万博夢の跡
「次郎、気晴らしにいつもの場所へ行こうや。」
昭和四十五年九月十四日。
この年は秋晴れの日が多く、今日も枯葉の匂いを運ぶ涼しい風が、次郎たちの髪を静かに揺らしていた。
二人が向かったのは万博公園だった。
もっとも、万国博覧会そのものは中止となり、今では幻の計画となって久しい。しかし、広大な開催予定地だけはそのまま残され、吹田の工場で働く労働者たちの憩いの場となっていた。
次郎と同僚の光雄は、どこまでも続く人工の草原に腰を下ろし、ゆっくりと沈んでいく夕日を眺めていた。
「なあ、今度は小説の類にも禁令が出るんだってよ。」
光雄はそう言ってマッチを擦り、その火を次郎へ差し出した。
「どんどん娯楽がなくなっていくなぁ。とうとう字にまでイチャモンをつけるなんて、やってらんねぇよ。」
次郎は煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
数年前から暴力的な反万博闘争を主導してきた反万博連盟――通称「反万連」が大阪を掌握してから、すでに二年が過ぎていた。
彼らは「アメリカ資本主義の腐敗を正す」と称し、次々と大衆娯楽を規制していった。
漫画、映画、テレビ――時代を彩ってきた娯楽は次々と姿を消し、今では落語や講談のような伝統芸能だけが辛うじて許されていた。
ここまで露骨な反米主義を掲げているにもかかわらず、当のアメリカはベトナム戦争への対応に追われ、日本への介入は後回しにされていた。その結果、日本は内戦状態のまま放置され続けている。
「皮肉なもんだよなぁ。戦争に負けても残った国が、今度はこんなしょうもない内乱で滅びちまうなんてさ。」
光雄は藍色へと染まり始めた空へ煙を吐き出した。
「だったら、いっそ逃げちまおうか。」
次郎も同じように煙を吐いた。
「逃げるって、どこへ?」
「……鳥取とか。」
「ハハハ! 馬鹿なこと言うんじゃねえよ。」
光雄は腹を抱えて笑うと、そのまま草原に大の字になった。
しばらく二人は黙ったまま、煙草を燻らせていた。
その静寂の中、不意に光雄が雷に打たれたように勢いよく起き上がる。
「なあ。」
光雄は真顔だった。
「やっぱり鳥取、行かないか?」
(続)




