71話 『はるか昔の』
一夜を明かし、陽光がトウマらの顔を照らす。サラディンより南下する一行の目的地は『神代の遺跡』。
始まりはミレーユの言葉だった。
「二百年前、最南端の遺跡にて儀を執り行い悪と成る。以前読んだ書籍にはそう綴られてました」
「最南端の遺跡……もしかして、幻とか言われてるやつかしら?」
「はい、その通りです」
さっぱり分からんトウマとラーヴェルは首を傾げていたが、博識である二人は顔を見合わせている。その傍らでリューシュもコクコクと頷いていた。
「そこに行ったら何かが分かるかもしれない。なので、私とトウマさんは遺跡へと向かいます」
聞いていない、と口を挟もうとしたトウマであったが口をキュッと閉じた。
幻とも言われている遺跡。大抵、そのような遺跡にはとんでもない秘密が眠っているはず。世界の真理に辿り着くような素晴らしい秘密が。
もしかしたら、トウマが求める帰還についても何か分かるかもしれない。
ミレーユの言葉に遅れて、わざとらしく平然を装うトウマ。
「じゃあアタシ達もついて行くわ」
「なっ、ちびっ子! この後は俺の故郷行く約束やんか!」
「そうだけど、あんたの故郷なんて皆筋肉馬鹿しか居なさそうで面白みがないもの。それよりも遺跡探索の方が面白そうだからね」
「ねー?」とリューシュに意見を求めると彼女も「うんうん!」と強く同意する。
落胆するラーヴェルにトウマは肩を叩き、励みの言葉を投げるが、何かを傷つけられたラーヴェルは珍しく落ち込んでいた。
するとクリーム色の髪を弄りながら、ヒヨリがため息をつく。
「ラーヴェル、遺跡は神話時代からある伝説級のもので化け物が居てもおかしくないわ。行きがけの魔獣の森もあんたが居ないとダメなのに……残念だわ」
「何やと!? 俺より強いなんて喧嘩のしようがいがあるなぁ! 今すぐ行くぞ!」
「こいつ、マルチ勧誘とかすぐに引っかかるだろうなぁ」
手馴れているのかヒヨリはトウマに向かって何か言いたげな視線を向けている。
どうやらラーヴェルの手懐け方を披露してくれたようだ。単細胞なのか、はたまたノリなのか。いや、ラーヴェルのことだ、単細胞なのだろう。
「それじゃあ早速馬車か何かで――」
「無理ですよ。この辺で馬車を借りることができる場所なんてないです」
「なん、だと……」
人生初馬車を楽しみにしていたトウマの心がミレーユの言葉によってズタズタに崩れる。
近辺にある都市はサラディンしかない。だが、その都市は昨夜の出来事でボロボロ。生物がいるのかすら怪しい。
そもそも、元凶枠がここにいる五人であることがバレたら国際裁判にかけられてもおかしくない。
「じ、じゃあつまり移動方法は……」
「徒歩一択でしょう。私は飛べますが、全員は少し難しいです」
「まぁまぁそう落胆すな兄やん。徒歩での移動こそ、男のロマンやろ?」
「全くもって訳分からん……俺はロマンよりも初体験を求めてたんだよぉ!」
「そういう時もあるやんか。強い敵がいるんやから楽しみに行こうや」
「全っ然楽しみじゃねぇぇ――!!」
※※※
「最南端ってことは、崖っぷちにあるのか」
「違いますよ。現存する建物の中で一番南にあるから、最南端と言われてるんですよ」
「何じゃそりゃ。あぁでも沖ノ鳥島ってそれと似てるか」
日本の最南端は崖にある訳では無い。島国日本と同じように、周囲が海に囲まれている。最端は崖っぷちに存在しているものではないんだな、と思いつつトウマは歩く。
出発してから数刻が過ぎた。
都市の周囲に広がっていた草原は全く見えなくなり、重くどんよりとした雰囲気を放つ森林地帯に入っていた。
どこを見ても視界に入るのは同じような風体の木、木、木――、
「昔行ったテーマパークを思い出すぜ……」
小学生の頃、某テーマパークにてジャングルをモチーフにしたアトラクションに乗ったことを思い出すトウマ。
幼いながらも、視界が変わらず、自分よりも背の高い植物が永遠と続くために恐怖を覚えたことを思い出す。
それと似て非なるものを現在感じている。木の幹に絡まるツルは無いし、虎や蛇がいないのだが不安を募らせていることに変わりは無い。
仲間と逸れることのないように、トウマは最後尾になるのを避ける。大体こういう時に初めに死ぬのは一番後ろのやつだからだ。
「そろそろ夕暮れですね。夜は危険なので、ここら辺で休みましょう」
「あ、ほんとね。そうしましょうか」
「じゃあ私は木の枝を拾って来ますね!!」
女性陣はテキパキとキャンプの準備を始める。それに対して口を開けたまま動かぬトウマと、何か不満でもあるのか口をへの字にしているラーヴェルがいる。
「どうしたんですか二人とも」
二人の様子に気がついたミレーユが首を傾げる。顔からして各々が異なる疑惑を抱えているのは彼女も理解している。
トウマの意見を察することは出来るが、隣のラーヴェルはさっぱりだ。故に――、
「どうしたのよ」
衣服が汚れることがないよう葉を地面に敷いているヒヨリに援助を求める。
話を聞いた彼女は、ラーヴェルを一瞥。すると彼女は大きくため息をつきながら言う。
「あんたね……魔獣に出くわさなかったからって不貞腐れないの!」
「ち、違ぇよ! 俺がそんな事で不貞腐れなんかするかぁ――!!」
「何言ってんのよ、筋肉ダルマが考えることを知らないとでも思ってるのかしら?」
「知らないこともあるやろ! 俺はそんな事で不貞腐れへんわ! そんなちびっ子と同じ子供なわけ――」
ない、そう言いかけたところでピクリとラーヴェルの第六感が何かを感じ取った。
同時、トウマを除く全員が一拍遅れて同じ気配を感じ取る。
「リューちゃん! おいで!」
「はいぃぃ!!」
ヒヨリがリューシュを抱き留める。
ミレーユも立ち上がり、感じ取った何かを目で追っている。
だが、その流れに乗れていないトウマは唖然と警戒心をゼロに立っている。隣で子供のように拗ねていたラーヴェルの口元が上がっている。
それを見て、ようやくトウマも事の詳細を理解する。
何処にいるか――そう思った時、大地が轟音を響かせながら揺れた。木々は悲鳴を上げ、土埃が盛んに飛び散る。
土という地面をかち割って何かがトウマの背後から飛び出す。口を縦に開き、鋭利な牙四本を見せつけながら、獲物を呑み込む瞬間――、
「会いたかったでぇぇ――!」
歓喜の声を漏らしながらトウマを軽く押すラーヴェル。その威力は尋常でない。ポンと押されただけなのに、トウマは数メートル先にあった木に叩きつけられた。
「ぐぉあ!?」
背中を強烈に打ったトウマは重力に引かれて地面に落ちる。結果、何とか丸呑みになるのは避けたのだが――、
「ラーヴェル!」
飛び出した何かに勇猛さを持って挑むラーヴェル。その巨体は人間の何倍もある。漆黒に覆われた鱗と、特異な模様が刻まれた体。その怪物の何声は恐らくシャーと言った感じだろう。
「蛇?!」
シュと二つに別れた舌を出し入れし、逃したトウマを恨みがましい目で見下ろしている。黄色の双眸で睨まれたトウマは腰が引け、迂闊に動くことが出来なかった。それは他の人も同じで――、
「おいおい! どこ見とんねん、俺と喧嘩しようやぁ!」
天高く飛び上がっていたラーヴェルを除いて。
大地を割らんばかりに踏み抜いた彼は武器も持たず徒手で立ち向かう。勇猛か、それとも馬鹿なのか。
「おらぁぁあ!!」
自ら死地に飛び込んできた獲物を捉えた黒蛇は先程同様大きく口を開ける。ピンク色の肉壁と四本の牙が、ラーヴェルの前で展開される。相手はラーヴェルを舐めている。自分より矮小で、後ろに退かぬ彼を侮っていた。
口を開ける速度が遅い。先に飛び上がっていたラーヴェルは黒蛇の鼻頭目掛けて打突をねじ込む。普通であれば自殺行為に等しいが、彼は違う。
けたたましい蛇の声と共に骨の軋む音が森中に響き渡る。鈍い音と衝撃を喰らった蛇はその巨躯を地面近くまで落とした。
人と同じ赤の液体を撒き散らしながら叫ぶ黒蛇。全身を震えながら雄叫びをいれ、自らに喝を入れたのだろう。しかし、この人間もまた大地に雄叫びを生んだ。
「楽しい楽しい時間の始まりぃぃ!!」
固い土の地面を力強く踏み抜ぬかれる。同時に周囲の魔力が吸収される。
その源泉は全てラーヴェルの身体へと集約、戦闘パワーへと還元されるのだ。
黒蛇が襲いかかる。必殺の意と共に、うねりながら。
ラーヴェルが迎え撃つ、楽な文字と共に、力強く拳を握りながら。
「ラーヴェル! 毒があるぞ!!」
蛇の毒は生物界でも最強だ。向こうの世界に存在するコブラは象であっても数分で死に至る。
この巨躯の蛇ともなれば掠った瞬間に死ぬはず。何としてでも避けなければいけない、のだが。
「貰ったぁぁぁ――!!」
勝利宣言と共に迫る牙に拳を叩き込むラーヴェル。だがしかし、無情にも牙の先端は彼の上腕を貫いていた。
「……っ! ラーヴェル!」
彼の体から力が抜ける。フラつき、地面へと倒れ込む――かと思いきや、満面の笑みと共に再び起き上がりアッパーを入れた。
鈍く、耳に入れたくもない音が鼓膜をつんざいた。
それは命が潰える音と言い換えても良い。勇ましいラーヴェルの姿とは対象に、口をあんぐりと開けたまま倒れる黒蛇。
「はっ、俺にかかればこんなもんやな!」
彼の勝利宣言が場の緊張を解く。勝利はめでたい。めでたいのだが、それ以上に、それ以上にだ。
「お前、毒は大丈夫か!?」
トウマはラーヴェルが蛇に貫かれた箇所を気にする。服の袖に大きな穴を開け、生ぬるい血が噴き出ている。
「おぉ、兄やん。さっきはごめんな、怪我はないかぁ?」
「それよりもお前は大丈夫なのかよ! 蛇毒はやべぇぞ! ミレーユ、解毒を――!」
ポカンとしたままの薄紅の少女に救助要請をするトウマ。すると彼女もハッと我に返り、急いでラーヴェルを自分の方に手招きする。
ヒヨリとリューシュも急いで駆け寄り彼の安否を確認する。
顔色は、少し悪い……のではなくむしろ血色が良い。傷の箇所を見てもぽっかりと穴が空き血が出ているだけだ。血が、出ている。凝固すること無く。
「あれ……?」
違和感に気がついたトウマがラーヴェルに向き直る。すると彼もまたトウマを見つめ直す。
「お前……毒は?」
「毒? あぁ、それなら問題無い。毒が挿入されるよりも先に腕を貫通させたで?」
「はぁ? お前何言ってんだ? ほんとに人間か?!」
「兄やんまでそんなこと言わんといてや! 俺も人間やで?!」
それを聞いた全員は強ばっていた全身が緩むのを感じた。
特にヒヨリは大きくため息を吐きながら「やっぱ筋肉ダルマね」と呟いた。
「ですが傷は傷なので治しておきましょう!!」
「おぉ、ありがとな」
メイド服を着、深緑の長髪を揺らすリューシュが治癒魔法をかける。癒しの光に当てられた傷はみるみるうちに回復。やがては完治した。
「ですが、回復魔法ではないので無理しないでくださいね!」
「あーっと、確か血液までは出来へんやったけ?」
「はいその通りです! 憶えてて偉いですね!」
「優しいわぁー、どっかのちびっ子とちゃうな!」
金髪の少女と比較しながら彼はリューシュの頭をクシャクシャと撫でる。どうやらなんとも無いらしい。
全員が再び安堵の息を吐いたところで、再び作業を再開した。
※※※
魔獣の森、その名前の通り魔獣の住処となっているようだ。
『神代の遺跡』を守るかのように、魔獣の森は存在している。なんでもかの遺跡は二百年前の姫によって、何か細工を施されたらしく、魔獣が自然と集まるらしい。
「……この道中、容易には行かないな」
トウマは『手帳』を握る手に力を入れる。神話時代より続く遺跡だ。その道中にも、神話時代の魔獣が存在していてもおかしくは無い。
それによって、パーティーが全滅させられることもある――。




