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港区ゾンビ  作者: masa
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第6話 タワマンの安全

悠人の会社の社長である田中は、最上階の部屋で住民専用チャットを開いていた。


画面には、短いメッセージが次々に表示されている。


《廊下に誰かいます》


《誰か、インターホンに出てください》


《管理会社に連絡してください》


《階段から叫び声が聞こえます》


《エレベーターが一階から動きません》


同じ内容が、別の言葉で繰り返されていた。


田中は、チャットに書き込んだ。


《各戸から出ないでください。怪我人の確認は管理会社に任せてください》


すぐに返信が来た。


《あなたは管理会社の人ですか?》


《住民なら自分で見に行けばいいのでは》


《うちの家族が廊下にいます。開けてください》


《警備員が対応中です》


田中は画面を閉じた。


ここで何が起きているのか、最上階の部屋からは分からない。


管理会社や警備員へ直接命令できる立場でもない。


窓の外を見ると、道路の先に人が集まっている。


逃げている人間と、動かずに立っている人間がいた。


遠すぎて、それぞれの表情までは見えない。


スマートフォンが鳴った。


会社からではなく、タワマンの住民からの個別メッセージだった。


《廊下に出られません。誰か階段の様子を確認できますか》


田中は、管理会社の連絡先を送った。


数秒後、返信が来る。


《電話がつながりません。隣の部屋も返事がありません》


その直後、館内放送が流れた。


「ただいま、建物内の安全確認を行っております。住民の皆さまは、不要な移動をお控えください」


落ち着いた女性の声だった。


いつもと変わらない案内だった。


しかし、放送が終わる前に、遠くから何かが倒れる音が聞こえた。


続いて、複数の人間が走る音。


エレベーターの到着音が鳴った。


一度。


二度。


三度。


扉が開き、閉じる音が続く。


その合間に、誰かが叫んだ。


「開けて!」


声はすぐに遠ざかった。


コンシェルジュが、カウンターの内側から立ち上がる。


電子マスターキーを手にして、扉を開ける。


宅配員が入ってくる。


宅配員は、荷物を抱えたまま、反対側の扉から出ていく。


しばらくすると、また戻ってくる。


コンシェルジュが扉を開ける。


宅配員が入る。


宅配員が出る。


それが、何度も繰り返されていた。


荷物を届ける相手がいるのかは分からない。


届け終わった荷物を持ったまま、同じ動作を続けている。


エントランスのソファには、男が一人座っていた。


エレベーター前では、会社員が上向きのボタンを押し続けている。


誰も、そこへ近づかなかった。


そのとき、下の階からエレベーターの到着音がした。


最上階のエレベーターは、田中の部屋のすぐ近くにある。


扉が開く音。


誰かが廊下へ出る音。


足音が、こちらへ近づいた。


田中は、玄関扉の前から離れた。


足音は、部屋の前を通り過ぎた。


別の部屋のインターホンが鳴った。


一度。


二度。


返事はない。


足音が、隣の部屋の扉を叩いた。


「宅配便です」


声は、平坦だった。


田中のスマートフォンが鳴った。


《上の階にも宅配員が来ています》


続けて、隣の部屋の住民からメッセージが届く。


《荷物を頼んだ覚えはありません》


扉を叩く音が、何度も続いた。


その向こうで、何かが擦れる音がする。


部屋の中から女性の声がした。


「どちらさまですか?」


返事はなかった。


しばらくして、隣の部屋の扉が開いた。


廊下から、短い悲鳴が上がった。


田中は、玄関へ近づかなかった。


館内放送が、同じ案内を繰り返している。


「住民の皆さまは、不要な移動をお控えください」


その放送の下で、エレベーターが動いている。


宅配員が建物へ入り続けている。


コンシェルジュが扉を開け続けている。


住民専用チャットの通知が止まらない。


《誰か助けてください》


《廊下の扉を開けないで》


《エレベーターに乗らないで》


《誰か管理会社を呼んで》


《階段に人が集まっています》


田中は、画面を伏せた。


最上階の部屋には、外の音が届きにくい。


そのため、建物の中で何が起きているのかも分かりにくかった。


しかし、音が聞こえないことは、安全という意味ではなかった。


玄関扉の向こうで、また足音が止まった。


今度は、扉を叩かなかった。


しばらく立っている気配だけが残った。


田中は、部屋の明かりを落とした。


タワーマンションの中では、昨日までと同じ動作が繰り返されていた。


扉を開ける。


荷物を届ける。


エレベーターを待つ。


ソファに座る。


その動作だけが、人間の目的を失ったまま続いていた。


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