69話 『同じ人間として祝福を』
「何者だ」
異様。
凄惨な現場に幼い少女が割って入るなど。虹色の瞳など、どの種族とも当てはまらない。
「離れろ老人。次は容赦しないぞ」
「生憎と、私も譲れぬものがある故退くなど選択肢外ですな」
ヒヤリと冷たいものがジュラルの背を伝う。先程の一撃。空砲の様に目に見えず、全くもって魔法の発動を感知出来なかった。
刀を正眼に構える。着流しの裾が風に靡かれ、静寂を生み出す。
その様は現代日本で潰えた江戸の武士そのもの。
「最終警告だ。今すぐに離れろ、さもないと原型も留めないほど木っ端微塵にする」
「私を動かせるのは我が主のみ」
それを聞き届けた彼女は小石を弾くように指先を動かした。
ザッと爆風がジュラルを通り過ぎる。
数秒後、遅れて刀が真っ二つに両断され、ジュラルから血飛沫が舞う。急所である鳩尾に風穴を空け、彼は即死した。
「忠義に生きることを止むるとすることもまた忠義、君はそれを知らなかったね。でも、主共々同じ世界で再会出来るんだから良かったじゃないか」
無慈悲に、瞬殺された老人を見下ろし彼女は冷徹な視線と言葉を浴びせた。
その隣で死戦期呼吸となっているトウマ。
すぐさま駆け寄り、癒しの光を捧げる。それまで受けていたあらゆる致命傷を治癒する魔法。
「それは……治癒魔法、選ばしものだけが使える……貴方は――?」
いつの間にか立ち上がり、脇腹を抑えてミレーユが寄ってきていた。
「君もまた処されるべき人間、だけど彼が許さないだろうから見逃す。決して、裏切らないでもらいたい」
「……?」
「ボクは君が嫌いだ。だから、治癒魔法を教えてほしいんだろうけれど教えられない」
「聖職者でも無いのに……どうしてその魔法を?」
「言ったはずだよ。教えられないって」
一通りの治癒が終わったトウマ。あらゆる裂傷を治すことが出来たが、失った左目を治すことは出来なかった。
「申し訳ない。目は臓器の中でも繊細で治しきれなかった」
謝罪を申しながら、少女はミレーユへと向き直る。その姿を上から下まで一瞥した後、ため息と共に治癒魔法を掛ける。
「……っ、これは」
「彼に感謝することだよ。君の死を回避するために彼は左目を犠牲にした、この恩は絶対忘れないでもらいたい」
「は、はい……っ!」
「それじゃあ彼を頼んだよ。ボクはやらないといけないことがある。身体の治癒が完了したから余裕だろう?」
「はい、いけます」
ミレーユの言葉を聞き届けた少女は背中を向ける。
せめてもの思いを込めて彼女は、感謝の言葉を述べる。それでも、少女は背中を向けたままだったが――。
※※※
少女が立ち去ったと同時、トウマが目を開けた。すぐさま起き上がり、自身の肉体の安否を確認する。顔やら手やら足やらがきちんと無事なことに安堵の息を漏らした。
しかし、左目に手をやり周囲をキョロキョロと確認している。
「目はどうしても治らなかったみたい……」
「ミレーユ……治療してくれたのは……」
「ううん、私じゃない。金髪で虹色の瞳を持つ幼女が現れて、それで――」
彼女の話を遮ってトウマは分かった、と呟いた。
少女の正体については何かと秘密にしておいた方が良い。ミレーユを嫌っているのだから。
「その女の子について何か――」
「おぉ、無事やったか!」
ミレーユが言いかけた時、脇道からラーヴェルが飛び出して来た。
咄嗟にトウマは話題を切り替えんと、ラーヴェルに向き直る。
「なんとか、本当に色々あったけど」
「せやから、俺らと行こ言うたのに。兄やんが断るから」
「いや待て待て。あの時全員、俺が残るって言ったら流石だ、とか見直したみたいなこと言ったじゃないか!」
「あー……そうやったか? まぁ生きてたなら儲けもんや。無事で良かった」
すると、遅れてミレーユも会話に入って来る。トウマのみならずミレーユも彼に救われた存在だ。
「あの、ありがとうございました!」
「おー、気にせんでええよ。いっぺんやってみたかったんよ。空からの登場。願いが叶った瞬間でもあるから俺の方こそありがとう言いたいわ」
「そういえば俺は意識なかったな」
「男前ちゃうでぇ? 女の子一人残して、白目剥いてんのダサいにも程がある」
「否定は出来ねぇけど、俺は出来ることやったつもりだからなぁ」
あの時は全てが全力だった。本気だった。
生き残ることに必死で、少しでも生存の可能性が上げられるなら何でもやった。
過去に戻っても全て同じ選択は……しないか。より最適解を選ぶだろう。
「あの黒衣の人はどうなったんですか? まだ生きてたり……」
「あぁ、アイツな。なんか軽く抱きしめたら死んでもうてな、兄弟や思たのに魔法やったし……なんかよう分からない相手やった」
「お前……ハグで人を殺すのかよ」
確かにラーヴェルはガタイが良い。そこら辺のボディービルダーと比肩しても大差ないだろう。
それでも抱擁で人を殺せるとは驚きである。
「走れメ〇スの感動的なハグが台無しだな……」
とはいえ良い。
脅威が一つ減ったのなら良いことに変わりはない。人が死んでしまったことには合掌せねばならないが。
「で、一区切りついたところで聞くけど……あれ、兄やんと嬢ちゃんがやったん?」
ラーヴェルが指を差した。示す先にはうつ伏せで死んでいる誰かがいて――、
「……っ! まさか、ジュラルか!」
トウマはすぐさま駆け寄り、その状態を確認する。
生温い血液の出処は、ぽっかりと穴が空いた胸。肺と心臓も何もかも失い、くり抜かれたようになっている。
「ぅ……」
生々しい死体にトウマは口の中が鉄錆の味でいっぱいになった。
そっと死体を仰向けにしてみれば、無表情で生気を欠いた老人が。
「死んでも間も無いけど、もう救えんなぁ。てか、兄やんはなんで驚いてるんや?」
「それは」
「それは私たちがやったわけじゃないからです」
「どういう訳や、俺と違って着地にでも失敗したんか?」
「実は――」
ミレーユが説明する傍らでトウマは、グッと手を握る。
『手帳』が予知した、未来視とは異なる。蟻に喰われて死ぬのではないのか。しかし、それよりも、
「ジュラルさん……」
意識を失った最中でトウマは再び『記憶』を取り戻していた。本当に関わりは少なかったものの、死んで良い人ではなかった。
「息子さん、どうするんですか……」
刀を持っていない手を握る。強く、強く。思いを込めて――すると、少し、ジュラルも握り返したような気がした。
「……っ!」
すぐさま回復魔法を、そう思ってミレーユを呼ぼうとしたが、先に二人がトウマを呼んだ。
「どうし、……っ?!」
二人の視線の先に居たのは、象程の巨体を持つ黒蟻。
鋭利な牙をカチカチと鳴らしこちらへと近づいて来ている。しかも単体では無い、その後ろからは複数の蟻が見える。
「蟻……させるかよ!」
死に体のジュラルを担ごうとしたところで、彼は声を絞り出す。
「おやめ、を……」
「……っ! 今は喋らなくて――」
「行って、くだ、され……」
「兄やん何してんねん! 早よ行くぞ!」
「急いでください!」
蟻の軍団は既に近くまで来ている。
せっかく治療してもらった身体、再び死に損なう訳にはいかない。
でも、目の前にいる人間を置いていく訳にもいかない。
瞬間の判断。それが生死を分けるんだ。
蟻とジュラルを交互に見る。どうする、どうするどうする??
「同じ、異世界人として、……応援……して、います、ぞ」
「……っ!!」
「何してんねん!!」
最期の言葉のように聞こえた彼の言葉を聞き届けたトウマ。同時にラーヴェルにフードを掴まれ、ジュラルと距離が離れて行く。
「やめろ! 離せっ! あの人はまだ!」
「アホなんか!! 臓器失ってる時点でもう無理や!! それに敵やろ!」
「でも!」
大きく距離が空いた時、ジュラルの元に黒蟻が到達。一人の老人を貪る蟻を視野に入れたトウマは大きく絶叫した。
「クソがぁぁぁあ!!!」
何故こうなるのか。何故、自分の手のひらはこんなにも小さいのか。助けなければいけない人を助けられない自分に嫌気が刺してやまない。
だけど、死に際でジュラルは大きな情報をトウマに与えた。
異世界人は、この世界に複数いた、ということを――




