57話 『初めての事態』
空間を断絶し、転移魔法が二人を外へとワープさせた。薄汚い異臭漂う地下牢から脱出、したいものの例の爺さんが囚われているままで助けを待っていることを思い出したトウマはその近くに移動。
「加護の力ってすげぇや」
身に宿る加護の恩恵に感嘆の言葉を送りつつトウマは自身の手いっぱいに抱えるミレーユに視線を落とす。
彼女が二百年前に平和の均衡を崩した『忘姫』だと? 容姿のそれこそ似ているかもしれないが、そうは見えない、というのがトウマの感想だ。
「お互い生きづらい世の中だな」
『異世界人』と『忘姫』。
ミレーユはその枠に片足を突っ込んでいるだけだが、トウマは全身浸かっている。
今はこうしてトウマという理解者を得られているものの、もしも彼がこの世界から消え去ったらどうなるのか――。
「…………」
答えを得る前にある程度の予想はつくが、彼女はトウマと出会う以前、一人で旅をしていたのだ。問題は無い、とは言いきれないか。
「バッドエンドは後回しだ。まずは今やらなきゃいけないことをしないと」
一先ず牢屋に捕まっている爺さん救出。アモデウス家のある事ないこと証言してもらう。事実を隠蔽し、悪いことやってるんだ。報いをそろそろ受けても良いだろう。
トウマはミレーユを背負いながら爺さんのいる牢屋に向かう。
「もしかしてだけど、今なら俺一人で事足りちゃう感じ?」
その中で自身の体内を流れる魔力を緻密にコントロール出来る自信があることに確信を抱いたトウマ。
狭い空間の中で扉のみを壊す魔法を使うことに自信が無かったトウマは魔法の師匠ともいえるミレーユを連れて来る必要があると思っていた。
しかし、『鳳凰の加護』の祝福を受けている現在のトウマは達人顔負けの魔力操作ができる。自分ならあの檻を壊し、老人を外に連れ出せる。
「おぉ、戻ったかて」
「ちゃんと約束は守るからな、少し待ってくれよ」
いよいよたどり着いたそこでトウマは少し離れた場所にミレーユを降ろす。そして、いざ檻を壊そうとした時中にいた老人が少し怪訝な顔で、「お主がやるのか?」と尋ねる。
「えぇ、今の俺なら出来る気がするので」
「それは信じても大丈夫なのかて」
「大丈夫、任せてくれ。今の俺は世界一の自信家だぜ?」
先程出会った時は「俺には厳しい」と諦めていたトウマが理由は分からないが「俺なら絶対いける」と言ってることに老人は眉間に皺を寄せた。
何度も「大丈夫ぶなのかて」と孫を心配するようにトウマに尋ねる。その度にトウマは過保護な祖父母を疎ましく思うように「大丈夫だって」と諭す。
「じゃあいくぞー?」
「隅に寄っておいた方がいいかて……」
老人は念の為に隅に移動。
それを見届けたトウマは手のひらを鉄格子の扉に向ける。
使う魔法は火魔法の中でも爆発を起こすが小規模かつ威力の高いものだ。
「イグフェルノ」
詠唱をした直後、掌を向けた先の扉が爆発。本来であれば一帯を焼き尽くすほどの爆発なのだが、加護の力を受け繊細さに富んだトウマは小爆発で高火力の爆発を起こすことに成功した。
結果、奥で少し燻っていた爺さんに怪我を負わすことなく扉のみを破壊。
歪んだ扉をグッと後ろに引くと、いとも容易く倒れた。結果、檻に人が通れる長方形の穴が空いた。
「な? 大丈夫だったろ?」
「ならばどうして先程助けなかったのじゃて」
「あー、色々とあってさ……あの時は覚醒前? みたいな感じよ」
一応念の為、『鳳凰』という単語は伏せておくトウマ。前例がある故、老いぼれた爺さんと言えど大声を出されたら溜まったものではない。
そうなれば殺せば良いのだがトウマは軽はずみで命を奪うことを良しとはしない。
「そういえばあの少女は――」
爺さんが壁にもたれかかって少しグッタリとした様子のミレーユを見て首を傾げる。
いかん、緊急警報がトウマの頭の中で甲高く鳴り響いた。
暗闇の中で灯りが無いとは言え、薄らとその容姿は確認することが出来る。
「薄紅色の髪……どこかで……誰じゃったかて……」
「と、とりあえずここを出よう! まだ危険はいっぱい何だからさ!」
「――そうじゃな、こんな所で死ぬ訳にはいかんて」
ホッと安堵の息と共に胸を撫で下ろすトウマ。
とりあえず話題を逸らすことに成功はしたが、またどこかで聞かれるかもしれない。そうなれば、どのように言い訳をしようか、とトウマの思考はグルグルと回った。
出口を目指して歩いている中、突然先を行く老人が足を止めて、手をポンと叩いた。
「思い出した……!」
首を反対に向けてトウマの方を見て一言。
嫌な予感がトウマの中に広がる。どこか、視線の先にあるのはトウマではなく後ろで背負われているミレーユのような気もする。
最悪の場合のことも考えなければいけない。
不埒な考えを抱いた瞬間、トウマは目の前にいる人間を無力化し、再び牢獄にぶち込まなければいけない。
両手は人を背負っているため使用は不可能。最悪の場合は足技で――、
「この牢獄、外に通じる魔法陣があるじゃて!」
声を大にして思い出したことを叫んだ老人。その言葉を聞いたトウマは緊張の糸が解け、再び安堵の息を漏らす。
「どうしたんじゃて、疲れたのか?」
「いや、違うよ。それで道はどこなんだ? (誰のせいだと思ってんだ……)」
「着いて来るのじゃて」
地下牢にそんな外に通じる道なんてあって大丈夫なのか、とトウマは疑惑の念を深める。
脱獄され、その魔法陣を使われでもしたら最悪の場合都市外に逃亡されるなんてこともある。
一体どこの馬鹿がそんな設計を考えたのやら、とトウマは心の奥底で笑う。
※※※
そうして案内された場所、それはまさかのトウマが先程一人で入ったあの部屋。石の扉の先で光が漏れ、部屋の中には目ぼしいものは見当たらず本棚だけが添えられていたあの部屋。
床にはトウマが投げ棄てた書物がある。
部屋に入る直前、老人が扉の開いていることに疑問を持っていたがトウマは知らないふりを通した。
「うむ……まだ使えるようじゃて」
「爺さん、この魔法陣が何か知ってるのか?」
棚にあった本のことで頭がいっぱいだったあの時は魔法陣に意識を向けることすらせず、存在自体を忘れていた。
トウマの問いに対して老人は首を小さく横に振った。
「あまり深くは知らんかて。一度だけ、一度だけ使ったことがあるだけかて」
「……じゃあこの魔法陣がどうしてここに、何のためにあるのか分からないってことか?」
その答えに今度は大きく頷く老人。
恐らく彼がこの地下牢の檻を作成する時、こっそり使ったのだろう。どこに行き着くのか分からないというに。スリル好きの爺さんなのかもしれない。
「ともかくお主、魔力を流し込むんじゃて」
「あいよ、任された」
身をかがめて片手を魔法陣が篆刻された石に置く。その時になってようやく、初めて魔法陣の概要を知った。
トウマがこれまで作り出してきた魔法陣に比べると一回りも二回りも大きい。加えてその論理構造は見たことがない。
言うなればこれは『大魔法陣』、上級クラスのものだ。トウマではまだ描くことの出来ない代物。一体誰がここに、魔法陣を描いたのか……。
心の中で問いを投げつつ、魔力を垂れ流しにする。魔力のアウトプットも大分慣れてきた、これも加護の力によるものなのか不明だがこの世界に適応しつつある、ということだろう。
『大魔法陣』が光を放つ。密室いっぱいに眩い光を。自らも閃光に包まれるながらやがて視界が白一色で染められる。
――しかし、異変が起きる。
火山噴火のように床が激しく震動、轟音が鼓膜をつんざいた。前例にない魔法陣での出来事。
嫌な予感を感じ取ったトウマは背中に抱えているミレーユを強く抱える。
「爺さん!!」
「ぬぉぉぉお――?!」
老人も前回と異なることに気がついているのか、予想外の事態に目を丸くしていた。
「ぐぉぉぉぉぉああああ!!!」
まるで、何かに締め付けられるかのように老人は呻き声を上げ、もがき出した。徐々に血相が悪くなり、掠れた声が聞こえた直後――老人が不可視になるほど真っ白になり全員は転移した。




