63話 『災害からの二次災害』
「う……ま、まさかこれ人、じゃないよね?」
件の老人を捜しに行かなければと腰を上げた二人。
真後ろを突き進んでも城壁があるだけということを確認した二人は正面、いわば元人間の端くれか分からないモノの方へと歩き出した。
「……そうですね、私にも分からないです」
トウマからは見えない角度で拳を握りしめるミレーユ。その言葉を聞いたトウマの表情が少し光を取り戻した。
そして、何事も無かったように歩き去るトウマ。
反対に、足を止めてチラッと視界の端にそれを入れるミレーユ。
目を、背けてはいけない。
少しばかり足を止めて、思いを馳せていると何も知らぬトウマが急かしてくる。
「さようなら」と小さな声で呟きながらトウマの後を追った。
「……本当に憶えていないんですか?」
執拗に尋ねてくる彼女に少し違和感を感じたのかトウマは歩きながら顎に手を当てる。
並走してそれを見守るミレーユ。
少しの間、悩んだ後トウマはハッと顔を上げる。
「もしかして――」
ドキッと心臓が跳ね上がったのを感じたミレーユ。ショック症状なのか知らないが、遠からず思い出すはず。ようやく、か。そう思っていたのだが、
「俺魔力ほとんど残ってない?」
「…………はぁ」
全く異なる返答が返ってきたことにため息を溢さずにはいられない。
そんな彼女を見たトウマは首を傾げる。
「間違っていない、ですよ」
「あ、だよね! 危ない危ない。だったら、極力戦闘は避けようか」
「そうですね。なるべく……」
外的裂傷は微塵も見えない二人だが満身創痍だ。
トウマは魔力切れ。ミレーユも加護の力と、先程の治癒魔法の使用で魔力がほとんど残っていない。
戦う、となれば二人とも殴り合いだ。それで、勝てるなど微塵も思っていないが――。
「……え?」
「なんですか。やっと思い出し――」
ふと空を見上げた時。
真っ黒な空に、浮かんでいる人工物が目に入った。それは何度か目にしているので驚きはしないが、
「落ち、てる……?」
全体の角度を鋭角にし、隕石のように急降下してきているとなれば話は別だろう。
轟音と共に、火を噴きながら『浮遊城』はとある一点目掛けて落下して来ていた。
「待て待て!! やばい、どうすんだこれ!」
「落下地点からは離れていますが、風圧は十分に届きます! 伏せてください!」
地上との衝突までもう数秒も無いだろう。秒速何キロか不明だが当たれば一溜りもないはず。
トウマはミレーユの言いつけ通り、その場に頭を抱えて伏せる。
「避難訓練で培った力がここで生きるなんて!!」
「口を閉じてください!!」
軽口を叩く余裕はあるのだが、口内に異物が入ることを防ぐため服の袖で口を覆う。
空気ではなく、大地が揺れている。
その瞬間だった、
「うぉぉおお?!!」
耳を劈くような爆発音と共に、粉塵に呑まれた。バリバリと音を立てて砕け散る木片が飛びながら、小石がトウマらの身体にぶつかった。
それでも立ち上がらないし、口なんて開かない。否、開けないというのが正解だろう。
ミレーユの言った通り、竜巻のような風圧が襲いかかっている。立ち上がれば人間なんて紙くずのように飛ばされる。
(待て、これ爺さんに耐えられんのか……?!)
心の奥底で、どこにいるのか、ましてや生きているのかすら分からない老人の心配をしながら石膏のように固まるトウマ。
無論、それはミレーユも同じなのだが彼女はそれ以上に心配なことがあった。
(あの娘の遺体、大丈夫でしょうか……)
死んでしまったとは言え、遺体は無事に届けたい。骨ひとつ見つからない、という状況だけは避けなければいけない。
この脅威が去ったら、直ぐにでも――、
「……っ!」
自分たちが歩いて来た方向を見た時、周囲にあった家々と城壁に亀裂が入ったのを確認したミレーユ。
ヒビが入れば終わりだ。そこへ負荷が掛かれば、もう――、
「ダメ――!!」
「ちょ、何してんだ!!」
立ち上がり、自ら雪崩の方へと行こうとする彼女を留めるトウマ。
「お、力すげぇなぁ!!」
男顔負けのフルスロットルに目を丸くするトウマ。だが、行かせるわけにはいかない。何より、今立ち上がれば災害の餌食になる。
大きいものから小さいサイズの石に至るまで、全てが波を作った。
彼女はただそれを見ることしか出来なかった。
石が崩れ、家屋が倒壊を始める。
次に、揺れと風圧に負けた城壁が崩壊。流水のように落ちて来、全てを瓦礫の下敷きにした。
人間など、ましてや小柄な体格なら骨も残らないほど粉々だ。
「……っ」
終わりだ。
自分が今行ったところでどうにもならない。瓦礫の山はより一層高く積まれる。
魔力が豊富に残っている状態なら何とかなったかもしれない。しかし、もう無理だ。
ようやく、全てが止まった頃、周囲は取り返しのつかない状態になっていた。
遠く離れた場所であっても家屋は全て倒壊、転移魔法なんて耐えられる訳がない。
城壁にもヒビが入り、落下地点にあったものは全て跡かたも無くなっていた。
「なんで『浮遊城』が落ちたんだ、操縦ミス……な訳ない。意図的だろうな」
「…………」
「ミレーユ、作戦変更だ。悔しいけど……爺さんは置いていく。二次災害を予測して、街を出ることを――」
「……分かった」
ポツリと全てを諦めたかのような投げやりな声色でミレーユは言った。
鳳凰の刺繍がされた衣は普段であれば栄光を放っているというのに、今はあちこちが解れ、破れている。
その服を作るまでにどれくらいの時間と費用が掛かったのだろうか。
それを思えば、鑑みることが大事なのだが彼女は気にしていなかった。
「……一番近い門はこっちよ、着いてきて」
「お、おう」
先陣を切って行く人物が入れ替わる。
震災直後の街というものは言葉では言い表せない。全てを壊し、滅茶苦茶にする。原型なんて残らない。
そこに何があって、どんな人が訪れていたのかという情報も消し去る。
ここに津波なんてものが来たら……それこそ街は終わるだろう。
トウマは全身の毛が逆立つのを感じた。
(……彼女の振る舞い的にある程度の推測は出来る)
猫背となり、負のオーラを纏う女史の背中を見てトウマは心の中で呟く。
(多分、多分だが……あの黒い物体は誰かの遺体だ。その人間の死に、俺は関わりがある。しかし、分からない。どうして、ああなったのか。どんな状況からあのように崩壊したのか……。多分だが、死を書き換えたことで『代償』が出たんだ)
悲しげな背中を追いつつも、トウマは自身の胸に手を当てる。
自分が、あの人間をボコボコにしたとしたら、あるいは爆発か何かを起こしてしまい巻き込まれたか、あるいは――その両方なのか。
(感情が、沸き上がらない……)
いつもの自分なら泣き喚くか、はたまた叫ぶだろう。
そのような気分の波が起こらない。感情の起伏がリセットされているのだろうか。
だとしたら『手帳』の『代償』は冬馬輝という人間を化け物に変化させる。
都度『代償』を払っては、自分は能面の殺戮者にでもなってしまう。
そうなることはあってはならない。己を律し、冬馬輝という人間を貫いてこそ冬馬輝なのだ。
そんなものに屈することなんて――、
「……っ! ミレーユ!」
「……? っ!!」
とある角を曲がった直後、大きな影が、何かを振りかぶったように見えた。
咄嗟に先を行く薄紅の少女の名前を叫んだトウマ。ミレーユも同じく反応し、直ぐさま後ろへと大きく下がる。
急接近してきたミレーユを抱え込むようにキャッチ。
目の前では音を置き去りにしたかのような斬撃が走った。
「大丈夫か!?」
「すみません、ありがとうございます」
「うーん? あれぇ、切ったと思ったのになぁ。相変わらずすばしっこいなぁ」
全身を黒衣で揃えた体格の良い男。クイッと眼鏡を弄る動作のように黄金の仮面を上にあげ、直前の出来事に唸りを上げる。
「お前は……!」
「どうも久しぶりぃ。さっきは上手いこと逃げられちゃったぁ」
本日何度目かのご対面。いい加減しつこいところだ。「しつこい男は嫌われるぞ」と口を挟むトウマに対して軽笑を返す男。
「二人とも余裕がないなぁ。特に女の子、いや『忘姫』か。加護の力はとっくに切れちゃった? まぁ当然かなぁ。あの魔法陣、魔力注いだの君でしょぉ?」
トウマを指さしながら話題を切り替える男。それに対して、「それがどうした」と切り返すトウマ。
「あれさぁ、とある事情を抱える人間が魔力を注ぐと暴走するように設計されてるんだよねぇ」
「……っ」
冷や汗がトウマの頬を伝う。とある事情というだけで、トウマは過剰な反応を見せる。
彼の予測が間違っていなければなのだが……。
「光の柱、立ち上ったでしょぉ? あれが証拠なのさぁ。えぇと、牢獄から抜け出していたあの老人は、多分君たちと一緒だった感じかなぁ?」
ゴクリと固唾を飲むばかりで反応を表に出さない二人。それを見た男は、ハハッと笑い捨てると、
「隠さなくても分かるよぉ。あの老人なら、あっちで野垂れ死んでたよ、見るも無様、いやー悲惨かなぁ?」
「……っ!!」
「あ、歪んだなぁ。ダメダメ、勘だよりの僕にそんな表情を見せたらぁ」
『大魔法陣』に魔力を注ぎ込んだのは他ならぬ、トウマだ。
ギュッと胸が締め付けられる。魔力を注いだのが自分だから。自分が、『異世界人』なために……。
「だぁーかーらぁ、顔に出てるよぉ? 悲観的にならないならない。勘頼りの僕に筒抜けぇーだってぇ」
「……くっ、お前」
今すぐにでも殴る、と思ったトウマだったが無理だ。もう魔力はゼロに等しい。
生物界トップレベルの精霊の魔力が無い。使えたとして攻撃魔法が一度きりのみ……。無理やりで、もう一発撃てなくは無いが、使ってしまえば嫌な予感がして止まない。
それとは反対に目の前にいる男の瞳が嬉しそうに上がったのがトウマなは見えた。
「そういえば、名乗ってなかったやぁ」
思い出したかのように、のほほんと語り出す。言われてみればこの男の名前は知らない。
暗殺一族は名乗らないのが通例、かと思ったがダイシバは余裕で名乗っている。
「僕の名前は、勘頼りのルドゥブ。名前だけでも憶えて死んでくれたらうれしいよぉ」
「……ルドゥブ、だと?」
肺が苦しい。手足が自然と震動する。
『ミレーユはルドゥブに殺害される』
終わったと思っていた死の宣告は今、産声を上げたばかりだったのだ。
ルドゥブと名乗った男はそんなことつゆ知らず、右手に携えた剣を構える。
「ダメだ…………どうすれば」
二人とも満身創痍。相手は万全。武器になりそうなものは見当たらず、周囲に人はいない。地形も悪く、突っ走ること不可能。
だが、手段はあるはず。何かしら希望の光はある――、
「私を斬ってください、この人は見逃してください」
それまで沈黙を貫いていた薄紅の少女が久しぶりに口を開けた第一声。
その言葉がトウマの心に重く、岩のようにのしかかった。




