75話 『迷宮の遺跡』
「何で……ヘルメスがここに……?」
「久しぶりだねトウマ。元気なようで何よりだ」
予期せぬ人物の登場により身をたじろぐトウマとは反対にヘルメスは爽やかな挨拶を送る。
約一ヶ月ぶりの再会なのだがヘルメスはこれといって変化見られない。相も変わらずこの世界に不相応な仙服を着用しているし、鉄扇を弄っている。
「こんな夜中まで起きていると体調を崩してしまうよ?」
「眠れなくてな……それよりなんでヘルメスがここに?」
その質問に対してヘルメスは「あぁ」と返事をすると、周囲を気にする素振りを見せる。誰もいないことを確認したのか、少しトウマに近寄り、彼にしか聞こえない声量で話す。
「ここに存在していた魔獣の生体反応が消えたから、確認に来たんだ」
「魔獣……それって、下半身が蛇で双剣を扱う怪物か?」
思い当たる中でも別格の魔獣を挙げるとヘルメスは少し目を丸くしていた。反応を見てトウマは口を横に大きく伸ばし、天狗になって言う。
「いやー、悪いな。そいつなら俺が倒しちまった」
「……なっ!」
「あら? 倒したらまずかった……?」
信じられない、と今にも口から出てきそうな表情を浮かべ、何かを考え出したヘルメス。目が細くなり、意識が脳の思考回路に移る。
機械音が今にも聞こえてきそうな素振りを見せた後、少しため息をついた。
「君がそこまで強くなっているとは……でも、討伐する前に一言貰いたかったよ。あの魔獣は遺跡に近づく人間を弾き返す守護者だったんだ」
「守護者、やっぱりか……悪りぃなヘルメス、捜そうにもどこにいるか分からなくてな」
「確かに、王都不在だった僕の責任だね。申し訳ない」
先の出来事を自らの過失と捉え、ヘルメスは碧の頭を下げた。このような寛容な懐を含めて、彼が王国No.2に相応しいのだろう。
慌ててトウマは弁解しようとするも、ヘルメスの責任というものに対する罪意識は岩よりも固く、中々頭をあげてくれなかった。
トウマの献身的な宥めを幾度か繰り返した後、ようやく顔をあげて――、
「トウマは遺跡内に踏み込むつもりかい?」
「踏み込む……んー、まぁそうだな。俺が行きたいから、ではないけど」
「その様子だと仲間の付き添いか何かかな?」
「そんなとこだ。ヘルメスは中に入らないのか?」
「僕も入るよ。魔獣がトウマに倒されたから遺跡内に綻びが生じてないか確認するつもりだ。一緒に行くことは出来ないけどね」
恐らくだが、ヘルメスは遺跡内でも極秘の部分に行こうとしているのだろう。国の重鎮が動いたということは、神代の遺跡には馬鹿に出来ない秘密が隠されているはず。
秘密が何なのかより一層遺跡への好奇心が湧き上がるトウマ。それとは反対に、どこか神妙に重たい空気を纏うヘルメス。
「どうやら君に酷なことを経験させたようだね」
「……酷?」
話題の切り替えとして口を開いたヘルメスの言葉にトウマは思い当たりがほとんどない。
全く無いとは言いきれないのだが、先の都市での出来事はヘルメスは関与してないように思う。が、彼なりに何か思うところがあるのだろう。
「サラディンで起きたことは事故だ。ジュラルの死は彼の身勝手さが起こしたことだから気にしなくて良いよ」
「……息子さんはどうなったんだ?」
「行方不明だったけど、父の死を聞いてトンボ帰りだったよ。今は……自室に引き篭ってる」
「そうか…………」
無関係と言い切りたいところだが、間接的に関わっている故に無視することは不可能だ。
たかが数日程度の人間関係といえど、顔見知りが死ぬのはやはり辛い。胸を切り裂くような痛烈さがトウマを蝕む。
下敷きとなった少女のことを伝えるべきか――。
「ともかく、僕は一足先に遺跡に入るよ」
「……ヘルメス」
止めていた足を動かしたヘルメスの足を止めるトウマ。
視線は泳ぎ、口ごもる姿にヘルメスは首を傾げる。そして、トウマは――、
「――気をつけて、な」
「ありがとう、君も注意してね。お互いまた会おう」
軽く手を振って先を行くヘルメス。言葉に出来なかったことを悔やむトウマだったが後の祭りだった。
謝罪の気持ちを込めて一礼。ゆっくりと、神妙な顔つきで上体を起こしヘルメスの背中を眺める。
大きく、頼りがいのある背中だ。危機に陥った時、名前を呼べば恐らく駆けつけてくれるだろう。
「……ん?」
だが、その背中の一部に違和感がある。
森の木々から細く射し込む月光。それがヘルメスの裾を照らした。浅葱色の仙服、その裾には模様とは思えない赤が付着していた。
この世界に来てから見慣れた、といえば不謹慎極まりないが少なくともほぼ毎日見ているトウマにとってそれが何なのか凡その見当はつく。
しかし、理由が分からない。どのような理由で「血」が付着しているのか……。
「魔獣の血は赤じゃない……となれば、人か?」
誰かと交戦し、殺したのか。ヘルメスの実力についてはあまり知らないが恩恵を受けている加護を思いやれば勝利したのは固い。
誰を殺ったのか分からない。そもそも、殺したのかも分からない。
「まぁ、寝るか」
寝る前の考え事ほど無駄なことは無いだろうと思いトウマは床についた。
「傷の具合はどうよ」
「寝たら快復したわ、もう大丈夫や」
翌朝、昨日の傷を確認してみたが、ラーヴェルは何とも無いと主張している。
しかし、リューシュを除く女性陣は未だに頭や背中が痛むとのこと。故に、無理をしないことを約束事に入れ戦闘になり、勝ち目が薄かったら撤退することを決めた。
「じゃあ行くか」
ドンと大きく構え神聖さという光を失った門。それでも威厳は保ち続けようと立ち往生しているその下を潜り、一行はかつての都に足を踏み入れた。
※※※
「遺跡にしては割と遺ってる方だな」
門を潜った先に広がる遺跡とやらにボロボロの廃屋のような印象を受けていたが内部へといざ入ってみると遺跡というより廃屋が似合いそうな雰囲気だった。
加工された石や岩を積み上げて造られた建築スタイルは現代でも残っているが、その加工技術は途絶えてしまった。
石どうしの間に苔が生えているのを見ると天然の石をそのまま積み上げて造られた場所もあり、面倒くさかったんだろうなという印象を受ける。
凛とした雰囲気を放ち続けているのを入口から感じていたが、内部に入ってもそれは変わらなかった。
「それよりも、あれね……ここ」
「迷路みたいですね!」
痛む背中を擦りながら違和感を感じていたヒヨリの言葉にリューシュが続く。
正しくその通りで、迷路のようにどこへ行っても新しい通路が現れる。
王宮を例にというよりサイズの大きい邸宅になれば通路が枝分かれすることは必然。だが、この遺跡は異様だ。
現在一行は入って真っ直ぐの箇所、地下へと続く階段が見える場所まで来た。
だが、階段までたどり着く前に、右に六つ、左に七つの分かれ道がある。加えてそれぞれを隔てる壁の厚さは約二メートルほどしかない。
「こんなに造る必要があったんですかね……」
「神話時代からあるんやろ? 神さんが住むにはこれくらい必要ちゃうんか?」
「必要そうだけど、こんな所に住んでたのかしら?」
あらゆる文献に登場する神の数を全て数えると軽く万は超える。故に、それだけの住処を用意したのなら分かるが、はたしてこの遺跡に全員が住んでいたのか、と言われたら頷けはしないだろう。
「ともかく、一つ一つ潰して歩くのは面倒ね。二手くらいに分かれましょう?」
「いいのか? 戦いになれば人数の多さを使えなくなるけど」
「大丈夫よ。そもそも、ここに住み着いてる化け物と戦うなんてあたしは元から反対だもの、そこの脳筋と違ってね」
トウマの疑問に、自身の隣に立つ脳筋ことラーヴェルをチラっと見るヒヨリ。
その意見にトウマも賛成なわけで――最も、戦うなんてラーヴェル以外は全員反対だった。故に、戦うとなればラーヴェル一人を置いて撤退する算段が裏で実は出来ていた、なんてことは秘密だ。
「あたしはこの筋肉ダルマを連れて行くわ、手綱を握ってないと危なっかしいからね」
「じゃあ私も! そっちに行きます!」
流れてリューシュもヒヨリグループに配属が決まった。
となれば後に形成されるグループは必然的にトウマ、ミレーユグループになる訳だ。
だが、分かれるとなれば懸念点が生じる。連絡は一体どうするのか、誰かが行方不明にでもなったらどのように伝えるのか。
トウマが訊ねると――、
「大丈夫ですよ。これがあります」
懐からミレーユが小ぶりの巻貝を二つ取り出した。中を確認してみるも、おいしそうな実は詰まっておらずただの抜け殻のようだ。最も、トウマは貝が嫌いだが――、
「『伝心貝』、これなら大丈夫ね」
トランシーバの役割を果たす貝をミレーユは所持していた。連絡の問題はこれで、解決。しかし、どうしたものか遺跡は思いのほか巨大だ。迷宮を彷彿とさせ、縦横に広く展開している。
「一階と地下に続く場所があるから、担当する方を決めないとね」
現状では一階が果てしないように広がっていると思われているが、地下も同じように展開しているだろう。となれば探索の範囲は変わらず、地上か、地下かという問題だけが残る。
「あたしたちは――っ!」
ヒヨリが地下に、と言いかけたところで違和感が生じる。
突如、どこからか発生した真っ白な濃霧が五人を呑み込んだのだ。
白煙は遺跡を飲み干す勢いで広がり、互いと互いの顔が視認不可能なほど濃く、粒子の細かい霧だった。
瞬間、ラーヴェルは直前の記憶を頼りにグループメンバーを両脇に抱える。
脳筋ながら記憶力は良いようで、二人の回収には成功した。
「あと二人! 兄やんとお嬢ちゃんはどこ行った!」
ラーヴェルは少し離れた箇所にいたトウマとミレーユも回収せんと周囲を見たがいない。走り回ってみたが、やはりどこにもいない。
「襲撃を受けたかもしれない! ラーヴェルともかく地下に行きなさい!」
「はぁ!? 何言うとんねん、捜すのが先やろ!」
「連絡手段ならあります! ともかく無事を祈って身の安全を優先しましょう!」
「ぐぬ……それも、そうやけど……これで死んでたら二人とも許さんからな!」
せめて両脇に抱える二人だけは守ろうとラーヴェルは真っ直ぐ地下へと向かった。
階段の降りる直前、結界のようなものを通り抜けたことを三人は全く気がついていなかった。その光景に口角を上げている人物がいることにも――。




