第62話 魔王の娘と、奇妙な共同生活
翌朝。
「……ん」
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
「……ここは?」
アリシアは身体を起こした。
昨日まで自分を縛っていた、あの黒い呪いがない。
身体が軽い。
頭も驚くほどすっきりしている。
「……呪いが……ない?」
胸元を見る。
黒い紋様は完全に消えていた。
「そんな……」
その時。
扉が開いた。
「お、起きた?」
「……!」
そこにいたのは、昨日の少年。
レオンだった。
アリシアは反射的にベッドから飛び降りる。
「待って」
レオンが両手を上げる。
「戦うつもりはないよ」
「……」
アリシアは警戒しながら尋ねる。
「ここはどこ?」
「俺の家」
「あなたの……?」
「うん」
「なぜ私はここに?」
「昨日倒れたから」
「……そう」
アリシアは少し黙る。
そして。
「呪いは?」
「切った」
「……」
「もう大丈夫」
あまりにも簡単に言うので。
アリシアは逆に戸惑った。
「……あの呪いは、魔王軍の上級呪術師ですら解除できなかった」
「そうなの?」
「そうよ」
「じゃあ、俺が解除できてよかったな」
「…………」
アリシアは頭を抱えた。
この少年。
本当に何者なのだ。
その時。
部屋の外から声が聞こえた。
「レオンー!」
「朝ご飯できましたよ」
「早く来なさい!」
「分かった!」
レオンが振り返る。
「アリシアも食べる?」
「……え?」
「朝ご飯」
「……私も?」
「うん」
「人間と魔族なのに?」
レオンは首を傾げた。
「お腹空いてるでしょ?」
「…………」
アリシアは思わず。
「ふふっ」
笑ってしまった。
「何がおかしいの?」
「いや……」
アリシアは小さく笑う。
「あなた、本当に変な人ね」
「よく言われる」
二人は部屋を出た。
食卓には。
すでに仲間たちが揃っていた。
「おはよう」
リーゼが言う。
「……」
アリシアが止まる。
「誰?」
「リーゼ」
「魔法使いです」
エリシアが自己紹介する。
「そして私はエリシア」
「……エルフ?」
「はい」
「……」
アリシアの視線がアクアへ移る。
「それは?」
「アクア」
「スライム?」
「うん!」
「喋るの?」
「喋る!」
アリシアは完全に混乱していた。
そして。
レオンが椅子を引く。
「座って」
「……」
「朝ご飯食べよう」
アリシアは恐る恐る座った。
目の前にはパン。
スープ。
焼いた肉。
「……」
「食べないの?」
「……魔族だから」
「関係ないだろ」
「人間は、魔族を敵だと思っている」
「俺は違う」
「……」
アリシアはスープを一口飲む。
「……美味しい」
リーゼが笑った。
「でしょう?」
「……うん」
エリシアがパンを渡す。
「こちらもどうぞ」
「ありがとう……」
アクアが跳ねる。
「お肉!」
「アクアは昨日食べただろ」
「今日も食べる!」
「食べすぎ」
「むー!」
アリシアは。
そんな光景を黙って見ていた。
そして。
胸の奥が。
少しだけ暖かくなるのを感じていた。
――こんな朝。
自分は知らない。
魔王城では。
毎日が戦いだった。
命令。
訓練。
殺し。
それが当たり前だった。
だから。
こんな普通の食卓が。
なぜか眩しく見えた。
「……」
アリシアは小さく呟いた。
「……ここにいてもいいの?」
レオンが答える。
「もちろん」
「私は魔族よ?」
「知ってる」
「魔王の娘」
「それも知ってる」
「……敵になるかもしれない」
レオンは少し考える。
そして。
笑った。
「その時は、その時だろ」
「……」
「今のお前は敵じゃない」
アリシアは俯いた。
「……ありがとう」
その声は。
とても小さかった。
その日の午後。
王城から緊急の使者が来た。
「レオン様!」
「どうしたんです?」
騎士は息を切らしていた。
「王都に……」
「魔族の軍勢が接近しています!」
「……!」
全員の表情が変わる。
レオンは立ち上がった。
「規模は?」
「およそ五千!」
リーゼが青ざめる。
「五千……」
エリシアが窓の外を見る。
「レオン……」
アリシアは。
何も言わなかった。
ただ。
拳を握りしめている。
レオンが気づく。
「アリシア?」
「……私のせい」
「え?」
「私を取り戻しに来たのよ」
アリシアは立ち上がった。
「私が戻れば……」
「魔族軍は撤退するかもしれない」
「待って」
レオンが止める。
「何?」
「一人で行くつもり?」
「……」
「ダメだ」
「でも――」
「仲間を見捨てるなって言ったのは、俺だろ」
アリシアが目を見開く。
レオンは神剣を手に取る。
「一緒に行こう」
「……」
「王都を守る」
リーゼが杖を握る。
「当然よ」
エリシアも頷く。
「私も行きます」
アクアが跳ねる。
「ぼくも!」
そして。
アリシアは。
しばらく黙っていたが――
ゆっくりと剣を握った。
「……分かった」
「うん」
「私も戦う」
その目には。
昨日までの絶望はなかった。
代わりに。
新しい決意が宿っていた。
しかし。
王都の遥か彼方。
魔族軍の中央には。
一人の男が立っていた。
漆黒の鎧。
巨大な角。
そして。
赤く燃える瞳。
「アリシアを連れ戻せ」
男は静かに命じる。
「逆らうなら――」
「王都ごと滅ぼせ」
その男の名は。
――魔王グレイヴ。
そして。
魔王は。
レオンの存在を見つめるように。
空を見上げた。
「……ようやく会えるな」
「神剣の担い手よ」




