「どこか断線してるのか? まったく、こんな時に……」

 雷雨の日ならともかく、こんな晴天の日の営業中に停電になるとは誰も想定していなかったようで、てんやわんやの大騒ぎになっているのが窺えた。頑張れ、と心の中で小さく応援してから、歩き出そうとする。

 その時、「うわあぁぁ!」という男の悲鳴のような声が微かに聞こえた。万里は再びゲームセンターを振り返る。開きっぱなしの入口に近づいて中の様子を窺ってみる。しかし、店内では依然変わりなく、店員たちがばたばたと走り回って復旧作業に勤しんでおり、何かの事故が起きたような様子はない。

 声の出所は別の場所のようだ。万里は少し考えて、店の脇の細い道に入っていく。一方通行の指定はないものの、どう考えても自動車が一台ぎりぎり入れるくらいの幅で、対向車が来た瞬間詰むような裏道だ。ゲームセンターのくすんだ赤い壁を左手に見ながら歩いていくと、店の裏手には二階建ての小さなビルがあった。こんな細い道に入って来たことはないので、当然知らないビルだった。

 正面の入口には「青木ビル」と書かれた木製の看板が取り着けられている。今は使われていない建物のようで、二階の窓に「売物件」と書かれたポスターが貼られている。でかでかと窓前面に貼られた紙と周りで好き放題に生い茂っている草木のせいで、照明の切られた薄暗い建物の中の様子は窺えない。

「ここから聞こえた? いや、気のせい、かな」

 つい気になってこんなところまで来てしまったが、今からでも遅くないから、空耳だったということにして引き返そうか。逡巡しながら万里はビルの前で立ち往生する。

 と、今度はドンっ、と地響きのような衝撃音。間違いなく目の前の建物の中から聞こえた、と確信を持って言える。事件が起きていそうな、不吉な予感がする。更に不穏さに追い打ちをかけるように、万里の「ふんわりレーダー」が微かに反応した。近くで遺産が発動した気配だ。遺産が使われていそうな怪しい場所と言ったら、もう目の前の空きテナントくらいしか思い当たらない。

 万里は小さく舌打ちする。

「遺産が絡んでるんじゃ、無視もできないか」

 不良が暴れているだけとかだったらさっさと引き返すところだが、目と鼻の先に遺産がある可能性があるのでは、見なかったことにはできない。夏休み中とかオフとか暑くて面倒くさいとか言っている場合ではなさそうだ。横から掻っ攫うのはいつものことだし、様子を見て回収できたら回収するとして、それが駄目でも何が起きているのかだけでも確認しておかなければ。

 妹のためにタルトを買うはずが、おかしなことになってきたな、と思いながら、万里はビルに侵入した。


★★★


 舟織駅にほど近い場所で、白い壁に赤い屋根という外観の建物で、タルト専門店「果樹園いろは」は営業している。季節のフルーツを使ったタルトに始まり、ベリーずくめのタルトやチョコレートとオレンジのタルトなど、様々なタルトがショーケースに並んでおり、客は八割方が女性である。

 世の中には、甘いものはあくまでもデザートであり主食ではない、昼食を甘いものだけで済ませるのは理解できない、という人間がいるようだが、桐子は昼食を平気で糖分だけで済ませることができる。特に、疲れているときや苛立っているときは衝動的に甘いものが欲しくなり、ランチにドーナツとかパフェとかパンケーキとかを普通に食べる。それが今日は、タルトになったわけだ。

 甘いものを欲した桐子は舟織駅までやってきて、「果樹園いろは」に乗り込んだ。タルト屋に来て「乗り込む」という表現は仰々しいと思われるかもしれないが、ここでお腹いっぱいに食べようと思ったらそこそこに散財する結果になるので、ある程度の覚悟を決めて「乗り込む」のが正しいのである。十時のおやつにしては遅くランチタイムには少々早い時刻だったので、イートインスペースは空いていて、すぐに案内され、桐子は窓際の二人掛け席についた。

 「果樹園いろは」では月替わりで限定タルトを販売しており、今日から発売になるのが、トロピカルフルーツタルトである。桐子はメニューも見ずに、限定タルト、加えて定番のベリータルト、十種のフルーツタルトの三ピースを注文した。昼食には少し早い時間だが、これをランチということにしよう、と決めた。

「それはやけ食いの一種かい」

 唐突に隣の席から声を掛けられ、桐子は驚いて振り返る。偶然にも、隣の席に見知った人物がいた。

「会長じゃないですか」

 優雅に紅茶を啜っていたのは、生徒会長の帯刀だった。こんなところで遭遇するとはまったく予定外である。夏休み中の今日は流石に制服姿ではないものの、白いフリルのブラウスに紺色のタックスカートという装いは、制服とさほど変わり映えのしない色合いだ。そしてテーブル脇の荷物入れのバスケットには当たり前のように刀を突っ込んでいる。よく店員に咎められなかったものだ。

「会長、よくここに来るんですか」

「時々だよ。そうしょっちゅう来るには、ちょっとここは、高校生の懐には優しくない」

 浮世離れして見える帯刀だが、懐事情は普通の高校生と似たようなものらしい。桐子は意外な事実に安心感と親近感を覚えた。

 ところで、先ほどは聞き捨てならない台詞を聞いてしまったので、桐子は帯刀に問う。

「やけ食いって、どうしてそう思うんですか」

「だって、君、碓氷君と喧嘩してるでしょ。それでイラついている、と」

「……何で知ってるんですか」

 桐子は驚くというよりも呆れた声を上げる。本当にこの会長は生徒のことなら何でも知っている。夏休み中でも、その千里眼ぶりは健在というわけだ。

 帯刀は店員に断って、しかし桐子には断ることなく、桐子の向かいの席に移ってきた。

「どれ、私が会長として相談に乗ってあげようか」

 どこか面白がるような笑みを浮かべて帯刀が言う。

「別に、相談に乗ってもらうようなことはありませんよ。会長はもうご存知ですからぶっちゃけちゃいますけどね。そもそも私と万里は敵ですから、常に喧嘩しているようなものです。ここにもう一つ喧嘩が積み重なったところで、悩むような問題ではありません」

「そうは言ったって、いつもの喧嘩とは具合が違うから、イライラというか、もやもやして、タルトのやけ食いに走ったわけでしょ」

「別にやけ食いじゃありません、普通の、ランチです」

 「普通」を強調して断言する。やがてタルトがテーブルに運ばれてくるが、桐子は明らかにやけ食いっぽく、優雅に味わっているとは言い難い調子で、タルトにフォークをぶっ刺してがつがつと口に運んでいく。帯刀はその様子をじっと見つめてにやにやしている。

 じっと見られていると落ち着かないので、桐子は仕方なく、言い訳するようにぼやく。

「万里が悪いんですよ、解りにくく、偽悪的なことをするから」

「ふうん?」

「私は万里とは目的が違うので、バチバチ争ってばかりですけれど、それでもって万里は基本的に性悪な奴なんですけど、根っこのところはそんなに悪い奴ではないと思っていたんです。たぶん、本気で人を傷つけるようなことはしない奴だって、人格的なところはちょっと認めてもいいかな、くらいには思っていたんです」

「確かにね。彼、あんまり悪の組織の人間らしい過激さはないよね」

「今回は色々あって、私はそのへんを疑いました。万里を信じ切れなかった。別に、仲間じゃないんだから、信用する義理はないんですけどね、義理はないはずなのに、なんだか、ちょっと罪悪感があります」

「君たちは、えらく複雑な関係だからねえ。ああ、それで、謝ろうかどうしようか悩んでるうちに、なんで謝る義理があるんだってキレちゃってやけ食いなわけだね」

「たいとー先輩、話の先を読むのはやめてください」

 どこから仕入れているのか解らないほど情報通であることに加え、推察力も優れているので、帯刀の前ではあらゆる隠し事が無意味である。ページをめくるだけで相手の秘密を明らかにしてしまう《機密文書》なる遺産も存在したが、帯刀ならそんなものがなくてもあらゆる秘密を暴いてしまいそうだ。

「上原さん、もし碓氷君に謝りに行きたいなら、住所教えてあげようか」

「なんで住所知ってるんですか」

「生徒会長たるもの、生徒全員の住所くらい知ってて」

「当然じゃないですからね? 思いっきりプライバシーの侵害ですよ」

「大丈夫だって、悪用はしないから。私が入手した情報を利用するのは、生徒のためになると思った時だけ」

 だからといって色々な情報を入手していいわけではないはずなのだが、生徒会長は悪びれることなく、悪戯っぽく笑っている。この規格外の先輩には何を言っても無駄そうだな、と桐子は疲れ切った溜息をつく。

「そもそも、私は謝りませんからね。もうこんなつまらない考え事は、綺麗さっぱり忘れます。私がこんなに悩んだって、あの男は能天気に笑っているに違いないんですから、私だけ悩み損なんて嫌ですし」

「いやいや、あれで彼も悩んでるかもしれないよ」

「ないですよ。あの性悪男は飄々と笑っているに違いないんです。あの男の辞書に『悩む』という言葉は存在しないとみました」

「じゃ、聞いてみよう」

 唐突に帯刀がそう言うので、ムキになっていた桐子ははっと我に返る。

「聞くって、まさか本人にですか」

「いや。副会長に」

「なんで副会長に聞くんですか」

「種明かしをすると、私がいろいろ知っているのは副会長の能力あってこそだよ。彼は貴重な情報屋でね、訊けばなんでも答えてくれるよ。ただ、彼の場合も私と同じで能力の使用が限定的でね。他人からピンポイントで訊かれたことで、かつ生徒に関係していることでないと、データベースにアクセスできないんだって。今は私が訊いたことにだけ答えるように制限もしているし」

 藪から棒な説明に桐子は目を白黒させる。なんだろう、データベースにアクセスって。アカシックレコード的な概念が存在しているのだろうか。本当に舟織一高の生徒会は訳の分からない人員が揃っているな、と桐子は呆然とする。

 帯刀はテーブルに置いたスマホを操作して、どうやら本当に副会長に連絡を取り始めたようだ。もう勝手にしてくれというようなやけっぱちな気分で、桐子は成り行きを見守る。

 数十秒の後、帯刀は小さく頷く。そして表情を変えずに告げた。

「彼、えらい目に遭ってるらしいよ」

「は?」

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