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魔女と使い魔  作者: たま
8/8

パンをつくろう②

(4)


 少しばかり癪に障ったのですが、レイヴンは結局魔女のいうとおり北の倉庫にレーズン壷を置くことにしました。そうして隅の方に置いておきます。するとはじめはやはりカビが発生してはいたのですが、その量は台所よりもうんと少ないものになりました。つまりのところ、魔女の助言は正しかったということなのでしょう。

 それから壺の位置を北の倉庫のあちこちに変えながら何度か失敗したものの、やがてその日は訪れました。


 レイヴンはカビの生えていない壷の中を見て思わず声を上げました。目を皿のようにして中を見ても、匂いを嗅いでみても、腐ったようには思えません。レーズンは表面上にぷかぷかと浮いており、そうしてどことなく爽やかな果実の香りがただよってきておりました。


「やったか」


 レイヴンは躍り出したい気持ちで硬めの小麦から作られた小麦粉にそれを混ぜ込みました。そうして新しいつぼに入れて一日ほど置いた後には立派な原種ができておりました。ようやく、ようやくこれでパンが作れるのです。


 レイヴンは嬉しくてなりませんでした。かつてもあらゆる嬉しいことがありました。たとえば誰かと争うこととか、勝利したこととか、かつての野望を達成した時のこととか、気に入ったうつくしい女性を抱いたこととか、まあ、いろいろです。

 しかし何故だか今は、それより嬉しいように思えました。何故だかはわかりませんが。


 とりあえずすっかり懐いた様子で鼻面をすりよせてくるヤギにそのことを報告しました。ヤギはめえめえと鳴きました。ついで自由気ままな鶏たちにも報告しました。それらはコケコケと鳴きました。

 魔女には何も言いませんでした。


 さて次の日、レイヴンは魔女が本を持って部屋にひっこむのをみはからってからパンを作るための材料を机の上に広げました。小麦粉と、原種と、少しの塩。それらをこねて丸めて、気温の低いところに置いておきます。そうしていつものようにヤギの世話をしたり魚をとってきたり薪を割ったりしたあとに、大きな白い塊をいくつかにわけてかまどの中に入れました。


 やがて、ぷんと良い匂いがしてきました。小麦の焼ける、香ばしい良い匂いです。レイヴンが昔の記憶をひっぱりだしながら頃合いを見てかまどを開けると、そこには香ばしくふくれた黄金色のパンがふっくらとそこに並んでおりました。


「やった」


 思わずつぶやくと、おなかの中からふつふつと喜びが湧きあがってきました。なんというささやかな、地味でちいさな喜びなのでしょう。かつての自分の部下たちが見たら失神するかもしれねえな、そう思いながらも嬉しくて叫びたい気分でした。


 焼きあがったパンはそれはそれはおいしそうでした。

 パン屋がつくるそれには及ばないかもしれませんが、はじめて作ったにしては上出来であろうできばえでした。

 レイヴンはあつあつのそれをつまんで齧ってみました。外側のかりかりとした食感と、内側の白くもっちりとした食感が舌の上でほどよい香ばしさを生み出します。


「これはうまい」


 レイヴンは久しぶりのパンの味に感動を覚えながら、こころゆくまで腹の中にそれをおさめました。そのあとはヤギと鶏にもそれをわけあたえました。


「うまいだろう」


 そういうとヤギはメエメエと鳴いてくれましたし、鶏もコケコケ鳴いてくれました。

 そうしたあと、レイヴンはようやく魔女の居る奥の部屋にちらりと目をやりました。魔女には絶対にパンを分け与えないと決めておりましたが、やはり良い出来栄えのそれを誰かに見てもらいたくなったのです。


 夕食のとき、カビパンをもそもそと食べる魔女の前にわざとそのパンを並べておいておきました。魔女はそれを見るとゆっくりととまばたきをしてレイヴンを見上げました。


「ああ、成功したのか」

「すごいだろう」

「そうだね」


 レイヴンは胸を張りました。しかし魔女はそう言ったきり再びカビパンをもそもそと食べ始めました。視線は机の上に広げられた古びた本にそそがれています。それがまるきりレイヴンのパンなどには興味のないようにみえて、レイヴンはいらいらとしました。いえ、魔女にはほんとうに興味がないのでしょう。


 この魔女には怒り以外の感情というものがあるのでしょか。レイヴンは目が覚めて以来、この魔女が笑ったところをみたことがありませんでした。目が覚める前になら、見たことがある気がします。それはたった一度きりでしたけれど、魔女はたしかに笑っておりました。レイヴンに向かってありがとうとぽそりと言い、そうしておずおずと微笑んだのでした。


 レイヴンは顔をしかめました。嫌なことを思いだしてしまったと思いました。なぜなら目の前の魔女は彼の敵で、彼の部下たちの仇であるはずだからでした。レイヴンが封じられた後、おそらくはすべて滅せられてしまったであろう部下たちのことを思うと怒りがこみあげます。あのとき、最後に目にうつった魔女は赤いものにまみれておりました。ただ怒りで紅茶色の瞳を染めていた、少女。自分たちとかれらは、自分と少女は、結局最後まで相容れませんでした。


 レイヴンは舌を鳴らします。

 そうしておいしいはずのそのパンを一人で全部たいらげてしまったのでした。


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