65話 『男前に生きる』
「ちょい待ちぃ!! 俺も仲間に入れてくれぇな!!」
好戦的な、場の空気を読むことができない訛りのある言葉が響いた。
刃を振り上げていたルドゥブは自身の上空を眺めた、満面の笑みを浮かべて降格していくる男。
ーー速い。自身が剣を下ろすよりも素早さがあることに気がついたルドゥブはバックステップを踏んだ。
「おっしゃぁぁぁぁーー!!」
ズドン、と大地を割らんばかりの衝撃で着地。
二人の間に割って入ってきたラーヴェルはまず初めにミレーユを一瞥。血まみれで生気を欠いたトウマもいることを視界に入れ、瞬時に判断する。
「事情は後回しや、今は全力で逃げぇ!」
「は、はい!」
鉛のように重くなった身体に踏ん張りを利かせ、トウマを担ぎ上げるミレーユ。
もちろんその行動を見逃すはずがないルドゥブ。大地を力強く蹴りぬき、鳳凰の衣をまとった少女を追う。
更に速くラーヴェルは、体を反転し走り出す。
「君は、何なのさぁ」
「決まっとるやろが、仲間っちゅうやつや!」
(まあ、都合の良い展開に変わりはないなぁ……)
ルドゥブはアモデウス家直属暗殺一族出身。今回の任務も耳に入っている。
街外に逃げた三人を捕らえることの件を忘れてはいない。
しかし、逃げている人間の足を止めることをしなければ双方を捕まえることはできない。
「僕の一族はねぇ、俊敏さもあるのさぁ」
後から出たルドゥブが加速、すぐにラーヴェルと並走する。
互いの衣が擦り合うほどの至近距離ーーこの距離ならば小回りなんて出来ない。黄金の仮面が煌めき、銀閃が迸る。その狙いは太ももだ。
「まずはひとーーっ!」
剣が刺さることよりもコンマ数秒速く、ラーヴェルの拳が顔面に迫っている。その拳は鬼神の如き迫力があり、爆風に劣らぬ圧力を纏っている。
攻撃から回避へ思考が切り替わるルドゥブ。だが遅い、首の筋肉が動く前に拳が自身の顔を穿っていた。
「ごおっ!?」
モノのように吹き飛んだルドゥブは瓦礫の山へと叩きつけられた。
「遅いんじゃぁ、至近距離の喧嘩なら腐る程経験してんねん」
唸りながら体を起こすルドゥブ、周囲には黄金の破片が散らばっている。
剣を持たぬ空いた左手で顔を覆い隠す男を前にラーヴェルはため息をついてーー、
「男なら自分の顔くらい晒さんかい。男前ちゃうぞぉ?」
「男前ね……、ゴフッ、僕たちには不必要な概念さぁ」
「何を言うてんねん、男なら誰しも男前になる権利がある。不必要や言う意味が分からんな」
「男前に生きたところで何になるのさ、僕は、僕達は幼少の頃から厳しい訓練を生き抜いてきたぁ。その過程で男児が持って当然の概念は捨てたよ」
過去を語るルドゥブが覆っていた手を離す。彼らの一族は皆仮面をつけている。その理由はーー、
「何やと……」
贅肉が見られない顔つきには、海底のように深い瞳とキリッとした眉毛。
フードを取れば深紫の短髪。
人間を通して鏡を見ているかのような珍妙さに苛まれるラーヴェル。
「お、俺と同じ顔や。まさかお前ーー俺と生き別れた兄弟か何かか?」
「……何?」
「実は俺な、昨晩夢を見たんや。自分とそっくりな兄弟と談笑するっつー夢なんや。けど俺にはそんなんおらんしとんでもない夢や思ってたんやが。まさかホンマにおったんかいな!」
感嘆の声とともにラーヴェルは大きく頷く。自然と口角が上がり、ハグを求めて近づいてくる。
戦闘の最中に、敵に抱擁を求めるという異例にルドゥブは眉を顰める。同時にようやく目の前にいる男の真髄が理解できた。
ーーラーヴェルはとてつもなくアホなのだと。
※※※
その頃、ミレーユは最も近くにある門に向かって走っていた。
先程とは真逆で、人を背負う側になった。
トウマが男ということもあるのだが、重たい。人を背負って一心に走ることはこんなにもしんどい事なのかと思った。
「私の記憶が正しければ、門まであと五百メートル……」
トウマとは違い、ミレーユはしっかりと地図を頭に叩き込んである。街のマッピングを行うことは基礎中の基礎だからだ。
「あと、四百メートル……門が見えました!!」
現在彼女が走っているのは商店街のような通り。日中であれば、様々な声や人が行き交う場所。
しかし、現在その店のほとんどが倒壊し原型を留めていない。
おまけに人は誰も見えない。
倒壊巻き込まれたか、野次馬として城が落ちた場所へ向かったか……。
「好都合に変わりはない……急ぎましょう!」
背中に抱えるトウマの位置を調節し、一気に駆け抜ける。ここまで来れば後はなるようになる。
「――待たれよ」
ザッと物陰から一人の人物が飛び出す。
どこか老いを感じさせる声。白髪とシワが刻まれた顔をした老人が刀を手にストップを掛けた。
※※※
「お前は、弟か? それとも兄か? 出来れば弟って言って欲しいでぇ……頼む、頼む!」
願いと共に両手を大きく広げ近づける男。
その逞しい筋骨を持つ肉体と抱擁を交わせば、死を見るだろう。
「……それはワザとなのかなぁ? それとも馬鹿なのか……はたまた素でやっているのか」
「何の話や……俺はただ兄弟と熱い再会をしたいわけで」
「……(この感じ嘘はついてない、かぁ。流れに身を任せて、再起不能にするかなぁ)」
すると、「やれやれ」と言いながらルドゥブも手を広げる。
それを見たラーヴェルは「おぉっ!」と目を丸くし走って来た。
言うまでもなく二人は熱い抱擁を交わした。やはりラーヴェルの肉体はとてつもない。
骨と筋肉、どちらをとっても分厚い。
「ぐごごごっ……!!」
縄で締め付けられているかのような息苦しさがルドゥブを襲った。
肺を圧迫され、呼吸が出来ないルドゥブ。隙をつこうとしても、このままでは自分が死んでしまう。
故に力強くラーヴェルの力を強く叩いた。
しかし彼は馬鹿なので、それを喜んでいると解釈した。
「やっぱり兄弟だったんかぁ!! どつちや、兄か? それとも弟かぁ!?」
「グッ…………ぉ…………し、ぬ…………」
「何や、聞こえへんぞ!! もっとデカイ声で言うてくれ!!」
「し、死ぬ…………」
顔が青白くなり白目を剥き始めたルドゥブの瞳。さらに力強くラーヴェルの背中を叩くと、
「どんだけ嬉しいねん!! 俺ももっと力込めたらぁぁ!!」
歓喜極まったラーヴェルの背筋が隆起する。
ゴリッと骨の軋む音と共に、ルドゥブはついに泡を吹いて白目を剥いた。
自身の腕の中で、力が抜けたのを感じ取ったラーヴェルは慌てて離し、顔を確認する。
「嘘やろ。こいつ嬉しすぎて意識無いなってる!」
すぐさまその場で応急処置をせんと横にするラーヴェル。
この世界には緊急医療方法として心肺蘇生はある。魔法不全者でも命を救えるように、と編み出されたのが心臓マッサージ。
流石にその知識は持ち合わせていたようで、ラーヴェルは黒衣を脱がす。
「待ってろ兄弟! すぐに救ったる――あぁん?」
兄弟と呼んだ人物の顔を見れば、先程までの瓜二つの顔は無い。あるのは剣傷や爛れた痕、打撲痕ばかりの知らない顔。
「……そうか、魔法やったんか」
変幻の術。
高等魔法の一つで扱える人間は限られている。
恐らくルドゥブは自身の醜い顔を見られたくないためにその魔法を使ったのだろう。
「兄弟やなくて残念……って言いたけど、やっぱり辛かったんやろなぁ」
顔をじっくりと覗き込んで見れば、どれもこれもつい最近ついたものとは思えないほどの古傷。
『僕は、僕達は幼少の頃から厳しい訓練を生き抜いてきたぁ』
「なるほどなぁ、それでも男なら向き合うんや。
その事実から逃げようとしたお前は男前ちゃう。でも、もう解放されたんやろ。なら小さい頃出来なかったこと沢山したらえぇ」
(あの時の感触、多分背骨折れとる……もう助からんな)
「次の人生は、男前に生きてみぃや。悪いが埋葬は出来へん。お前は俺の仲間を傷つけたっちゅう事実があるからな」
どこか寂しげな台詞と共にラーヴェルは場を後にした。
向かう先は――あの二人のいる場所だ。




