58話 『意地と信念と光』
「うぉ!?」
「な、何だぁ?!」
「神が、大地の神がお怒りだぁ!!」
大地をどよめかす上下の震動。大都市サラディン全体で揺れは観測。その強さは震動5強。地震というものに慣れていない人々はパニックを起こした。
地震だけでは無い。
突如として光の柱がアモデウス家の地下より上り始めた。光の先は空に届き、雲を割った。煌々と、そして力強く迸る光を見て人々は災害を目の当たりにしたように腰を抜かした。
揺れが収まり気持ちの振動も止まったころ、馬上で光の柱を見届ける人物が二人。
「……トウマ殿、よもやここまでとは――」
「トーマ……」
初老の男性と猫耳族の少女。
予想に過ぎないが、柱を立てた人物の名前を口にする二人はギュッと馬の手綱を握りしめる。
各々の瞳に宿るは必殺の意、己が使命を果たさんと強い信念を宿らせていた。
※※※
「……ぅ」
全身の骨が軋みを上げていることで目が覚めたトウマは重い体をゆっくりと持ち上げる。
「ここは――」
ぐるりと周囲を見てみれば建物の裏手と城壁が目に入った。背中に硬いものを感じたトウマは全体重をそれに預ける。
割れるように痛い頭を無理やり起こし、直前の出来事を思い出す。
『大魔法陣』に乗って、魔力を流して、光に包まれて、老人の唸り声が聞こえて――
「っ! あの人は!?」
直前の記憶にあるのは呻き声を出し、苦悶の表情を浮かべる老人の顔。断末魔のような叫び声が聞こえたが最後、トウマらは転移した。
立ち上がって捜しに行かねば。あの人はアモデウス家を追い込むのに必要な人材であり、欠かすことの出来ない人だ。
まずはどこから、そう思った時自身の近くで倒れ込む薄紅色の少女を発見した。
「……うっ」
「ミレーユ!」
『鳳凰の加護』を使用してより、意識は氷瀑を踏むようにギリギリの所にあった。死ぬことは無かったが最悪今日はもう意識を取り戻すことは無いとトウマはどこかで思っていた。
すぐさま介抱するように抱きかかえると長い睫毛の下から青水晶の瞳が開かれた。か細い声でトウマの名前を呼ぶと、周囲の状況を飲み込めていないのかトウマには瞳に雲がかかったように見えた。
「今は訳あって城壁の根元にいる。まだ都市の外側には出られてない」
「分かった……あと少し、あともう少しだけ寝ても良いですか……?」
「良いよ、ゆっくり寝ててくれ。後は任せろ、次起きた時には街の外の景色を見せてやるよ」
「楽しいです……」
ゾッとするような何かがトウマの背中を走った。これは果たして加護の使用者に共通することなのか、はたまた『鳳凰の加護』だけの副作用なのか。
「マズイ……やばいぞ、やばいぞ冬馬」
窮地に立たされた自分の名前を呼びながらどうするべきかと思考を回すトウマ。
地下ならまだしも外でミレーユを背負っての移動は流石に厳しい。二つの陣営からの攻撃を躱し、現在地も分からない場所で門を目指す。
そして、忘れてはいけない。トウマはミユに殺される未来視が残っている。ミレーユの分は恐らくは回避したはず、
「……っ、ごぇぇぇぇぇ――?!!」
突如押し寄せた吐き気の波にトウマは込み上げてきた吐瀉物全てを吐き出す。胃に氷気を溜め込んだかのように胃は冷え、倦怠感がトウマを蝕んだ。
「ぐぅぅぅ……!!!」
これまで感じ取っていた大炎がフッと焚き火の炎を消したように去ってしまったのを感じた。同時、身体の隅々に行き渡っていた魔力の流れを掴むことが不可能に。
肺が酸素を求めて呼吸を繰り返し、状況を打破せんと脳が勝手にフル稼働する。
ボロボロだ。『大魔法陣』に乗ったせいなのか身体のあちこちが損傷していた。加護もその影響力に耐えられなかったのか切れてしまった。
「はぁ、はぁ…………」
勝手に震え出す掌を見るトウマ。恐らく、もう魔力はほとんど残っていない。魔法陣の移動もあと単発。攻撃魔法に至っては三回が限度だ。
「嘘だろ……まさか」
魔力切れ、という単語が出かけたところでトウマは息を飲んだ。信じたくなかった。これまでそのようなことは一度も無かった。
精霊の総魔力量は生物界でもトップオブトップ。にも関わらず魔力切れを起こしかけているとなればかなりの危機的状況だ。
しかし、思い当たる中でトウマは魔力を使ったのは数回。攻撃魔法を二回と魔法陣の起動で一回。
この計三回の使用魔力量は、普段の魔法陣起動二回分に過ぎない。となると、どこか意識外で魔力を使っていた。『鳳凰の加護』も切れた、魔力が底を尽きかけている。
いくらトウマが馬鹿とは言え意識がある時に使った魔力の量は把握している。しかし、それはあくまで意識内でのこと。意識外であればどうだろうか。
死角から車が飛び出して来た時、自分がそれを視野に入れるまで気がつくことは出来ないように魔力の流れも意識を向けていなければ、使用量は把握出来ない。
そうなると、導き出されるのは――
「『大魔法陣』……」
「でも、魔力を使う場面なんてあったか……?」
魔法陣に流し込む魔力では無い。魔法陣は必要な魔力が届いてから起動に入る。
トウマは魔力を流し終わってから魔力切れを感じ取っていない。となれば、あの時はまだ魔力が残っていた。
「あの光の中、爺さんは苦しんでいた……何かに襲われてるみたいに……でも俺は何とも無かった」
もしかすると、それが関係あるのかもしれない。
意識を飛ばしているとは言えミレーユも悶える様子を一切見せず眠っていた。
あの老人のみ、あの人だけが一人苦しんでいた。
最後の瞬間、あの老人は断末魔のように叫んでいた。となると、もうあの人は――、
「いや、そんなことは無い。あるはずが……ない」
自分が、自分のせいで人が死んだなどと認めたく無い。
それを事実とするためにも、捜さなくては。発見してこそ真実は明らかとなる。
重い腰をグッと反って筋肉の緊張を解す。伸びに伸びた筋肉の快感を感じつつ、トウマは小さな寝息を立てて眠るミレーユを背負う。
「未だに『鳳凰の加護』の副作用は持続中、か」
※※※
トウマが現在をぼんやりと思い出したのは壁を伝って歩き出してから十五分後くらいのことであった。
以前、ダイシバに地図を描いてもらったことを今更ながら思い出し、現在地を炙り出した。
『北門には金字塔、南門には銀字塔と呼ばれている高台がある』
豆知識程度に覚えておけと言われたことだ。
どうやら城壁の角から近い方向に歩いていたようで、角にぶち当たって現在休憩中だ。
ダイシバの言葉を頭から掘り出したトウマは斜め上を見上げる。すると、物見櫓のようなものが見えた。それが北門を意味する金字塔なのか、はたまた銀字塔なのか不明だ。
しかし、トウマは運が良いらしい。直線ではないが出口はすぐそこにあることが知れた。
グゥと力なく胃に溜まった空気を鳴らしたかと思えば、トウマの周囲一帯が真っ黒な影に覆われた。
「……おっとぉ?!」
直ぐさま物陰に飛び込み、空を見上げると――、
「あの時の『浮遊城』だな、まだ監視してるのかよ」
以前逃亡中の折にも見かけたこの街では一際大きい『浮遊城』が。
陸にも監視網があるだけで厳しいと言うのに、空からも見られていると思うとげんなりしてしまう。
「あの城を叩き落とすか、占領できたら良いんだけどな」
甘い幻想を口にするトウマ。それが出来たら苦労なんてしないだろう。
行きたい方向に船の舵を取るように運転すれば、本当にどこにでも行くことが出来る。それこそ、そのまま異世界帰還――なんてことは出来ないが……。
「このままお姫様を置いて行く訳にもいかないし」
魔法の使用も限られ、街のどこかしこも敵だらけ、味方はゼロに等しい状況で背中に抱えるミレーユに意識を配る。
例え、今彼女が目を覚ましたとて寝ぼけた状態での移動になるため自分とは違うルートに走る可能性があるため、寝ている方が都合は良い。
それでも、守るものがあるというデメリットは消えないのだが。
「魔法研究に来たはずなんだがなぁ……」
この街に来た時の目的を呟き、どうしてこうなったのかと嘆く。
一人の少女を助けたことをきっかけに街全体を使った問題に発展してしまった。一体誰がこのような事を予想出来ただろうか。
「街の経路も全くもって分からん。ダイシバの野郎、細かいところまで教えてくれよ」
まぁそれに関してはトウマの無知さに驚き、到底覚えられないだろうと彼が判断したんだろうと思い込むトウマ。
だが覚えられないにしろ、何かをきっかけに思い出すことは人生の中で何回もあるのだから教えて欲しいものだ。
そう思った直後――、
「……光?」
石畳の上に黄色の光があることに気がついた。光は一本の線を作り出し、建物の間を通ってどこまでも続いていた。線を目で置い、見えなくなったなと思った数十秒後、高台にその光が上った。
「まさか、門に通じるルートを示してくれているのか?」
しかし、光には嫌な思い出を作ったばかりだ。これを信じるかどうかは貴方しだい、というやつだろう。
恐らくだが、光線は最短経路を示している。光の上を歩けば難なく門に辿り着けるはず。願ってもない展開だ。
信じるべきか否か、トウマは渋って決断出来なかった。無理もないだろう、嫌な出来事があった直後に似た選択を迫られている。
やはり、無理だ。同じ轍を踏みたくない。そう思った直後――、
「……あん? なんだこれ」
カランと軽い音を立てながら何かが投擲された。見てみれば小型の爆弾のようなもの。
「これは――爆薬っ!!」
咄嗟に近くに降ろしていたミレーユを抱え込み、反射で光線の迸る方向に突っ走った。その数秒後、ドンッと一帯が吹き飛んだ。あのまま渋っていたら粉微塵になっていたはずだろう。
「まずまずいまずい!! 敵にバレてる!」
あの爆弾はダイシバお馴染みの爆弾。恐らく彼の一族なら誰しもが持ち合わせている至高の技術だったか。
これで退路は無くなった。トウマは光線の走る場所の行き着く先が門であることを信じて行くしかなかった。
「くっそー! ここ魔法都市だろがぁぁぁぁ!!!」
トウマの嘆きが夜の街全体に響き渡った。
※※※
ザッと地面を踏み鳴らす音がした。街全体を見下ろすことが出来るここでは、一人の人物が剣に付着した血液を拭っていた。
その男に駆け寄り声を掛ける人物がもう一人。
「やって来ましたよ」
「ご苦労、こちらも丁度終わったところだ」
とある一室。そこでは街全体を見下ろすことが出来る空間があった。操縦室とでも言おう。城の行先を決めることができるここには数十人のシュラーゲルより往来した兵士がいた。
この部屋に入り、それら全てを制圧。城の操縦権を手に入れた漆黒の黒衣を纏う男。
「にしても本当に良かったのですか? 地上では主が喧嘩をしていましたよ。これで王国との対立は目にも明らかなんですが」
「問題ない、これも私の思い描く盤上にある」
「そうですか、分かりました」
舳先に立ち、剣を拭うその背中はどこか悲しげで、寂寥感でいっぱいだった。
いつもこの人はそうだ。いつ、どこから見ても同じ背中で哀れでならなかった。
「それで、ここを占領してどうするんですか」
「もちろん、この城を地上に落とす」
「……っ、それでは多くの住民が――!
「既にこの身は血に濡れている、もう今更善行を積んだところで意味は無い。ところで、ルドゥブはどうしている」
「……、地上に出ました。かの女性を追っているらしいです」
「そのまま追わせろ、あっちは良くてもそっちはダメだ。確実に仕留めろと伝えてくれ」
「……分かりました」
やり取りの中でも一切顔を合わせることも無かった。背中を向けたまま、まるで現実から目を背けているかのように。
いつもそうだ、あの人は色んなことから目を背ける。いや、見届けたいのだが、どうしても見ることができないのだ。
一族の、『頭首』であるが故に――
「終わりだ、この騒乱と共に全てを沈める。この身が滅びようとも、汚点だけは道ずれにする。
舳先に立ち、拭い終わった銀の鋼が光る剣を虚空目掛けて大きく振りかぶり、落とした。
若草色の双眸に強い信念を宿らせ、未来を見据えた男は死の宣告を告げた。
その宣告を向けたのは――、
「――覚悟しろ、アモデウス家」




