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56話 『鳳凰の加護』と『忘姫』

「我は天より舞い降りし双肩の姉妹。天空を駆け巡り、森羅万象を焼き付くす鳳凰の焔の加護を我等に与えよ」


 胸を大きく張って、一度に大量の酸素を取り入れたミレーユが声高らかに詠唱した。同時、トウマとミレーユの二人に地獄の業火の如き熱が迸る。

 しかし、生命そのものを焼き尽くす残酷な炎ではなくて、光と癒しを与えることを彷彿とさせる温かい炎であった。


「……おぉ!」


 現に、鳩尾を貫かれたトウマの傷口は全快。止めどなく流れていた血液は瞬時に止まり全身の魔力が漲るのを感じる。

 

「それは、『鳳凰の加護』……。某国の『忘姫』も同様に身体に宿していたって聞いたなぁ。凄いじゃないかぁ」


 感嘆の声とは裏腹にどこかバツの悪そうに顔をしかめる男。

 傷は全快、トウマが自身に滾る魔力の流れを感知すると倍以上に増加している。それこそ異世界帰還のために必要な魔力が備わってるくらいに――。


「今ならなんでも出来る気がするっ!!」


 膝をついていたトウマが謎の自信と共に立ち上がる。死期が近そうな顔をしていた先程までとは違い、世界一の自信家を自負しているかのように笑みを浮かべている。


 しかし、一方で――、


「うっ……」


 脚の支えがフラついたと思えばミレーユはその場に倒れ込んだ。見れば彼女の外傷も全て先の炎により癒されていた。特に酷かった額の裂傷は嘘のように元通りとなっている。


 だが、顔色は先程より悪い。もとより透き通る美白であったが、血色が悪くなったことでより白さに拍車が掛かっている。

 慌てて介抱するトウマを見つめる水晶の瞳はどこか潤んでいるように見え、小刻みに震えている。


「ごめんなさい……もう、これ以上は無理です……」


「なるほど分かった。後は任せろ」


 ガクッとそのまま意識を手放したミレーユ。加護の力によるものなのか、はたまた疲労まで回復出来ないのか不明であるが彼女の意識は飛んでしまった。


 普段のトウマであるならここで取り乱し「無理ゲーだ!」なんて半ば諦め状態に陥るのだが、今回は違う。

 背中に大きな翼が生え、天下を縦横無尽に駆け巡ることが出来る様な自信が湧き上がっている。燃えるように心は熱く、黒目には闘志がメラメラと滾っている。


「ふーん、で次は君なわけだぁ。折角だし少しお話をしないかなぁ?」


「時間稼ぎだな!? その手には乗らねぇぞ!!」


 使用者が離脱したことで『鳳凰の加護』がいつまで持つのか全くもって不明。トウマとしては加護の力が消え去る前に決着をつけたい。


「いやぁ、その力は小一時間過ごしただけで消え去るものじゃあないよ。そもそも君は加護のこと知らないでしょぉ?」


「まぁ言われてみりゃあそうだな。だが悪党の話に耳を貸すなって履修済みだ!」


 漫画やゲームでは良く戦いの最中に敵味方が言葉を交わすことがあるのだが、それを見る度にトウマはむず痒くなるのだ。

 

「まず初めに加護っていうのは生後一年の幼児に宿る祝福のことでぇ、普通は自分自身にしか――」

「イグフェルノ!!」

「おぉっとぉ」


 故にしきたりに則る事なく行動するトウマ。これは正しくタブー的なことになるのだが、ここにそれをツッコム人間はいない。

 当たれば苦言の一つも言われるのだろうが、爆発魔法を唱えても奴はヒョイと身を踊らせ回避した。


「イグフェルノ……聞いたことがない詠唱だなぁ。やっぱり『異世界人』は面倒だなぁ」


「……何で知ってんだ」


「勘だよ勘。加護は他人と共有出来ない個人技みたいなもので、普通はさっきみたいなのは出来ないんだよぉ。だけど、その常識を覆した人物が二百年前現れたんだぁ。それが――」


「『忘姫』つーわけか」


「せいかーい」とトウマの回答に丸を付ける男。しかし、トウマとしては知ったことでは無い。その姫とやらが何をしようがミレーユとは関係ない。


『忘姫』は『忘姫』で、ミレーユはミレーユなのだから。混同するのは些か失礼である。


「僕の勘だとぉ、彼女はその件の姫だと思うんだよねぇ。容姿から振る舞い、記憶を忘れていること、決め手はその加護。君は知らないだろうけど、彼女は『大罪』を司る忌むべき存在なわけでぇ」


「で、だから殺すっていうのか?」


「当たり前じゃないかぁ。それは世界共通認識でみんなが守るべき規則なんだよぉ?」


 ギュッとトウマの手に力が籠る。どいつもこいつも良い感性をしている。助けるべきでないだの、不幸になるだの、殺すだの。


 忘れているなら放っておけば良いのだ。犬猫を道端に捨てたのにやっぱりやめたと回収に来ると同じだ。そんなものに振り回される人生を送らなければいけない理由は何なのか。


「まぁ落ち着いてよぉ、何も知らない君は仕方ないんだからさぁ。まぁ君も殺害対象だけどぉ……」


 暗闇の中でキラッと黄金の仮面が輝く。その下の瞳は穏やかな口調とは裏腹に刃物のように鋭い。

 肌感でピリつきを捉えたトウマは即断した。以前までと違い、掌を向けることなく意識をそこにやるだけで良い。


「……っ、させないよぉ!」


 踏み込んだ男が懐から一族が作り上げた至高の爆薬を取り出す。それを投げつける――よりも、自らとミレーユを乗せるように描いた魔法陣が完成、素早く起動。


「因果は切れない、君は、結局帰還なんて出来なぃ!!」


 眩い光が広がる中、最後に聞こえた断末魔のような叫びが耳に入った直後魔法陣が発動。

 二人は遥か遠くへとワープした。



※※※


 ――ある者は言った。


 それは崇高で、『不可侵』の存在に違いないと。

 生物の名前を体現する加護は特別。人の想像を超越する恩恵をもたらす。


 二百年前、『鳳凰』は某国の象徴で神のような存在だった。翼を広げればその大きさは鳥類最高記録をゆうに更新し、紅蓮の炎は魔を焼き付くし、光をもたらす。


 人々に希望の光を、癒しの光を、平和の光を届ける鳳は不滅で絶対神。いついかなる時も平等に寵愛を捧げてくれた。隣国の神、麒麟もまた崇高な存在。


 ある時、隣国で『麒麟の加護』を宿した青年が誕生。生後数ヶ月の赤子を前に人々は年齢に似合わぬ地位と財産を与え、まさしく神のように崇め奉った。


『麒麟の加護』を持つ青年が国に登場した瞬間、世界から争いという争いが消え去った。

 人とぶつかった、盗難にあった、目があった、態度が気に食わない、物の取り合い。それまであった些細で馬鹿げた小競り合いもゼロになった。


 前述の通り、生物の名前が入った加護は特別。他人にも共有することができる一級品。それが負の感情を取り除く、平和の象徴ともなれば世界がどう一転するのか目にも明らか。


 故に、『鳳凰』を信仰する某国も願った。いつしか、『鳳凰の加護』を身に宿した子が産まれることを。


 ――そして、時は来た。


 今より二百年前、『鳳凰の加護』を身体に刻んだ少女が。隣国の青年は既に亡くなっていたがその加護は受け継がれ、平和もまた継続していた。しかし、どういうわけか、青年が死してよりその力は弱まり継承する都度その力もまた弱まった。


 平和が崩れる――故に某国はより勤しんだ。まずは子供の数を増やす。国を挙げての制度改革。各家庭少なくとも三人の子供を作ることを条件に婚礼を行った。


 そして誕生した薄紅色の髪と水晶の瞳を持つ少女は生後間もなく青年と同じように加護の力を発揮、世界には笑顔溢れる幸せを謳う人々で溢れかえる――ことは無かった。


 産まれた子供は幾つになっても加護の力を使えなかった。これはいかん、と人々は青年が貰ったものを同じように献上。

 国の最高の地位、財産、名声、娯楽から何まで全てを――。


 しかし、成人しても彼女の力は無であった。まだ足りないのか? とやがて人々は彼女を強欲の権化であると罵り、石を投げた。


 自分の生きたい道を閉ざされ、人生を決められ、その決められた人生さえも否定され、挙句には親にも棄てられる。

 彼女の中で、負の感情が起き上がった。

 

『鳳凰の加護』は人々のために、そう教わった言いつけを破り全て自分のために使った。やりたいことを全てやった。

 自分を虐げた人間を、罵った人間を、地位を名誉を与えた人間を、そして、産みの親も。


 略奪に陵辱、奴隷に拷問。『鳳凰』の名を汚し全てを焼き尽くした。街を、人を、建物を、文化を、あまつさえ自分の記憶までも焼いた、徹底的に。第二の人生を加護と共に歩むために――。


 彼女は現在も生きている。『鳳凰』の寿命は軽く万年を超える。今もどこかで、人々を妬んでいる、なんてことは無い。

 全てを焼き、記憶さえも燃焼した彼女は何も憶えていない。


 その日から世界の平和は崩れた。再び争いが芽生え、『麒麟の加護』は失われた。世界が彼女に恐れ慄いた。歴史上、単独での国家転覆など例が無いからだ。


 故にしばらく世間は彼女と距離を置いた。

 しかし、近年になりそんな凶悪犯を放ってはおけないと認識が誕生。捜索的なものが始まったが、現在に至るまで見つかっていない。


 薄紅色の髪に、水晶の瞳。そして、『鳳凰の加護』。


 全てを忘れた亡国の王妃をいつしか人々はこう呼んだ――、



『忘姫』と。


 

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