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73話 『未来視』

「ふぅ……」


 かつて無い自信は戦地へと赴くトウマの背中を強く押してくれた。出来るかどうか分からない不安もあるものの、目の前に立ち塞がる障害を乗り越えることが出来る、とトウマは思っている。


「――――」


 相変わらず魔獣は黙りだ。そもそも、こいつは魔獣ではなくて魔人の部類ではないか、とトウマは思う。


「――――」


 有無を言わずに魔獣は大剣を落とした。それよりも寸分先にトウマが動く。

 凄まじい地響き。落とされる大剣を躱しつつ、魔獣のサイドへと侵入する。しかし、双剣は最強の矛と盾。盾の役割を果たさんと、片割れが襲いかかる。


「ちぃ……!」


 皮一枚でそれを避ける。

 前回までのトウマであればここで終わっていた。しかし、トウマとてこの世界で戦闘経験を積んでいる。これくらいなら、避けることが可能だ。


「……」


 一度距離を取ったトウマがポケットから『手帳』を取り出す。

 真っ黒な『手帳』に手を置き、魔力を吸い取る。この世界に来た当初以来の活用法だ。『手帳』の役割を果たしていた神がいなくなったため、これからの戦いはこのようになるだろう。


 トウマが『手帳』で魔力を吸ったと同時、魔獣の額が開眼する。


 真紅の瞳が事象を捉える度に、不可思議な行動を見せた。

 一番のありえない出来事は死角から攻撃を浴びせたラーヴェルを抑えたこと。魔獣であっても死角よりの攻撃は意表を突かれる。


 だが、避けた。その後も、額が開く度にトウマらを圧倒した。

 全てを見透かしているかのように――、


「未来だ、未来視の役割を果たしているはず」


「――――」


 ギョロッと瞳が閉じる。それが再戦の合図だ。トウマは手にした魔力を元素反応へと還元、馴染みのある土魔法で弾丸を作る。魔獣の見えない位置で。


「――――」


 腰下の黒蛇が飛び出す。この一週間で何度聞いたか分からない鳴き声だ。対処法も既にインプットされている。

 風をバックに突っ込んでくる黒蛇の頭部をトウマは躱す。同時、直線に走る。


 正面にあるのは魔獣の双剣。迎撃の袈裟が落とされる。瞬時にトウマは弾丸を握らぬ手で武器を作り出し、防ぐ。


「重、てぇ……!!」


 鍔迫り合いとなればトウマが押される。その場に留まれば背中に蛇が迫る。やむを得ずトウマが弾き飛ぶ。

 右の上腕二頭筋が軽い痙攣を起こしている。宙に掘り出されながらも、トウマは大地に着地、再び突進する。

 すると、またしても開眼。未来を視る。それを見届けたトウマは口角が上がった。笑わずにいられない。



 この時、トウマは勝ちを確信した。



           ※※※


 未来が視える、分かることの利点は自他のあらゆる事象の結果を先取りし、最悪なら回避を、最高ならより最高に出来ることだろう。


 宝くじの当選番号や、株の動き、「未来が分かれば」と呟く大抵の人がそのように甘い結末を夢見て呟く。未来が分かることは人を最高の人生に連れて行ってくれる――はずはない。


 未来は結果論に過ぎない。あらゆる因果律を強制的に結び、巡り会うことの無かった運を紡ぐ。結果、その一未来に辿り着くため、現在の時間軸で多くのものを失うことになることにも気が付かず。


 未来が視えることの弱点は、今あるものを失うこと。結果に囚われ、取捨選択を大いにミスることにある。


 先程魔獣が未来視した結末――それはトウマが隠し持っていた弾丸で胸部を貫かれたことによる死の結末。それを防ぐために、魔獣の意識は強く弾丸に引き付けられる。


 先程述べたように、未来はどんな風にも変わる。これは変えられると言っても良い。「死」という結果を、「生きる」という結果に、というように。


 だが、魔獣はその思考を持たない。持っていないと言うべきか。胸部を貫かれるという場面だけを切り取り、そこを改善する。

 貫かれる過程を変える、という選択を棄てて……。


 未来は如何様にも変化する――これままさしく、トウマがこれまで経験してきたことだ。言葉では誰もが同じことを言えるが、トウマ以上に痛感している人間はこの世界ではゼロに等しいだろう。


 未来を書き換えられ、踊らされていたトウマが未来を書き換え、踊らせる側に立つ――。


「かぁぁあ!」


「――――」


 至近距離での斬撃の応酬。だが、相手は双剣、トウマは片手剣。加えてパワーもある。

 血飛沫を上げるのはトウマだ。背中に回した拳をギュッと掴み、隠し持ったまま出さないのだ。


 故に魔獣はそこに意識を持っていかれる。トウマは追い詰められれば必ず最後の切り札として弾丸を放ち、胸部を貫いてくる。虚をつかんと必死に隠している様を魔獣は目を覆っている黒の布越しに認識していた。


「ぁぁあ! いってぇ!!」


「――――」


 まだ、まだ来ない。場は硬直する。全身を掠り傷でいっぱいにしていると言うのに、まだ来ない。



「おらぁぁあ!」


 まだ――――焦らす。焦らして、焦らさないと、焦らして、焦らす。



「ぁぁぁあ!!」


 まだ――――――意識を完全に固める。ここに、トウマという人間に固める。




「――ッ!」


 その時、初めて魔獣の表情が動いた。

 トウマの肩が僅かに上がったからだ。トウマが掌を開き、向ける。案の定、そこにあったのは土魔法で作り出したドリル状の弾丸。


「――――」


 先程対峙した、誰よりも、誰の魔法よりも素早いそれは空気中を走った。

 しかし、魔獣はそれを狙っていた。初動を見てからでは到底間に合わなかっただろう。だが、無念にも魔獣は未来を視ている。

 ガシャン、と金属音を立てて弾丸は大剣の餌食となった。トウマの心を崩すように、弾丸は地へ落ちる。


「……ぁ」


 血の気がサーっと引いていくのを感じた。

 秘策を破られたトウマは自然と膝を折った。すると、自身を大きな影が覆った。耳元で大きな金属の音が聞こえる。


「――――」


「やめてぇぇええ!!」


 遠巻きに見守る少女の悲鳴も虚しく、大剣が振り下ろされる。

 肉を、骨を砕く音と共に鮮血が飛び散る。

 生暖かい血がトウマに返った。焼けるような痛みが、死の匂いが膝を折った少年の鼻腔を刺激した。


「――――?!」


 だが、血を噴き出したのはトウマではない。刃は首に当たる寸前で止まっている。

 口いっぱいに鉄錆の味を広げ、生命力が欠落していくのを感じていたのは――魔獣。


「俺を……わすれんな、やぁ……」


「――――」


 再び死角より侵入したラーヴェルの拳が魔獣の心臓部分を貫いていた。

 最後の悪あがきか、魔獣は力を振り絞って大剣を下ろそうとするが、それよりも素早くトウマが動く。

 

 手に余る魔力を全て使い、弾丸を作り、放った。その一撃は魔獣の『胸部』を貫いた。


「終わりだ」


 トウマが勝ちを宣言する。魔獣は何も言わず、仰向けに倒れた。そのまま体が崩壊し、炭となって消えて行く。


「一つの結末に固執しすぎたな……確実な未来はどこにもない」


 無数にある未来の中のうちの一つ、それに固執していた魔獣にトウマは言葉を送る。

 未来が分かることの慢心と、一つの未来に固執した結果、魔獣は滅んだ。


 しかし、トウマは未来が分かっていようとも常に対策を考慮する。死の未来を回避しても、再び襲いかかる死という結末に立ち向かい続けた結果、それが此度の勝因となったようだ。



           ※※※



「ふぅ……」


 消し炭となった魔獣を見て、トウマは緊張の糸が切れたように倒れ込む。

 これにて死の未来は回避できた。生きるか死ぬかの大勝負、アドレナリンが何とか体を動かしてくれたが、二度とあんな経験はごめんだ、と内心思う。


「ラーヴェル、大丈夫か?」


「こんなもん傷のうちに入らん、悔しいなぁ。正面からやり合いたかったで」


「いや、お前死にかけてたろ」


「それでも喧嘩したくなるんが、男や!」


 切られた時の焦燥感は何処へ、とトウマは思いつつラーヴェルを見る。

 血色は悪くないが、ジャケットには血が滲んでいる。かなり深いだろう。


「すっごぉぉおい!!」


「ん? おわぁぁあ!」


 森に同化するくらいの髪を靡かせ、少女が飛び込んで来た。バランスを崩したトウマはそのまま倒れる。リューシュはトウマの上でジタバタと暴れ始めた。


「すごいです! すごいです!! 倒せるなんて凄いですよ!!」


「ごぇ!?」


「どうやって倒したんですか!!」


「ぐぼっ?!」


「おいおい、死にそうなってんやんか。ちびっ子、とりあえず降りてあげてぇな。兄やん死んでまう」


 ラーヴェルがリューシュを抱える。胃液が体内で暴れ狂うのを感じつつ、トウマは何とか起き上がる。顔色は、ラーヴェルよりも悪そうだ。


「と、とりあえず皆を助けようか……は、話は、そ、それから……おぇえ!」


 緊張が解けたこと、アドレナリンの分泌が止まったこと、馬乗りで暴れられたことの三つが重なりトウマは、吐いた。


「にしても、もう着いたみたいやな」


「? あっ、ほんとだ!」


 ラーヴェルとリューシュが向ける視線の先。そこには、どこまでも続いていた木が切り開かれ、神聖さを醸し出す、遺跡が見えた。

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