ソフィ・ジェルマン
1月26日、ちょっと間違っていたセリフを書き直しました。老婆が魔法を唱えるシーンです。一か所だけ
これはソフィ・ジェルマンという女の女であるが故の物語。
その物語はソフィが特殊部隊に部隊の隊長から紹介された日から語られる。
その日、ソフィは部隊の隊長にその部隊に紹介された。それは決してソフィがその部隊に配属されることが決定したわけではなく。その部隊にどうしても入りたいと言うソフィを諦めさせるために隊長が気を使った結果、現実を見せることとなったと言うだけだ。
なんで、それほどの対応をしたかと言えばソフィがとんでもなく優秀だったからだ。世の中にはその人間がそのグループに入るだけでそのグループ全体を化け物じみて強くさせる人間がいるがソフィはそれだった。
そこで紹介されたソフィを待っていたのは『なんで、女』という隊員達の視線だった。それは当然の話だ。例えば世界で一番、素手で強い動物は何かと問われれば、ある者は『ホッキョクグマ』。ある者は『クジラ』。ある者は『ゾウ』と答えるだろう。『ニンゲン』と答える奴はいない。それは当たり前だ。生まれながらに人間の攻撃が効かない皮膚を持ち、生まれながらに人間が一生かけて作る筋力を遥かに凌駕する筋力を持っている。比べるまでもない。それと同じ事である。これが映画や漫画の世界なら隊員達は新たなるヒロインの登場に拍手でも送ったかもしれないが現実は、戦場はそんな世界ではない事を彼らは骨身に滲みて知っている。
彼らの抱いた疑問は偏見などとは違う次元の心からの疑問だった。
もちろん、ソフィはそれが気に入らない。ソフィには自負があった。自分は強いという自負がそしてそれを確信に変えるだけの結果を残してきた。ソフィと言う人間の生きた軌跡そのものがソフィの考えを確信に変えていた。
「そこまで言うならあいつと戦ってみろ」
隊長は隊員の中で最も体格の良くない男を指さした。そう言うが男は隊員の中で最も体格が良くないと言うだけで一般世界では浮いてしまうほどにがっしりと体全体から生えてくるように筋肉を纏っていた。
しかし、ソフィは気に入らない。一番強い奴ではなく、よりにもよって一番弱いだろう人間と戦う事に。
ソフィは何度か深呼吸した。
「良いでしょう。要は勝てばいいのでしょう」
「言うねえ」
指名された男も戦いを承諾した。
すぐに戦いの舞台は整った。
「では私が審判をする。あくまでもイベントだからな。こんなもんでこの国の優秀な兵が怪我をするのは下らん。よって、私の偏見によって勝敗を決める。だが後の士気にも関わるきちんとした判断で決着をつける」
二人は集中の中にいた。視野は相手、聴覚はより濃厚にまんべんなく、味覚は無、触角は空気を感じ、その時を待つ。
「では、かいいしいいいい」
それは一瞬の光景だった。誰もがそれを見ていたがそれに反応できずにいた。唯一、それを知っていたのはソフィだった。ソフィの上段蹴りが男の顔にヒットすることを。
予備動作。人が行動するときにある筋肉の硬直。多くの格闘と言われるものを行う人間が相手の攻撃を避けるときに意識するもの。言いかえれば、それがあることで人は相手の攻撃を避けられる。なぜなら人間の攻撃の速さは人間の避けると言う動作よりも格段に速いからだ。それは攻撃が体全体を使うとはいえ主な移動は部分的であるのに対して、避ける動作は体全体を移動させる必要があるためだ。だからこそ、相手の攻撃にそれが攻撃になる前に反応する必要がある。しかし、それをソフィは禁じる。
ソフィ・ジェルマンは天才だ。運動能力、それも相手を倒す事にかけてどうしようのない才能を持っている。予備動作を無視できる事もその才能の結果の一つにすぎない。
でも、それが勝敗を決するほどに甘い世界ではない。
ソフィの一撃は男には響かない。渾身のこれ以上ないタイミングと位置に打ち込んだ一撃が男を卒倒させるものではない。それはソフィが今まで考えた事のない性別の壁だった。戦う前から、男女の差を意識した事はあった。有り余る筋力差のため、万が一にも接近は出来ない。打ち込んでは逃げる。それを繰り返して勝つつもりだった。だが、だが、その壁はそんな物では無かった。
そんな技術だとか、努力とか、才能とか、そんなもんではなかった。
ソフィは攻撃を続ける。避ける事の出来ない。予備動作の無い攻撃を何度も何度もすきを与えず。なぜ、そんな単調な攻撃を繰り返したのか。ソフィには他にも戦い方がある。何度も何度も考え、学び、作り上げた戦略が。しかし、ソフィには出来ない。そんな余裕なんてない。ソフィの攻撃が止んだ時、男の反撃が来る。それを防ぐ術などソフィにはないからだ。
ソフィの攻撃が止み、男がそれを待っていたかのようにソフィに接近した。その瞬間、男とソフィの間に隊長が割り込んで戦いを止める。
「まだ続けるか、ソフィ・ジェルマン」
隊長はそう言って、ソフィを残し隊員達を連れて何処かに移動した。
泣く、そんな小さな表現では語れない、そんな感情をソフィは生まれて初めて経験する。
それからのソフィはただ毎日を生きていた。それだけだった。普通に人と話し、普通に軍の訓練を受けた。変った事と言えば、日課だった。今まで、多くの男どもを黙らせてきた技術を、力を身につけるための日課を全て辞めてしまった。
ソフィが不幸だったのは天才にして最善足りえなかったことだ。
それからしばらくして、そんなソフィにある転機が訪れる。ヴェルナ―との出会いである。
ある日、ソフィは高官達と共にある軍事演習場に来ていた。魔法が科学となったことで最初に魔法に飛びついたのは軍事関係者だった。彼らは如何にして強い魔法使い、魔術師、魔導師を自国の戦力にするかを考えた。結果、魔導師ヴェルナ―・ハイゼンベルグに接触し、まず魔法を経験することにした。そこで格闘に関する高い知識を持ち、女であるソフィが選ばれた。
ヴェルナ―は普通に現れた。魔法を使わず、用意された車に乗って来た。
到着したヴェルナ―の様子をソフィはまじまじと見た。とても強いとは思えなかった。
「私がヴェルナ―・ハイゼンベルグです。今日は宜しくお願いします」
そう言って、ヴェルナ―は高官達に挨拶していく。
「今日はこのソフィ・ジェルマンと戦ってもらいます。魔法を見せて下さい、ヴェルナ―さん」
「ええ、もちろんです」
二人は所定の位置に着いた。構えを始めたソフィと対照的にヴェルナ―は直立しているだけだ。
「では始めさせて頂きます」
審判役となった軍人が遠くから開始の合図の旗を振った。
動いたのはソフィだ。いや、ソフィしか動けない。予備動作の無い一撃をヴェルナ―に浴びせる。以前のように何度も何度も。そして、今度もヴェルナ―は倒れない。
ソフィは距離を取った。
「ふざけているのか」
ソフィはそう叫んだ。かつて特殊部隊の隊員と戦った時も隊員は一撃目以降はガードしていた。しかし、ヴェルナ―はしない。
ソフィは久しぶりに負けたくないと思った。ソフィは走り、抵抗しないヴェルナ―に関節技を掛ける。
それでも、ヴェルナ―にダメージは無い。
「銃を使っても良いですよ」
ヴェルナ―はそう言う。
ソフィは高官を守っていた軍人から銃を奪い取った。
「舐めるのも大概にしろ。お前が何様か知らないが、私は私は何度も何度も・・・」
ソフィは声にならない声を出し、ヴェルナ―に銃を向ける。
「何をしているソフィを止めろ」
高官達がそう叫んだ。
「良いですよ。撃ってください」
銃声が空間に響き渡る。
「そんなバカな」
ソフィの目の前には無傷の男が銃弾を持って立っていた。
「これが魔法なんです。いえ、魔力なんですよ」
その時、ソフィの目は力強くヴェルナ―の姿を映していた。また強くなるために。
話はヴェルナ―とジークムントが魔王を倒され、多くの岩に押しつぶされた少し後に移動する。
多くの諜報員がヴェルナ―、ジークムント、マクスウェルの戦いを見守っていた。それは空想が、SFが戦っているような光景だった。恐怖より、驚きより、尊敬の念が生まれる光景。自分と違う世界の何かが自分と同じ世界にいる奇跡。諜報員たちはその光景を記録しながら酔いしれる。
「久しぶり、どう、彼らの戦いは」
その諜報員の内、ソフィがいた軍の諜報員をソフィはいとも容易く見つけて話しかけた。
「うわ、・・。お久しぶりです。ソフィ隊長」
「ごめん、驚かせちゃった」
「・・・。これでも、きちんと隠れていたんですが」
「まあ、魔法も使えるし。それより、どうなってる」
「記録の方は教えられないので、知っても影響ない程度を。負けてますね。ヴェルナ―、ジークムント側が」
「・・そう。ありがとう」
「行くんですか」
「まあね。来るなと言われると来たくなる性質だから」
「私たちも及ばずながら心で応援します」
「心身統一」
そう言ってソフィは地面を蹴った。速い、速い。ソフィの視覚から伝わる風景という情報の嵐。まるで脳に直接、情報を送り込まれるかのような風景情報をソフィは容易に飲み込んでいく。
「速体一体(ジュグモント・ラ・ヴィテ―ス)」
それからさらに速度が上がる。周りから見れば、ソフィはなんらかの線にしか見えない。マクスウェルの魔法を持ってしても速すぎてソフィを認識できない。
すぐにソフィはヴェルナ―達を飲み込んだ大量の岩の残骸、クレーターに着くとその勢いのまま岩を蹴った。
岩に接触した線は岩を大量の線に変える。
ソフィは容易に岩を蹴り壊すとその岩のかけらたちが次の岩に当り、それがまた岩を壊す。それが繰り返され、すぐに見える光景は舞い上がる砂と地面だけとなった。
「酷い助け方ですね、ソフィ」
舞い上がる砂の中に確かにヴェルナ―が、そしてジークムントがそこにいた。
「全く、俺たちだけでやると伝えたつもりだが」
そう言ってジークムントはソフィを見て笑った。
「どう見ても無理でしょ」
ソフィは二人を見てただただそう言った。
「はは。全くですね」
ヴェルナ―もソフィを見て笑った。
「少し、休んでなさい。終わらせてくるわ」
「あまり、師匠をなめない方がいいですよ」
ヴェルナ―、ジークムントもソフィから教えられたマクスウェルの位置に向かうがあっという間にソフィは二人を引き離した。
対するマクスウェルは正体不明の謎の存在に困惑しながらも空間魔法を使ってソフィを足止めしようとするがソフィはそれを簡単にかわしていく。
ただ、速いだけではマクスウェルの空間魔法にいつかは飲まれてしまう。車が速度を増せば増すほど曲がりづらくなるように速ければ速いほど方向転換が難しくなる。ましてソフィの速度は車や戦闘機すら相手にならないほどだ。そんな速度で走れば、目の前に突如現れる空間魔法にいつかは飲まれるはずだ。
しかし、ソフィの速さはそう言った次元に存在しない。『速身一体』、その魔法によるものだ。『速身一体』は使用者の体の全箇所の速度を使用者がコントロールできるようになる呪文だ。つまり、ソフィは一瞬で止まり、一瞬でトップスピードになり、一瞬で真横にも真上にも方向転換できる。そしてそれに速度の制限は無い。しかし、体の耐えられる速度にしかなれないので『心身統一』で体の能力の全てを魔法で強化する必要がある。
そんなソフィの止まることのない接近に逃げる間もなく、マクスウェルは発見される。
ソフィは何の躊躇いも無く、全力でマクスウェルを蹴り飛ばした。
すぐにマクスウェルは線になり、ソフィの強化された視力を持ってしても視認できない場所まで飛んでいった。まるでミサイルが飛んでいくように。
しばらくして、ヴェルナ―達がその場に着いた。
「終わったわよ。全力で蹴ったから、死んでるかもしれないけど」
そう淡々とソフィは現状を述べる。
「さっきの爆音はやっぱりそうですか」
「初めて見れそうだな」
そう言ってジークムントがソフィの蹴りによっておきた粉じんを眺める。
「ええ」
「何が」
「師匠の本気ですよ」
偉大なる多くの魔道を司る者達をして極大の魔力、長い時間を無下にすること無しにのみ作り上げられる簡素にして甚大な魔法の数々、それらを束ね一つの形としたジェームズ・クラーク・マクスウェルという奇跡。その奇跡をもって完成とする魔法戦術が始まる。
飛ばされたマクスウェルはゆっくりと起き上がると嬉しそうな笑みを顔に、反撃の意思を胸に魔法を唱える。
「人格の召喚」
マクスウェルの目の前に魔法陣が開き、そこから老婆が現れた。
「やれやれ、何年振りかねえ」
老婆は体をあちこち動かすと自分の調子を確認した。
「昔話は戦いながらだ」
マクスウェルは老婆の姿を確認するとすぐにヴェルナ―達のいる方向を向いた。
「相変わらず、つまんない男だねえ」
おばあさんは拳を中央に掲げる。
「極座標展開」
おばあさんは拳を開いた。その拳から網目のような模様の球が現れ、それがとんでもない速度で膨張を開始した。すぐにそれはヴェルナ―達を飲み込んだ。
「さて、『浄なる視点』(ディー・ウングラヒ・クラーン)」
「準備はできたか」
「ええ、おばあちゃんもがんばるとしますかねえ」
ヴェルナ―達は遥か遠くからの『極座標展開』に驚いていた。
「どういうことだ。『極座標展開』は確かに無効化したはずだぞ」
「分かりません。それに『座標』はもう展開したはずです。仮に使えても二度目を使う必要がありません」
「もう一人、使える人間が現れたって事」
「そんなバカな」
「・・いえ、見たことがあります。自分のもう一つの人格を召喚する魔法を」
「それだな。急ぐぞ」
今度は十分な警戒を行いながら、『極座標展開』が来た方向に三人は向かって行く。
閃光が走る。見慣れた光景だ。大雨の日、それは空気を破裂させ、人に自分と言う者の無力さを味わわせる。
雷が落ちたのだ。それに誰も反応できない。光に限りなく近い速度で落ちてくるそれを避けると言う選択肢は無い。エネルギーの胎動がヴェルナ―達に立ちはだかる。
そして、すぐにあの甚大な大きさの岩がヴェルナ―達の空を覆う。
「おおおおおおおおおお」
ソフィがその岩を蹴り壊すとすぐに雷をソフィを襲った。
「ぐあああ」
「ソフィ」
ヴェルナ―はすぐにソフィを助け出し、肩にソフィを抱えて飛ぶ。
「大丈夫ですか」
「ええ、身体強化してなかったら即死だったわ。ちょっとしびれるみたい」
「しばらく休んでいてください」
ヴェルナ―達はランダムに落ちる雷をでたらめな方向に無視して進む。無視するしかない。光と言う速さの次元の違う速度で落ちてくるそれを避けることも防御も出来ない以上、当らない事を願って進むしかない。かと言って一定の方向に進めばそこに雷を落とされる。これが最善なのだ。
そして、すぐにヴェルナ―の真上に限界まで加速した岩が落ちてくる。それを吸血鬼化したゾンビに僅かに足止めした後、すぐにそこを通り過ぎる。でたらめな方向に移動しながらも確実にマクスウェル達のいる方向に向かって行く。
そんなやりとりを何度も繰り返しながら、運よく雷に当らずにマクスウェルに近づくヴェルナ―達。
突然、何の前触れも無くまるでいきなり見えない壁がとんでもない速度で襲いかかってくるような衝撃がヴェルナ―達を襲った。
「爆発?」
かろうじて直撃を受けなかったことでなんとかヴェルナ―達は体制を立て直し、雷の中を飛行する。
「爆発か。だが爆弾なんて見えなかったぞ。爆発した瞬間を飛ばしたのか」
「いえ、恐らくは大量の空気を全く同じ場所に無理やり移動させたんでしょう」
爆発という現象の本質は瞬間的な分子数の増加によるものだ。例えば、風船のようなものだ。小さな空間と言うゴムに分子という空気が一気に注入されれば、当然破裂する。マクスウェルはこれを空気だけで行ったのだ。
「なるほどな。どっちみちより危なくなったわけか」
「いえ、もう大丈夫よ」
それは強化されたソフィにしか認識できない距離であった。しかし、確かにそこにはマクスウェルと一人の老婆の姿があった。
「どうやら、マクスウェルさんは逃げないみたいね」
マクスウェル側。
「逃げないのかい」
老婆はマクスウェルと肩を並べ、そう言った。
「ああ、決着をつけなきゃな」
マクスウェルはただただヴェルナ―のいる方向を見てそう言った。
「そうかい。なんとも頼もしい顔だねえ」
「茶化すな。・・・しかしなんとも言えないな」
「何が」
「はは。・・・何年生きたか分からないはずなのに、今のこの感情を言葉にする術が私には皆目分からない」
「こればっかりは人生に一度だからねえ」
「・・そうだな。終わらせるか」
ヴェルナ―側。
「私はもう大丈夫」
ヴェルナ―はソフィを下ろすとでたらめに飛びながらマクスウェルに向かって行く。
「さあ、決着をつけましょう」
両陣営が構える。何かを勝ち取るため、何かを証明するため、何かを守り抜くため、言葉は違えど己が意志を、思いのために彼らはゆっくりと互いを語り出す。




