~知らない世界~
目を覚ますと、そこは見知らぬ草原だった。
柔らかな土の匂いと、静かな風。
空はやけに広く、雲はゆっくりと流れている。
なのに、視界が低い。
いや、低いなんてもんじゃない。
地面が、すぐそこにある。
体を起こそうとして、違和感に気づく。
手が、ない。
「え……?」
声を出したつもりだった。
けれどそれは、自分の知っている“声”ではなかった。
そのとき、空を飛ぶ鳥の鳴き声が耳に入る。
そして不思議なことに、その意味がわかった。
──逃げたほうがいいよ。あそこに人がいる。
誰の声でもないはずの言葉が、頭の中に直接流れ込んでくる。
混乱したまま、近くの湖へと駆け寄った。
水面に映ったのは、見覚えのない姿。
白い、小さな──猫だった。
息が止まる。
「……これ、私?」
現実感が崩れ落ちるような感覚のまま、茂みの方へ意識が引かれる。
そのとき、草むらが小さく揺れた。
───……新顔だね
声ではない。
けれど、言葉として頭に届く。
驚いて振り向くと、小さなリスが木の陰からこちらを見ていた。
「……今、喋った?」
思わずそう“考えた”瞬間、リスは少し首をかしげる。
───喋る?ボク達はいつもこうだけど
当たり前のような返事に、さらに混乱する。
その時、空から影が落ちた。
枝にとまった一羽の鳥が、こちらを見下ろしている。
───起きたばかりか。珍しいね、その反応
まただ。
言葉が、頭の中に直接響く。
私は自分の“声”ではなく、“思考”で返すことしかできなかった。
『ここは……どこ?』
鳥は少し羽を揺らす。
───知らないのも無理はない。ここは境界の草原だよ
「境界?」
リスが横から口を挟む。
───目覚めたばかりの存在が最初に落ちる場所らしいけど。だいたいはそのまま森に行くけどね
“目覚めたばかりの存在”
その言葉だけが、妙に引っかかった。
『私、人間だったはずなんだけど』
一瞬、空気が止まる。
リスが小さく鼻を鳴らした。
───人間?それはずいぶん前の話だね
鳥が静かに目を細める。
───今は白猫。それだけだ
“それだけ”
その言葉が、やけに重く胸に落ちる。
混乱しながらも、私はようやく少しだけ周囲を見回す余裕を持った。
草原は広く、静かで、どこか現実味が薄い。
けれど、目の前の存在だけは確かに“生きている”。
リスが尻尾を揺らした。
───とりあえず、ここに長くいるのは危ないよ。人間も来るし
鳥が続ける。
───それに、この辺は魔力が少し濃い。慣れてないとすぐ気分が悪くなる
“魔力”
その単語だけが、はっきりと意味を持って響いた。
私は小さく息を吐くように“考える”。
『……じゃあ、どうすればいいの』
リスと鳥は一瞬だけ視線を交わした。
そして、同時に言った。
───森へ行くといい
その言葉が落ちた瞬間、風が静かに森へ流れた。
行くしかない、とでも言うように。
2話目もお読みいただきありがとうございました。
引き続き3話目もよろしくお願いいたします。
次回は森へ行きます。




