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72話 『神話時代の怪物』

『神代の魔獣によってパーティーは全滅』


※※※



 二日目、いや三日目、否、一週間目。

 サラディンを後にした一行は七回目の目覚めを迎えた。

 初日の夜中、トウマは『手帳』の中を覗いて未来視を試みた。定期的に確認せねば回避できたはずの死亡フラグが現実に、災いとなって降りかかってしまうからだ。


 今回の未来視の代償……というものは特に無かった。とは言ってもトウマは『手帳』を開く度に何かしらのリスクを負ってしまうことの事実をリセットされているのだが。


「森だから、景色が変わらないっていうのがネックだ。それに魔獣とあるだけで、どんな怪物か見当がつかない」


 初日の夜、冒頭の羅列を確認したトウマは何事もなく睡眠した、と思ったがその未来が夢となって襲いかかってきたのだ。


 今と変わらぬ森の中。無造作に生えた枝をバキバキと踏み鳴らし、何かがトウマたちを屠った。一撃ではない、喧嘩屋のラーヴェルは黒蛇の時と同様に周囲よりも素早く違和感を感知し反撃を試みた。


 しかし、尽くそれらを返り討ちにし五人を惨殺した怪物がこの森に潜んでいる。

 唯一トウマが覚えていることは、一本の大木に文字が彫られており、目指す遺跡が目前に迫っていることを知らせているだけだった。


 つまりは、その大木に何としてでも気が付かねばならない。それが出来なければ予知夢のような結末を迎える。


「今日で七日目、これ以上の延長はメタ的に考えて無いと踏む。ミレーユはこの旅の凡その期間を八日でたどり着くと言ってたな」


 つまり、今日明日が勝負というところ。最も、彼女の計算がズレていたら元も子もないのだが。

 計算なるとかけ算の事を思い出してしまうトウマだが、それはもう一ヶ月以上前のこと。もう不要な心配だろう。


「にしても、こう毎日魔獣に襲われてたらキリが無いわね。筋肉ダルマは嬉しそうだけど」


「嬉しいに決まっとるやろ! 見た事のない怪物共と喧嘩が出来る、それ以上の幸福無いやろ!」


 歓喜極まった笑顔で返答するラーヴェルも、死ぬ未来があることを知らない。恐らく、死の直前まで彼は喧嘩をこよなく愛し、悔いのないように散ることができるはず。しかし、そうなってはいけないのだ。


「ミレーユ、今遺跡までどれくらい?」


「えぇっと、まだ恐らく数キロはあります。このままの速度でいけば今日、明日には着きます」


 水晶の瞳を見るに嘘は無いし、自信にありふれている訳でもない。故に信用できると言って良い。過剰な自信も、欠落している自信もどちらも不可思議なことを招く要因となるのだから。


(とにかく木だ、刻印された木をいち早く見つける。その直後に狩人は襲いかかってくる)


 闘気を少なからず立ち上らせるトウマとは対称に他四人はリラックスし森を突き進んだ。



※※※



 トウマの体内時計が狂っていなければ太陽と呼べる恒星は現在、真上に昇っているはず。

 警戒態勢を敷いたまま歩くというのに、嫌気が刺した頃――、


「おぉ! 何か書いてあるで!」


 何かを見つけたのかラーヴェルが歓喜の声を上げる。その声につられて皆が彼に注目を集める。ラーヴェルは一本の大木に迫り、ドンドンと木を叩いていた。


「これや! 文字が書かれてる!」


「……っ!!」


 刹那、場の状況は二つに別れた。

 一つはその木に近づき、解読を試みるグループ。

 もう一つは、警戒という領域を最大まで展開し、落ち着かない雰囲気を出すグループ。


 後者はトウマ一人であったが、文字の読めないラーヴェルが引き下がりトウマに視点を集約させる。


「兄やん、どうしたんな――っ!」


 未来視によって先に動いていたトウマと違い、磨かれたセンスでラーヴェルはトウマと同じものを感じ取る。


「兄やんみんなを頼む!」


 危機を感じ取ったラーヴェルがトウマの前に出て、大地を踏み抜く。

 木々に集中していた女子の面々は大地が震動したことに驚愕し、振り返る。

 

「ちょ、あんた何して――!」


「魔獣だ! 神話時代の怪物が来るぞ!」


「「「……っ!!」」」


 嘘とも捉えようのないトウマの鬼気迫る顔を見て、全員が構えを取る。


 ――同時、『それ』は天より舞い降りた。


「この威圧感、半端ないなぁ!!」


 姿が見えてもいないが、ラーヴェルは溜めに溜めた拳を振り抜く。以前、黒蛇の顎を破壊し、絶命させた人知を超えるパワーを乗せて。


 しかし、それを虚空を抉るのみで、『それ』を捉えるには至らなかった。

 圧倒的な威圧感と風貌。神話時代の怪物が、数千万年の時を超えて現代に着地した。


 黒蛇の下半身に、人間の上半身。筋骨隆々の逞しい上腕には二振りの大剣。双眸を隠すための黒の目隠し、それでも隠し切れない刺青の模様。


「これが……魔獣、だと?」


「――――」


 機械音が聞こえてきそうな無の動作。双剣が迸った同タイミング、ラーヴェルは顔に汗を浮かべて大きく下がる。


 空気が爆ぜたかのような豪剣。喰らえば胴は泣き別れをするだろう。


「――――」


 間髪入れずに魔獣は腰下の蛇を唸らせて加速。神速とも言える速さで狙ったのはラーヴェル――ではなく、後方に控える女性陣。その中でも、深緑の少女を獲物に定めた。


「――ッ!」


 刃が振り下ろされるより手前、リューシュは風魔法で距離を取る。逃がすまいと魔獣は身を反転、狙いを変えぬまま突撃しようとした時、氷の矢がそれを阻んだ。


「数の優位は私たちにあります! 全方位で圧殺しましょう!」


 ミレーユが矢面に立ち、場の指揮を取る。いかん、その役目を担わなければいけないのはトウマだ。死の結末が訪れることを唯一知る、彼こそが指揮官として布石を打ち続ける必要がある。


「トウマ! あんたはその子を守ってちょうだい!」


 だが与えられたのは幼き少女の近衛兵という役目。飛び込むリューシュを抱きとめ、少し距離を取る。ヒヨリも戦地へと身を置き、火の魔法で立ち向かう。だが、堅牢な双剣の前に尽く断ち切られる。


 魔法使いでも手練れの部類に入るヒヨリとミレーユ。その二人が同時に弾幕を浴びせているにも関わらず、魔獣は双剣で尽くたたき落とす。


 流石は神話時代の魔獣だ。並の魔獣とは天と地ほどの差がある。


「ボケがァ! 俺が黙って引っ込むと思っとんのか!」


 直後、殺気を極限にまで抑えていたラーヴェルが魔獣の背後を取る。そこは目の範囲が届かない死角の位置。

 至近距離まで迫られた魔獣はラーヴェルに気がついていない。彼の鍛えられた技術は神話の化け物すら凌駕するのか。


 ゼロ距離から放たれる蹴り技。先の大剣に劣らずの風圧を味方に魔獣の背中に迫る。当たる、そう思われた攻撃は予期せぬ結果を紡ぐ。


 魔獣は突如身を翻し、死角からの攻撃を回避。驚愕するラーヴェルを袈裟に捉えた。剣圧に押されたラーヴェルが大木に叩きつけられる。


「ラーヴェル!」


 トウマの叫びが響いた。

 これで終わる男では無い。その予想通り、ラーヴェルは致命傷を負いながらも臓腑には届いていなかった。唸り声を上げつつもラーヴェルは羽織っていたジャケットを脱ぎ、傷口に縛り付ける。だが、臓腑に届いていないとはいえ筋肉は傷ついている。


「死角からの攻撃だぞ、何で避けられる!」


 悲観的な声を上げるトウマとは裏腹に前線に残る二人の鋭気は折れていない。

 縛るのに時間がかかる。そう思ったミレーユは、


「私が攻めます、援護を!」


「分かったわ!」


 ラーヴェルの役を買ったのはミレーユだ、大気中の魔力を結集し魔獣と同じ双剣を握りしめ攻防を開始する。

 だが自身よりも一回り大きい巨躯から放たれる一撃はどれも重たい。刃と刃が当たる度に痺れが全身を駆け巡る。


 負担を減らすためにヒヨリが先程よりも手数を増やした弾雨を浴びせる。

 刹那、その場にいた全員が異質な出来事を捉える。魔獣の額の傷跡、そこから真っ赤な瞳が露出したのだ。ギョロっと瞳が周囲を一周した瞬間、迫り来る魔法の弾幕を大剣でたたき落とした。


 片手でミレーユの相手を、もう片方の手で魔法の弾幕を処理する。言うは易し、離れ業に近い。


「何……今の……」


 腰が引けたようにヒヨリは狼狽える。同じくミレーユとトウマもそれを見、えも言えぬ奇妙さに違和感を感じていた。


「諦めないで! 援護射撃を続けて!」


 それでもなお、闘気を剥き出しに剣を振るい続けるミレーユ。ヒヨリもまた、援護をしようと手を向ける。此度は弾幕ではない、意表を突くため、速さを重視した鎌鼬を狙う。

 刹那――再び魔獣の目が開く。


 生々しい目玉が正面の事象全てを、ミクロ単位の情報を読み取るように動く。それが閉じた直後、ヒヨリの魔法が放たれた。前述の通り、解き放ったの鎌鼬。先程の弾幕を強く意識付けられた魔獣の意表を突く、そう思われたが、その期待は裏切られた。


「――――」


 全てを見透かしているかのように、魔法が放たれるよりも先に魔獣はサイドへと移動。結果、発動の直前に狙いがズレたヒヨリの魔法は虚空を捉えた。


「なっ……!」


「――逃がさない!」


 回避した直後を狙い、ミレーユは魔獣の動きを追った。氷の双剣が二つ同時に魔獣を捉える。だが、またしても魔獣の瞳が開かれる。


 知っているかのように、当たり前に彼女の攻撃は尽く大剣に阻まれる。二振り目の攻撃が防がれたと同時、魔獣の大剣が彼女の氷剣を砕いた。

 瞬時に立て直そうと、距離を置くミレーユ。彼女の動きに呼応するように怪物の蛇が唸りを上げた。


 長く、戸愚呂を巻いていた蛇が鞭として襲いかかる。攻めるどころか、反撃を喰らったミレーユも木に叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、大木をかち割った。矮躯な体では耐えられそうもない衝撃、彼女も戦闘不能に陥った。


「――――」


 さて、と言わんばかりに神話の怪物は残った三人を見下ろす。圧倒的な武力。それを前に二人の猛者が儚く散った。

 それを思えば三人は身震いを感じずにはいられない。


「こんな化けもん……どうやって……」


 森に足を踏みれたからこうなったのか。ルートを変えていればこうならなかったのか。もっと未来視が奥深くまで情報を与えてくれていたら、こうならなかったのか……。


 幾つもの後悔が、トウマの体をズルズルと恐怖という底なし沼に嵌めていく。

 そんなトウマとは反対に――、

 

「トウマ、あんたは下がってなさい」


 クリーム色の髪を、矮小な身体全体を、声を震わせながらヒヨリは呟く。

 その声にトウマは「でも」と反論する。


「あんたは戦えないでしょう。あたししかいないのよ。その子、ちゃんと守ってなさいよね」


 死に向かうかのようないで立ちにトウマは何かが鼻腔を突き抜けるのを感じた。

 それは、まさしく死の香り。ヒヨリからは全身から死の匂いが立ち上っている。これまでに無いほど強く、濃い香りが。


「ダメだ、それじゃあヒヨリが――!」


「大丈夫よ、死ぬつもりなんて……ないもの」


 再び言葉を紡ごうとしたトウマだったが、それよりも素早くヒヨリは大地を蹴り抜いた。

 ミレーユのように魔法戦士型ではない彼女はこれまでも、今も後方での援護を得意とし前線には立っていなかった。


 それ故に、どうしても素早さや、力強さは二人に劣る。


「――――」


 無言で、無情に怪物は大剣を振り上げる。

 大きい、威圧的、怖い、死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

 それでも立ち向かわねば、ラーヴェルのような高揚感なんて無い。

 ミレーユのような勇気も無い。

 それでも向かわねば、後ろに仲間がいる限り守るのが定め。


「やぁぁぁ!」


「――――」


 振り下ろされる大剣を回避。

 横薙ぎの二本目も華奢な体を使い回して避ける。

 唯一の光明。見出したチャンス。

 繰り出すのはこれまで、得意としてきた火の魔法。魔力を込め、生成に入る。


 瞬間、額が――開眼する。


「気持ち悪いわね……」


 標的を絞ったためか、今までよりも短時間で瞳は瞼に隠れる。

 ヒヨリがまだ魔法の生成段階にある状態。

 しかも宙に身を踊らせている状態で、魔獣は横薙ぎを放つ。


 剣の刃のついた側面は薄い。故にヒヨリの小回りの効く身体なら容易に回避出来る。


(これを避けて特大の魔法を――!)


 ヒヨリが薄い勝ちを確信する。遠巻きに見届けるトウマとリューシュも固唾を飲んで見守る。彼女なら、あの局面ならば勝て――無かった。


 振るわれた刃は突如反転。刃のついていない金属面をヒヨリに向け、叩きつけた。

 クリケットがボールを捉えたようにヒヨリは飛ばされ、轟音に紛れ、鈍い音を立てて木と衝突。血を流して項垂れた。


「そん、な……」


 泣きそうな声でトウマの手をギュッと掴むリューシュ。同じくトウマも顔を強ばらせ、死への恐怖を顔に出している――ということは無かった。


「分かった……」


 何か確信を得たようなトーンで呟く。一歩前に踏み出そうとするトウマの袖を強く掴みリューシュは引き止める。


「やめてください! お願いです!」


「いや、分かった。分かったんだ」


 リューシュに向ける表情は清々しい程に何かを悟ったもの。まるで勝ち目の無い、死を受け入れるしか無いような顔だ。


 だが、そうでは無い。トウマは初めから今に至るまで、見届けていた。誰がどう動き、その都度魔獣はどう動いていたか。


「あいつの倒し方が、分かった――」


 これまでに無い自信と共にリューシュの静止を振り切ったトウマは、戦場という名のステージへと自身を引き上げた。

 

 



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