大阪から出よ
「何を言っているんだよ。」
「俺は本気だぜ。」
いつもどこかおどけた表情の光雄はそこにはいなかった。
「金は。」
「贅沢をしなければ、鳥取に行くまではある。」
「どう行くんだ。」
「福知山線を伝って北に上って、生瀬から有馬まで抜けて神戸に入る。」
次郎は言葉を失った。
粗い計画ではあるが、自分と同じ関東出身であり、未だ関西の地理に不案内な彼の口から大阪や兵庫の具体的な地名が出てくることが驚きであった。
「どんどん状況が悪くなっているのは分かるだろう。ここらで腹括らないと手遅れになる。五年前俺たちはそうやって東京を出た。また旅に出なきゃならない時が来たんだ。」
光雄はすっかり暗くなった空を見つめながら言葉を続けた。
彼の言葉通り、次郎は光雄と同じく東京出身である。
昭和三十九年の件の万博戦争が起きた折に、東京での生活に見切りをつけ関西に流れてきたのである。
二十年近く住んできた場所を捨てるのであるから、それこそ大きな決断であったが、そうして新しく落ち着いた町、吹田もかれこれ六年目となる。
反万連による実効支配が始まって以降、吹田もソ連を彷彿とさせる暗い雰囲気の町になったとはいえ、また流民となるのは気乗りするものではなかった。
「分かったよ、とりあえず考えてみるさ。一旦今日は帰ろうぜ。」
次郎は光雄の背中を軽く叩き、立ち上がった。
「あぁ、そうだな。まあ、冗談だと思って流してくれよ。」
光雄は次郎の反応を見て、やや落胆したような面持ちであった。
それから一ヶ月、光雄は相変わらず次郎をことあるごとに万博公園に誘ったが、その話を切り出してくることはなかった。
だが否応なく次郎の心を揺るがす事件が、ある日突然起きたのだった。
(続)




