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74話 『迸る闇と神』

「とりあえず、今日は遺跡探索は無理やな。ボロボロすぎや」


「いや、何気にあんたが一番ボロボロなのよ?」


 治療が終わった途端軽い小競り合いのようなものを展開するラーヴェルとヒヨリ。

 パーティーの半分以上が戦闘不能に陥ったことで、遺跡探索は後回しになった。神話時代の遺跡は色々と嫌な噂が後を絶たない。


 化け物がいるだの、魂を抜かれるだの、目玉をくり抜かれるだの、呪われるだの、寿命が縮むだの、etc.....。


 どれもこれも幼稚で馬鹿馬鹿しい意見だが、神世の時代からの遺物となれば話は別になる。


「森の中、それも人気のない場所にあるっていうのが少しいやらしいな」


「魔を封じ込めている……なんて噂もありますからね。人がいないのは当然でしょう」


 トウマの愚痴に補正を入れたのは自身に治癒魔法を掛けているミレーユだ。治癒魔法はあくまで対症療法で、根本から治すことは不可能。気休め程度にしかならない。


「魔を封じ込めている……だったらあの化け物ってガーディアンか何かだったんじゃないか?」


「そんなことは無いと思いますが……」


「そうでもないらしいですよ! 昔、本で読んだことがあります!」


 元気の良いパワー漲る声色がトウマの声に応えた。彼女は先の戦いで傷を負っていない、ヒヨリから守れと言われた使命をトウマはやってのけたのだ。


「神代の遺跡は魔を封じ込めている、その力に魅入られ近辺の魔物は侵入者を殺さんと無意識に攻撃する、とのことです!」


「なるほどな、でも守ってるつーことは遺跡に何かしらの秘密があるとみていいんだよな?」


「はい! 何があるかは分からないですが、重要な秘密があることは間違いないみたいですよ!」


「それこそ、貴方の秘密、かもしれないわね」


 一本の木に凭れて薄紅の少女を見つめるヒヨリ。元より今回の目的はミレーユの秘密を紐解かんとやって来たのだ。


『忘姫』と呼ばれる所以。

 神代の遺跡にて、二百年前――『忘姫』が何かしらの儀式を行ったという記録が公に残っているのだ。それが、ミレーユと関係あるかは不明だ。


 しかし、世界各地を渡り歩いた彼女にとってはほぼ最後の機会とも言える。これ以上の公的記録は既に抹消され、世界のありとあらゆる文献から姿を消している。


「遺跡っちゅーことは、やっぱり竜とか居るんかなぁ」


「いたら困る。その場合は撤退するか」


「なっ! 兄やん何言うてん! 勝負仕掛けるんが男やろ!」


「……脳筋だ」

「脳筋よ。今更じゃない」


 しかし、ラーヴェルの言葉を無視することも出来ない。リューシュの言葉通りであれば、『魔』とやらに魅入られた魔獣が遺跡の中に根城を構えていてもおかしくない。


「魔に魅入られた生物は並外れた戦闘力を有するので正面から戦えばまず命は無いでしょう!」


「……だってさラーヴェル。いくらお前でも流石に――」


「おもろいやんけぇ……並外れた武力、体感したいみたいなぁ!」


「脳筋だな」

「脳筋よ」

「脳筋、ですね」

「脳筋!」


 まぁそんな脳筋は放って置いて、とトウマは切り出し明日の展開について話し出す。

 それが話し終わった後、各々は睡眠へと入った。



           ※※※



「……」


 皆が寝静まったのを確認したトウマは瞼を開ける。誰も起こすことがないよう起き上がり、全員の視界に映らない木の裏へ移動する。


「ふぅ……」


 ともかく、本日の出来事で一週間分の溜まりに溜まった死の結末を跳ね除けた。次の展望が如何なるものか、を確認する必要がある。


 ポケットから取り出そうと手を伸ばした瞬間――、


「……ッ!」


 どす黒い負のオーラを纏った光が溢れた。この世界で最も汚く、最も闇を放つ『手帳』。これまで、漏れいずる光は蛍光色だった。

 予期せぬ光にトウマは眉を顰めながらも握る。ビリッと静電気のようなものを感じ、反射で手を離してしまうトウマ。


 禍々しいベールを纏い、地に伏している『手帳』は先の魔獣を彷彿とさせる威圧感を放っている。その光景にトウマは拾うのを躊躇した。

 しかし、これ程の最悪な合図を出された以上見過ごす訳にはいかない。


「死臭が、する……」


 結局拾い上げたトウマの第一声がそれだった。トウマはここ最近、死の匂いを感じ取ることができるようになった。あらゆる生物の死を捉えるまでにはいかないが、身近な人間に死が迫っているのを察知出来る。


「ぐっ……うっぷ……」


 その匂いは今までで最も濃く、強い酩酊感でトウマの身体を蝕んだ。片膝をつき、奥底から込み上げる異物をグッと堪える。


 菌類のように臓器の至る所を侵食し、あらゆる箇所の芯からトウマの体を震わせた。


「はっ、はぁ……はぁっ」


 暑くもないのに脂汗が彼の額を通り、地面へと落ちた。

 視なければ、トウマには視る義務がある。人を救い、因果律を狂わせてこそトウマは帰還出来るエネルギーを貯蓄できる。


 大きく吸って吐いてを繰り返してトウマは『手帳』を握る。先程しかり静電気が全身を駆け抜けるが関係ない。

 トウマはページを見た、食い入るように、一度で見切れるように。


『神代の遺跡にて全てが潰える。

 これを回避出来たのならば、帰還エネルギーをMAXにしよう』


「……? どういうことだ」


 上文と下文、それぞれが彼の思考を鈍らせた。

 最も上文に関してはこれまでも類文を見てきたため、考えるまでもない。ここに綴られた以上は必ずその未来を引き寄せてくる。


 ――問題は下文だ。


「今の帰還エネルギーは……」


 小声で呟いたつもりだが『手帳』はその声すらも拾っていたようで、手記の一ページ目に戻り、エネルギー量を示す。


『50%』


「半分まで来てる……っ!」


 残りの全て、となれば今までしてきたことの分を賄ってくれる、というわけだ。

 他人の生死を握り、運命を変えて、自らも苦しむ運命から解放されるのならば願ってもない展開だ。


 すると、今度は血のように赤い光が一帯を覆った。グッと目を閉じること数秒、『手帳』に変化があった。


「明日、不運なことが一つ起きる……これ見るのにも犠牲があるのかよ」


 つい最近払った一番大きな犠牲は自らの身体。ボロボロになって治療を受けたが、結局左目は元に戻らなかった。今も、左の視界は何も見えないままだ。


「だが問題無い、今日俺は化け物とやり合えることが分かったんだ」


 敵の能力を解析出来たというアドバンテージがあるにしても、実際の戦闘は上手くいくか不明だった。それでも片目でいけたのだから、何も問題は無いだろう。


「ともかく……布石を打つ」


 神代の遺跡にて全てが潰える。

 彼の思考内ではトウマら五人の運命、と言い切りたいのだがそうであるなら、


「五人が死ぬと書かれるはず……全てが潰える、まさに全て、か?」


 この世界のありとあらゆる、森羅万象、万物全てが終焉を迎えることなら――、

 

「あの神がいれば何とかなる、のか?」


 打開策として最も現実的なのは、自身の内につい最近まで住み着いていた神様、消息はとんと不明だが、彼女が一番のキーパーソンになることに間違いは無いはず。


「……今からでは間に合わない、か」


 期限としてどのくらいの猶予があるのか不明な以上迂闊に動くことは出来ない。理不尽なことに、これまで直後に起きたり、前回のように一週間と不規則なことが多い。


「まずい、まずいぞ……」


 真っ暗闇の森の中、ザッと物音がトウマの耳に入った。

 まずい、『手帳』を見られる……!

 そう思ったトウマは何よりも先に隠し、自分の身を隠すのを後にした。


 固唾を飲んでトウマは身構える。生憎とトウマは無傷、万全状態だ。

 ザッザッと草をかき分け、大地を踏み鳴らす音が近づいて来る。その音は迷いなくトウマの方に向かって来ている。


 そして――、


「なっ……!!」


 眼前に現れた()()を見て、トウマは目を丸くした。


「うん? どうして君がこんな所に……」


 木々の葉よりも薄い碧色の髪、茶褐色の瞳には驚きの情が浮かんでいる。浅葱色の仙服はシュラーゲル王国重鎮の証。


 人は彼をこう呼ぶ――『言霊の神』と。



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