↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
港区ゾンビ  作者: masa
9/25

第7話 タワマンも棺桶

翌朝になっても、館内放送は同じ案内を繰り返していた。


「住民の皆さまは、不要な移動をお控えください」


ただし、放送の声は途中で何度も途切れた。


最後まで流れない。


同じところで切れる。


しばらく無音になり、また最初から始まる。


住民専用チャットには、夜の間に大量のメッセージが残っていた。


《エレベーターが来ない》


《非常階段を使ってください》


《非常階段にも人がいます》


《下の階から上がってきています》


《上の階から下りてきています》


《廊下の扉を開けないでください》


《各階の階段を確認してください》


田中は、自分の部屋から出ずに画面を見ていた。


チャットに書き込む。


《各戸から出ないでください》


返信が来る。


《あなたに指示される筋合いはありません》


別の返信が来る。


《管理会社の正式な案内を待ってください》


その直後、管理会社からの通知が表示された。


《現在、設備状況を確認しております。住民の皆さまは落ち着いて行動してください》


具体的な指示はなかった。


エントランスの状況も、管理室の状況も、非常階段の状況も書かれていない。


壁の向こうから、足音が聞こえる。


一人ではない。


廊下を急いで通り過ぎる足音と、引きずるような足音が混ざっている。


ドアを開ける音がした。


すぐに、隣の部屋から叫び声が聞こえた。


続いて、階段の扉が開く音。


誰かが下へ逃げている。


誰かが上へ逃げている。


同じ非常階段へ、両方の流れが集まっているらしい。


エレベーターが止まっているため、建物内の上下移動は階段に集中していた。


その階段へ、感染者も入っている。


住民が扉を開ける。


逃げる人間が扉を開ける。


助けを求める人間が扉を開ける。


開いた扉の先へ、ゾンビが入ってくる。


タワーマンションの扉は、ゾンビが自力で開けたわけではなかった。


人間が使うために作られた仕組みを、ゾンビが生前の習慣のまま利用していた。


エントランスでは、コンシェルジュゾンビが電子マスターキーを持って歩いていた。


カウンターの上に置かれたキーを手に取り、近くの扉へかざす。


ランプが緑色に変わる。


扉が開く。


コンシェルジュゾンビが進む。


後ろから、宅配員ゾンビがついていく。


宅配員ゾンビは、荷物を抱えていた。


どこへ届けるのかは分からない。


開いた扉へ入り、別の扉から出る。


またコンシェルジュゾンビの後ろを歩く。


エントランスのオートロックは、住民ゾンビが開けたままにしていた。


誰かが閉めても、別の誰かが開ける。


外から入る。


中から出る。


宅配員ゾンビが、同じ動作を繰り返す。


エレベーター前では、会社員ゾンビが上向きのボタンを押していた。


エレベーターは、電源が落ちるまで何度も呼び出された。


扉が開く。


会社員ゾンビは乗らない。


扉が閉じる。


会社員ゾンビは、またボタンを押す。


エレベーター前には、誰も近づけなかった。


扉が開いても、会社員ゾンビが乗らない。


その前を通ろうとすれば、顔が動く。


足音を聞けば、ゆっくりと追ってくる。


住民は、エレベーターを諦めて非常階段へ向かった。


階段へ向かえば、別の階から来た人間とぶつかる。


人の流れが止まり、声が重なり、誰かが扉を開ける。


ソファに座ったゾンビは、エントランスの端で動かなかった。


誰かがその前を通ると、顔だけを向ける。


エレベーターの到着音が鳴ると、ゆっくり立ち上がる。


誰も乗り降りしないエレベーターの前まで歩き、しばらく立つ。


そして、またソファへ戻る。


そこに座っていた生前の習慣を、何度も繰り返していた。


そのたびに、エントランスの自動ドアが開閉した。


外から入ってきた宅配員ゾンビが、荷物を抱えたまま通り過ぎる。


コンシェルジュゾンビが、次の扉を開ける。


昼前、建物の照明が一度消えた。


非常灯が点く。


エレベーターの表示が消える。


館内放送も止まった。


田中の部屋では、空調が止まった。


外はまだ明るい。


それでも、部屋の中は急に狭くなった。


住民チャットに、短いメッセージが入る。


《停電しました》


《エレベーターに人が閉じ込められています》


《非常階段を使ってください》


《非常階段は危険です》


《下の設備室で作業員が何かしています》


設備室の中では、作業員ゾンビが配電盤の前に立っていた。


工具を持ち、扉を開け、内部を確認する。


ケーブルを引く。


スイッチを倒す。


異常があれば、工具で叩く。


生前の点検作業と同じ動作だった。


ただし、手順を止める人間はいない。


作業員ゾンビは、点検の結果を報告することもなく、次の設備へ移った。


非常用電源の表示が消えた。


防犯設備が止まった。


オートロックの一部が開いたままになった。


給水ポンプの音が止まった。


建物の中で、一つずつ機能が失われていく。


住民チャットのメッセージは、途切れずに流れている。


《外に出られません》


《廊下に人が多すぎます》


《階段を使えません》


《誰か、扉を開けてください》


《扉を開けないでください》


メッセージの内容は、数秒ごとに反対になった。


会社であれば、社長は社員を会議室へ集め、役割を割り振り、返事を求めることができた。


ここでは、誰も田中の指示を聞かない。


それ以前に、聞こえていない。


各階で、住民は自分の部屋へ戻ろうとしていた。


誰かを助けようとしていた。


外へ逃げようとしていた。


ゾンビは、オートロックを開け、マスターキーを使い、エレベーターを待ち、設備を点検していた。


生前の目的を失ったまま、建物の機能だけを使い続けている。


田中の部屋の前で、足音が止まった。


扉を叩く音がする。


一度。


二度。


三度。


田中は動かなかった。


廊下の向こうで、別の扉が開いた。


その音に反応して、足音が離れていく。


非常階段の扉が閉まる。


どこか下の階で、何かが落ちる。


建物の外とエントランスでは、宅配員ゾンビがまだ出入りを続けている。


エントランスのソファには、ゾンビが座っている。


エレベーター前では、会社員ゾンビが暗いボタンを押している。


設備室では、作業員ゾンビが電源設備を壊している。


扉は閉じている。


だが、外へ出るための設備は止まっている。


電気が消え、エレベーターが止まり、非常階段には人間とゾンビが詰まっていた。


高層階へ逃げるほど、出口は遠くなる。


タワーマンションは、逃げ場のない棺桶になっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。