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港区ゾンビ  作者: masa
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第21話 ゾンビ観光

ゾンビインフルエンサーの配信が止まった。


毎日、同じ時間に始まっていた配信だった。


リングライトの前で片手を振り、身体を揺らし、首を傾ける。


何度も同じ挨拶を繰り返す。


一億人を超えるフォロワーは、それを世界中から眺めていた。


ある朝、配信は始まらなかった。


昼になっても、画面は黒いままだった。


《今日休み?》


《充電切れかな》


《誰か見に行って》


《ゾンビにも休暇は必要》


翌日も配信はなかった。


三日目には、過去の映像を再編集した動画が投稿された。


一週間後、話題にする人間は大きく減った。


悠人のスマートフォンにも、別の動画が表示されるようになった。


ゾンビダンスも流行の中心から外れ始めている。


駅前で踊っていた若者たちは、次の短い振り付けをまねしていた。


感染者の収容も進んでいた。


港区内の道路を歩くゾンビは減り、家族や施設へ移された感染者は人目に触れない場所で管理されている。


テレビに映るのは、以前に撮影された映像ばかりになった。


ある日の昼休み、悠人は会社のオンライン会議へ参加していた。


会議が終わっても、同僚の一人だけが画面に残った。


「そういえば、あのゾンビになった配信者、最近配信してなくないですか」


「止まってるね」


「ていうか最近、ゾンビ自体見なくなりましたよね」


悠人は、相手の顔を見た。


同僚は悪いことだと思っていないらしい。


「見ない方がいいだろ」


「まあ、そうなんですけど」


同僚は少し考えた。


「一回くらい、本物を見てみたいんですよね」


悠人は会議を退出した。


同じことを考える人間は、ほかにもいた。


SNSでは、《本物のゾンビを見たことがありますか》というアンケートが広がった。


回答者の九十九パーセントが「ない」と答えた。


一パーセントの中には、ゾンビダンスを見た人間も含まれていた。


本物を見た人間は、それより少なかった。


《一度は見てみたい》


《檻に入ってるなら安全》


《日本にいるうちに見たい》


《港区へ行けば見られる?》


需要が生まれた。


最初に動いたのは、旅行会社だった。


封鎖区域の外側から港区を観察する、日帰りバスツアー。


商品名は「港区ゾンビ・サファリ」だった。


専用バスで規制線周辺を回り、安全な場所から双眼鏡で感染者を探す。


昼食と記念品つき。


注意事項には、小さな文字で書かれていた。


《野生の感染者が必ず見られるとは限りません》


港区にいるのだから、野生なのかもしれない。


第一回のツアーは、発売から十分で完売した。


参加者は、朝からバスへ乗り込んだ。


首へ双眼鏡を下げた人。


ゾンビインフルエンサーと同じ服を着た人。


ゴーカートゾンビの模型を持った人。


添乗員がマイクを握る。


「感染者を見つけても、大声を出したり、窓を開けたりしないでください」


バスの窓は開かない構造だった。


「フラッシュ撮影もご遠慮ください」


参加者たちはスマートフォンを構えた。


バスは規制線に沿って進んだ。


かつて感染者で埋まっていた道路には、誰もいない。


警察官と作業員がいるだけだった。


添乗員が、感染当初に撮影された写真をモニターへ映す。


「こちらが、ゴーカートゾンビが確認された地点です」


参加者たちは、何もいない道路を撮影した。


次の場所にも、ゾンビはいなかった。


その次にもいない。


昼食後、ようやく遠くの建物の陰に人影が現れた。


参加者が一斉に窓へ集まる。


双眼鏡とスマートフォンが向けられた。


人影は、設備点検をしている作業員だった。


反射材のついたベストを着ている。


バスの中から、ため息が上がった。


ツアーは感染者を一体も見つけないまま終わった。


翌日、旅行サイトに評価が投稿された。


《ゾンビが見られなかった》


《ほとんど移動だけ》


《昔の映像を見せられた》


《安全すぎて迫力がない》


平均評価は、五点満点で二・八だった。


旅行会社は改善を約束した。


第二回からは、保護施設の見学が追加された。


専用檻の中にいる感染者を、防護ガラス越しに観察できる。


参加者は満足した。


ただし、檻の中では動きが少ないという意見が出た。


第三回では、感染者の生前の習慣に合わせた道具が置かれた。


会社員だった感染者には、机と電話。


配達員だった感染者には、空の段ボール箱。


接客業だった感染者には、誰もいない受付カウンター。


感染者が動くと、参加者は歓声を上げた。


人を見つけて近づこうとしているだけでも、サービス精神があると評価された。


ツアーの評判は上がった。


予約は三か月先まで埋まった。


類似する観察ツアーも増えた。


研究施設見学。


保護ゾンビとの記念撮影。


ゴーカートゾンビ走行跡巡り。


某ラーメン本店での昼食を組み合わせたコースも作られた。


ロシア大使館だけは、ツアーの立ち寄りを断った。


平常運転だった。


政府が観光目的の入国制限を解除すると、海外から予約が殺到した。


空港には、ゾンビダンスの衣装を着た観光客が到着した。


入国審査前に集団で首を傾け、警備員を緊張させた。


港区周辺には、何十台もの観光バスが並んだ。


感染者より、感染者を見に来た人間の方が多くなった。


海外の旅行会社は、さらに近くで見られるツアーを求めた。


防護ガラス越しでは、画面で見るのと変わらない。


檻の中では、動きが少ない。


もっと近くで。


もっと自然な状態で。


もっと本物らしく。


要望に応えるため、観察設備は少しずつ感染者へ近づけられた。


運営会社は、安全基準を満たしていると説明した。


参加者も、それを信じた。


一体なら遅い。


檻に入っている。


係員もいる。


何度もツアーを実施し、事故は起きていない。


悠人は、実家のテレビでその映像を見ていた。


悠人には、感染者が安全になったようには見えなかった。


人間の方が、怖がらなくなっただけだった。


かつて人々は、ゾンビから逃げるために金を使った。


今では、ゾンビへ近づくために金を払っていた。


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