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64話 『魔法以上の奇跡』

「私を斬ってください、この人は見逃してください」


 意を決したかのような顔でルドゥブに降伏する旨を伝えた。

 しかし、そうはいかんとトウマは前に踏み出したミレーユを静止させる。


「何言ってんだ! 諦めるのは早いだろ!」


「諦める、なんてことは一言も言っていませんよ。私は無抵抗とは言ってません」


「……っ!」


 言われた通り、水晶の瞳には小さな闘志が滾っている。本当に彼女はまだやる気だ。

 ならば自分も、と後に続こうとするのだが――、


「ダメです。無駄な犠牲は、もう懲り懲りなので……」


「……?」


 チラッと彼女の視線が後方に動いた。

 だがそこにあるのは石の山、恐らくその下には真っ黒な死体がある。

 その遺体は恐らく、彼女の言う通り必要の無い犠牲だったのかもしれない。

 しかし、それがどうした。トウマはその『記憶』を持ち合わせていない。何故、その死が無駄であったのかは知ったことではない。


 寧ろ、生きることを諦めて命を差し出す方がトウマには無駄な犠牲のように思える。


「やめろ、頼む。まだ諦めないでくれ」


「では、どのように打開するんですか。私たちはお互いに魔力が底を尽き、まともに戦える状態では無いです。

 逃げようにも疲労した身体ではすぐに限界が来るでしょう。

 一つの命で、貴方を救える。向こうは目的を達成することができる。お互いにとって利益があります」


「……っ、だとしても自分の命を大事にしろよ!」


 ここで行かせれば本当に死んでしまう。

 最も、行かせなくとも予知で死ぬことが記されている。

 詰みだ。この盤上に持っていかされた時点で、王手を掛けれていた。


「話は終わったぁ? もう良いよねぇ?」


 闘気が少し衰えたルドゥブが間に割って入る。それを聞いたミレーユがトウマを振り切りやはり前に出る。


「長かったねぇ。お姫様の人生もこれで終わりだぁ」


 二人の距離が縮まる。

 ダイシバ は爆薬を主として戦闘を繰り広げたが、ルドゥブは違う。

 

「技を使うまでもないねぇ」


 勝ちを確信ているのか、肩の力が抜けている。そして、剣の間合いに入った直後――、ルドゥブの一刀が血を啜った。


「……っ!!」


 剣を準えるように血は宙を舞い、やがて地面へと落ちる。しかし、誰も倒れることは無かった。トウマの嘆きも、ルドゥブの勝鬨も上がる事なく、場には少しの驚愕が訪れた。


「グゥゥゥ!!」


 瞬間、場が動く。

 ガバっとトウマはミレーユを持ち上げ、場を後にする。


「しぶといなぁ……しぶといのは『異世界人』の方か」

 

 間を置いて、ルドゥブがトウマの背中を追う。

 前述の通り、トウマは満身創痍。

 千鳥足となって、フラフラと人を担ぎながら走る。とてもじゃないが見てられない。


「ぐっ……うぉぉああ!!」


 先程の一刀は強烈だった。高所より落とされる袈裟斬りは確実に命を絶つものだった。

 だが、トウマが二人の間に入り、少し下がることで致命傷は免れた。

 しかし――、


「……っ、目が!!」


「関係、あるかぁァ!!」


 左目を切られてしまった。片方の視界は真っ黒、目を開けているのに、だ。

 気色が悪い、今にも吐きそうだ。


「ゲホッ……」


 加えて傷跡には熱と血が。

 汗がそこへ流れる度に、顔が引き攣る。

 足を止めたくなる。いや、止めたい。なんでこんな目に遭わないといけないんだ。


「仕方ない……使うしかないかなぁ」


 近く、いやまだ距離はあるが体力で劣っていることでじわじわと距離が詰められている。

 故に、少しの声だったらトウマの耳にも届く。

 まさか――そう思って、後ろを振り返れば、大きく振りかぶるルドゥブ。


「クッソォォォ!!」


 後方からトウマの頭を飛び越え、何かが転がる。

 同時、トウマは適当に角を曲がる。

 ドンッと再びの爆発。それも広範囲に、だ。

 家屋を盾にしたところで、爆風を耐えられるはずが無い。


 自身の背中に、金属片と礫がぶつかるのを感じつつもトウマは足を動かす。


「怪我は……ねぇ、か?」


「下ろしてください! もう、もう良いですから!」


「よぐねぇゲホッ、ゲホッゲホ!!」


 肺も心臓も、鈍器で殴られたかのように悲鳴を上げている。

 呼吸をする度、鼓動を打つ度に胸が張り裂けそうになるのだ。


 もう街のことなど知ったことでは無い。物が壊れようが、建築物が倒れようがどうでも良い。自分たちが生き残れされいれば、今は――、


「……ぃぃっ!!」


 再び頭上を超えての爆薬。咄嗟に陰へと飛び込もうとするが、周囲に何も無い。今度は隠れることも不可能だ。


「クッソがぁぁぁぁあ!!!」


 血反吐を吐きながら咆哮を上げるトウマ。足を大きく仰け反らせると、全身の力を集約させて蹴り抜く。

 ほぼ同タイミング、サッカーボールのように飛ばされた爆薬は空中で炸裂。


 トウマはミレーユに覆い被さるように、盾となる。

 無論、ただでは済むまい。熱と衝撃が背中を焼き付くし、周囲から散った小物がトウマを穿つ。


(耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ!!)


 衝撃を耐え凌げば白煙が残る。それを目眩しに逃げれば、未だに何となる。そう思って、立ち上がる――


「あぇ……」


 違和感。

 足の感覚が、無い。まさか欠損、そう思ってみるが両足はきちんと繋がっている。

 だが、動かない。いや、下半身麻痺のように痺れている。


「動け、動け動け動け!!」


「トウマさん、もう良いですから……私を置いて、早く……」


「うるせぇ!! 早く、早く立てトウマ!!」


 衝撃を殺せていなかったらしい。ミレーユも顔を引き攣っている。

 自らの足に檄を送っているというに知らんふりを続けている。

 急がねば、急がねばあいつが来る……。早く、頼むから早く。何度も懇願するのだが、一向に足は動く気配を見せない。


「諦め……な、い。俺は、生きのごるんだぁぁぁ!」


 チャリ、と首元で何かが鳴った。

 ゆっくりと手のひらでそれを掴んで見れば――ラーヴェルから受け取った首飾り。


『友情の証や、これ首に引っ提げとけば俺みたいに男前になれるで!』


「何が……男前、だ……これが、男前かよ」


 ラーヴェルは決して男前では無い。バカな奴の典型例と言い換えもいいかもしれない。

 こんな状況でもきっと、あの男ならどうしているだろうか。

 やはり、男前と言うからには諦めないだろう。

 拳を信じ、目の前の障壁を打ち砕くだろう。不可能なことであっても、首飾りに刻印されたストレートのように。


(あのバカに出来て、俺に出来ない訳が……ない!!)


「がァァァァ!!」


 ありったけの力を右拳に込める。全身全霊、粉骨砕身――破裂せんばかりの熱と気合いで振り抜く。


「動け、つってんだァァ!!」


 血を撒き散らしながら自身の足へ拳を叩き込む。あの男の威力とはまた違う意味を持った威力。

 触れた瞬間、骨の内側から熱が込み上げるを感じ取った。

 もちろん、殴られた衝撃と変わらない痛みはあるものの、込み上げる熱の方が圧倒的に強い。

 ゆっくりと、時間を無駄遣いせずに、ゆっくりと足を動かす。


「……うそ、でしょ」


「うらぁぁぁぁ!!」


 ――そして、立ち上がったんだ。

 先程の衝撃と突き刺さった破片、あれは確実に脊髄に触れた。

 いわば下半身は再起不能、であるはず。

 にも関わらず、ただの信念と意地と、生への渇望がバグを引き起こした。


「ゲホッ、行くぞ、ミレーユ……」


「あっ……!」


 奇跡、奇跡としか言いようがない。

 だが、そこまでだ。足は蘇ったが、他の箇所は死んだままだ。

 左目を失い、胸の傷はさらに開き、何度目か分からない爆発。モロに食らってなお、まだ立ち上がった。それでも、運命は残酷で――


「ほんとにしぶといなぁ! すごいよ、手が止まっちゃったよぉ!」


 二人の後方から拍手の音と共に、ルドゥブが現れる。

 もうトウマは立ち上がれそうにない。既に意識を飛ばし、力なくグッタリとしている。


「すごい、すごいよ。本当に、この都市の発展以上の奇跡だったよぉ。でも、それもここまで」


 白刃が二人を捉える。

 介抱していたミレーユはソッとトウマを地面に置き、その手を握る。しばらく握った後、一人でルドゥブと相対する。


「結果は同じ、私を殺しても構いませんが、彼は助けてください」


「もちろん、良いものを魅せて貰った以上はそうする。だけど、彼は多分死ぬかなぁ」


「……殺さないって話では!」


「うん、殺さない。殺さないだけ、君を殺した後僕はここを立ち去る。救助も呼ばないし、彼をここに捨てていく。だから彼は死ぬ、僕の勘だけどねぇ」


「それでは話が――!」


「違わないよ、僕が殺さないだけであって助けるなんて一言も言ってないよぉ。

 土壇場で奇跡を起こしたとはいえ、二度目の奇跡は無い。だから彼はここで死ぬんだぁ」


 グッと奥歯を噛み締めるミレーユ。

 あちこちから溢れている血なんかよりも、奥歯を噛み締める痛みの方が強烈だった。


 もしもトウマがあの時庇うことがなかったら――自分一人の犠牲で済んだはずなのに。

 自分のせいで、また自分のせいで誰かが死んでしまう……。


(やっぱり私は二百年前の大罪人、でしたか……)


「じゃあ問答はお終いだねぇ、さようならーぁ」


 いつの間にか近づいて来ていたルドゥブの凶刃が振り上げられる。

 静かに眼を閉じて、心の中で懺悔しつつミレーユは動かなかった。今度こそミレーユが刃の餌食となる――、


「ちょい待ちぃ!! 俺も仲間に入れてくれぇな!!」


 徒手を愛する深紫の男が、空より飛翔した。

 


 

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